第10話:成果と悲劇。


「に、二十回……終わったぁぁぁ……」


 途中で的を外す事三十二回。

 噴水発動八回。

 たっぷりみっちりと繰り返し続け日が暮れる頃にやっと終わった。


「良い傾向です。貴女は魔法を使う時に、いざこれから魔法を使うぞ、と気負い過ぎているんですよ」


「……え? だって普通そうしなきゃ……」


「それが貴女の場合致命的な欠点だったんです。その異常なまでの魔力をそんなに力んで放出しようとしたらうまく行くものも行きません。まずは力を抜いて自然体で魔法を使う感覚を覚えてもらいたかったんですよ」


「……えぇ? なんかごめん」


 僕はリィルさんに謝らなきゃならない気がした。

 彼は不思議そうに首を傾げ、「何に対してです?」と呟く。なんか怖い。


「いや、正直ただの嫌がらせかと思いかけてた。ちゃんと理由あったんだね」


「くくくっ……ははははっ!!」


 突然笑い出すからびっくりしちゃった。

 リィルさんは腹を抱えてしばらく笑い転げた。


「何がそんなにおかしいの……?」


「だって、貴女があまりにもお人好しで優しいからですよ」


「あ、あの……リィル、さん?」


「いえ、なんでもありません。でもこれで貴女は魔法の扱い方の基礎が分かった筈です。今まではどうやって自然体に導くか悩んでいましたが、単純な話でした。ただ酷使して気合を入れる余力を奪えば良かったんですね」


 だから怖いって……。

 急にどうしちゃったのこの人……!


「はぁぁ……この先が不安だよぉ……」


「何を言ってるんですか。面白くなるのはここからですよ?」


 力尽きてへたり込んでいる僕の前にリィルさんが手を差し伸べてきたのでその手を掴もうと右手を差し出すと……。


 何故かその手は僕の手をすり抜けて僕の顔に触れた。


「えっ、な、何っ!?」


「この際だから察しの悪い貴女に分かりやすいように教えてあげますけど……」


 リィルは僕の顎を少し持ち上げながら、僕の前にしゃがむ。

 ……いや、しゃがむというよりはまるで騎士が姫の前に傅くような姿勢。


「り、リィルさん?」


「どうやら私は貴女に夢中になってしまったようです」


 あたま真っ白。


「……ほぇ?」


「まったく……ここまで直接的に言っても分らないのですか? 貴女に惚れてしまったのです。まだ出会って間もないのに不思議ですか?」


 何も言葉を出せなくて何度も頷いた。でも顎を持ち上げられてるからうまくいかなかった。


「私だって不思議なんです。誰かに対してこれほどまでに固執した事は無い。こんな気持ちは初めてです。ですが、疑いようがない程に貴女の事を愛おしく感じてしまうのです」


「あっ、その……えっと……」


「分かっています。貴女はあの勇者……クラマ殿の事を好いているのでしょう? それは別に構わないのです。人が人を好きになる気持ちを止める事は出来ませんしね。ですが、それと同じく、私も……貴女も、この気持ちを止める事は出来ない」


 ど、どどどどうしたらいい?

 こんな時なんて言ったらいいか分からないよ。


「困らないで下さい。貴女は普段通りで構いません。これはただ私の一方的な感情です。ただ、あまりにも貴女が鈍くて何も気付いてくれない物ですから……せめて私の気持ちだけでも知っておいていただこうかと思いまして。分かってもらえましたか……?」


「う、うん……」


 リィルさんはその言葉を聞いて優しく微笑んだ。

 相変わらずその表情はとても絵になっていて、風になびくグリーンの髪が僕の頬をくすぐる。


「分かってもらえたのなら良かったです。それでは今日の修行はここまで、という事で。明日もまた同じ時間にここへ来て下さいね?」


「……」


「返事は?」


「えっ、へ、返事??」


「明日同じ時間にここ、ですよ。分かりましたか?」


 あ、あぁその返事ね? そうだよね。そっちだよね。


「わ、分かったよ。明日もよろしくね」


「えぇ、こちらこそよろしくお願いしますね」


 リィルさんは「では先に戻りますので」と言って僕に微笑みかけ、頭を一撫でして帰っていった。


 ……な、なんだったんだぁぁぁぁ?


 リィルさんが、僕の事好き?

 え、あんなめっちゃ綺麗なエルフが、僕の事を好きってマジ?


 どうしよう。明日からまともに顔見れないよぅ……。


「こちらにおられましたか」


 しばらく一人で悶々としていたら突然声をかけられて飛び上がりそうになった。

 でもリィルさんの声じゃない。


 振り返るとエイムさんだった。


「あれ、エイムさんどうしたの? クラマは?」


「……その様子ですとこちらに居た訳ではないのですね?」


 ……ざわりと、なんだか嫌な予感がした。


「今日、僕は朝からクラマを見てない」


「……そうですか。本日中庭に現れないのでてっきり聖女様と一緒にいるものだとばかり思っていたのですが……先ほど城に入っていくリィルの姿が見えたので念の為に様子を見に来た次第です」


 ……クラマが、居ない?

 朝弱い癖に早起きしてエイムさんの所にもいかずに何してるのさ。


 どこいっちゃったの……?


 その答えは、僕とエイムさんが城に戻った時明らかになった。


「城門の方が騒がしいですね。何かあったのかもしれません」


 エイムさんの後をついて城門の方へ急ぐ。

 お願い。僕の悪い予感なんて当たらないで。


「せ、聖女様! こちらに来て下さい! 早く!」


 城門前に兵士たちが集まっていて、僕の顔を見るなり早く来てくれと騒ぎ出した。


 心臓がバクバクと脈打つ。

 そんなはずない。何かの勘違いだ。

 嘘だと言ってよ……。


 兵士達に囲まれた、その中央には……。


 血だらけで重傷のクラマが横たわっていた。



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