第9話:ドS鬼教官爆誕。
「……あれ、クラマの奴もう修行に行っちゃったのかな……?」
翌日、目が覚めたら隣のベッドが空だった。
朝が極端に弱いクラマがこんなに早起きするなんて不思議だなと思いながら僕も裏庭へ向かう。
昨日のオークの件はあの後すぐにリィルさんに相談してあった。
彼には既に大体の状況が飲み込めていたようで、今日裏庭で詳しく話すという事になっていた。
昨日の今日なのでちょっと怖かったけれど、リィルさんが言うにはもう危険はない、らしい。
裏庭に行くと既にリィルさんが待っていて、「やぁおはよう」とにこやかに挨拶をしてくれた。
「うん、おはよう」
「聖女様、ちょっとこちらへ」
リィルさんが昨日の花畑の近くまで歩いていって、僕にも近くへ来るように呼ぶ。
恐る恐る近付くと、「昨日の話はこの花畑で間違いありませんか?」と問う。
「うん、そこだよ。でも大丈夫? ここら辺まだ魔物が……」
がいんがいん。
「……何の音?」
がいんがいん。
再びあの音。その方角を見て見ると、リィルさんの手からだった。
「聖女様。これが分かりますか?」
そう言って彼は何も無い空間を手の甲で軽く叩く。先ほどから響く音はそれによる物だった。
「……何の音?」
「私がこの王都ジャバルを取り囲む障壁を叩く音ですよ」
「……え、でも昨日は……」
僕はリィルさんが立っている場所まで近付き、彼と同じように空中に手を……。
「あれっ、やっぱり何もないよ」
「……やはり、そういう事ですか。貴女にはこの障壁が意味を成さないんですね。何故でしょう? ただ聖女だから、というのも違和感があります。もしかしたらこの世界の住人ではないから、かもしれませんね」
「あの……何か怒ってる?」
なんだかそんなふうに見えた。
別にいつもの綺麗な顔、優しい笑顔……。
だけど、なんとなく雰囲気が違う気がする。
「はい、怒って……いや、怒るというよりは機嫌が悪いのです」
「な、なんで……? 僕そんな怒らせるような事しちゃった?」
リィルさんは僕の前に立ち、力強くガン! と障壁を叩いた。
「貴女という人は何も分かっていない。この障壁を通り抜けられるという事は外に出られるという事ですよ?」
「う、うん……そうだね?」
それでなんでリィルさんが怒るの?
「はぁ……本当に貴女は何も理解してくれない。何も気付いてくれない。私の身にもなって下さい」
何も言えなかった。リィルさんの顔があまりにも真剣で、不機嫌なのにやっぱり綺麗で。
そして、やっぱり何故怒ってるのかまったくわからなかったから。
「これでこの国に起きている問題を解決できるのが貴方達だけだと証明されてしまった……」
……え、もしかしてこの人……。
「僕の事、心配して……?」
「そうですよ! 悪いですか!?」
「わ、悪くないけど……。で、でもさ、僕はまだまだ修行が必要だしすぐには出られないっていうか……」
「当然です! いくら威力の強い魔法が使えようと臨機応変に使用できなければ意味がありません。聞いた話によれば昨日はまったく動けなかったそうではありませんか!」
「不甲斐なくてごめんなさい……」
そうだよね。せっかく魔法兵団の団長さん直々に魔法を教えてくれてるっていうのに実戦で何もできなかった……。
彼の顔に泥を塗るような行為だった。
「違うッ! 私はここから出られないのです。貴女と一緒には行けないのです! この辛さが分かりますか!?」
「えっ……と……」
ごめん、分からない。どうしちゃったんだリィルさん……。
「……私はね、貴女がもしかしたら分かっていて私をからかっているのかと思っていましたがどうやら違うみたいですね」
「なんの話? 僕はからかったりしないよ」
相手がクラマだったら別だけど……。
「今もあの勇者様の事を考えている……分かってます。分かっていますとも。だからこそ……貴女には強くなって頂きます。私が安心して送り出せるほどに、強くなって頂かなくてはここを出す訳にはいきません」
リィルさんは静かな声でそう言うと、その場に座り込んでしまった。
「り、リィルさん。僕は……きっと出来のいい生徒ではないと思うけど、頼れるのはリィルさんだけだから……無理言っちゃうけどまだ手伝ってもらえるかな?」
「頼れるのが……私だけ、ですか」
「うん。みんな怖がって僕の魔法修行に付き合ってくれないし……」
リィルさんは帽子を取り、その綺麗なグリーンの髪をわしゃわしゃとかき回す。
「ど、どうしたの……!?」
「ええ、分かりましたよ。いいですとも。その代わり私の修行は厳しいですよ?」
「うん! 僕も今まで以上に真剣に頑張るから! よろしくお願いしますリィル先生っ!」
「リィル先生……ですか。ふふ、悪くありませんね。ではまず練習用の的にウォーターボールを二十回連続で命中させて下さい。途中で聖女の噴水を発動させたり的から外れたら最初からやり直しです」
「え、ちょっと急にハードル上げすぎじゃ……」
「真剣にやるんですよね? 私は貴女の言葉を信じますよ。まさか嘘偽りなどありませんよね?」
にっこりと満面の笑みで笑うリィルさんが、なぜか物凄く怖く感じた。
ドS鬼教官の誕生である。
「さぁ、早く初めて下さいね」
「は、はぁい……」
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