第7話

 マミヤの家を出て、イルは遠隔操作リモートでホバー・カーを呼び寄せようとしたが、「実行不可インポッシブル」の文字がキーの画面に浮かび上がる。


 マミヤの言うように水流に飲まれたとしても、帰還指示には応答するはずだが、そうでないとすれば。


「……即、戦闘、かなぁ?」


 イルの思考を見透かしたように、エリアが訊いてくる。先程のふてくされた顔はそのままに、けれど明らかな愉悦がその黒い瞳に浮かんでいる。


 水に濡れることの忌避感よりも全力で戦ってよいことの喜びが上回っているのだろう。


「エリア……一応、相手は『一般人』だからな」

「でも、『能力者』なんだよね? リーダーのそいつ。大丈夫、他は手を抜くから、さ」


 ホバー・カーが帰還指示に応じないのは、おそらく周囲を人間に囲まれているからだ。


 安全装置が働いているから、破損のおそれはまずないが、逆に『それら』を一掃しないと車内に入ることもできない。


 しかし。


 濡れネズミは正直御免だが、エリアの『能力』を適度に最大限に発揮するには都合がよい。


 エリアの『能力』」は『雷』。


 その名の通り、電撃を操ることが出来る。そして、不純物が多い水は、帯電しやすい。

 湖の水ならば、最小限の力でも使いようで、それなりの衝撃を与えることが可能だ。


 器用なエリアは、至近距離であれば命に危険が及ばない程度に力を調整できる。

 遠隔になるほど調整は難しくなるため接近戦でしか使用していないが、本人としては鬱屈がたまっているらしい。


 天候を変えるほどではないにしても、リミットを外して使ってみたい気持ちがあるのだろう。


 イルは、『能力』に加えて体術も使う戦い方をするので、余分な力は使いたくないが。


「リーダー以外は、自由を奪う程度にとどめること。上司命令だ」


 気安い関係とはいえ、役職上は新人捜査官のエリアはイルの部下だ。

 暴走を止めるのもその役目だ。


 ……その身を守るのも。



「了解しました。アイル捜査官殿」


 わざとらしく畏まって、エリアは敬礼して見せる。


 その目がぞくぞくするほど冷たく、なのに熱がこもっている。

 そこに潜むのは、単なる戦闘への喜悦だけではない。

 

「……エリア、怒ってる?」

「別に。ちょっと人間関係につまずいたくらいで人間不信に陥った挙句、周囲の気遣いスルーしてお山の大将に成り下がったどこぞの箱入り息子なんて、どうでもいいよ」

「……滅茶苦茶怒っているじゃないか」


 エリアの生い立ちを考えれば、能力発現してからも我が子を手放さずに済むように奔走した家族や、権力関係が影響してはいるものの、その親心に配慮しようとした関係者の思いを無にするような行動を選んだストラ・トオノに腹立たしさを感じるのも無理はない。


 

 初めてエリアに出会った日の、手負いの獣のようだったその姿を思い出すたびに、イルは心が軋むように痛む。


 幼い日の記憶を、忘れてしまえばどれだけ楽だろうに。

 エリアの類まれな記憶力は、それを許さない。


「……とにかく、なるべく、手加減して、な」

「それができるならね。『嵐』ってことは、イルの上位能力だろ? イルこそ、大丈夫なの?」


 同じ『風』属性のイルにとっては、確かに戦いにくい相手だろう。

「まあ、『能力』で足りない分は、経験で補うさ。それに……エリアも協力してくれるんだろう?」

「まあ、ね」


 仕方ないなぁ、と小さくつぶやきながら、エリアはプイっと顔を背ける。その口の端が上がっているのを見て、イルは知らんぷりして「行くぞ」と歩き出す。

 軽やかにステップを踏むようにして、エリアがその後に続いた。


 ほどなく2人は駐車スペースが見える場所に到着した。

 そこまで距離は離れていないが、折からの霧のため、視野は限られてる。

 イルは目を凝らして、様子を窺う。


 予想通り、ホバー・カーを10台ほどのエア・バイクが取り囲んでいる。

 乗車しているのは、おそらく10代から20代の、若い男たち。


 そして。


 ホバー・カーの上に、細身の人影が1つ。


 安全装置は車体への攻撃こそ防御するものの、人体に影響を及ぼすような過剰防衛はしない。

 なので、屋根ルーフに乗ること自体は可能なのだが。


「あいつ、浮いてない?」


 エリアがそう指摘する。

 確かに、一見ルーフに直立しているようだが、よく見るとその足元とルーフには不自然な空間がある。


「風力を使っているんだろうけど……えげつない使い方しているなあ」


 ホバー・カーのその向こうで、空中に持ち上げられた水の塊が、勢いよく湖面に叩きつけられている。


 滝のように流れ落ちる様子から、落下そのものは重力に任せているのだろうが……そもそも持ち上げられている量が半端ない。

 小さな家ほどの大きさの塊、重さにして軽くトン単位はあるだろう。


「すごいけど……何が面白いんだか」

「確かに、な。力を見せつけるため、ってわけでもなさそうだな」

「湖の底でも攫っているのかな?」


 ぽつりとつぶやいたエリアの一言に、イルは小さな引っ掛かりを覚えた。


「……ここは元々、人造湖、だ。人の手で作られた……なにか、水底にあるのか?」


 事前に確認したデータでは、造成されたのは第二次大戦からの復興期。

 歴史的には高度成長時代とはいえ、現代の科学には遠く及ばない。


 その時代の『何か』が、果たして『能力』を大盤振る舞いして得る程の価値があるとも思えないが。


「ねえ、早く片付けちゃおうよ。こんなに湿気っぽくて、気分がよくない」


 元々立ち込めていた霧が、空中に持ち上げられた水分の影響なのか、時間的な問題なのか、先ほどよりもずっと濃くなってきている。

 

 肌に吸い付くようなじっとりとした湿り気は、確かに気持ちの良いものではない。

 

「ガキ相手に不意打ちは気が引けるが……手早く片付けた方がアイツらのためだろうしな」


 適当な言い訳をして、イルは手にはめていた手袋グローブの手首のベルトを締め直し。



 ――――戦闘は開始された。

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