第6話
彼が、その能力を顕現したのは、10を少し越えた頃だった。
小規模都市オアシス『KARUIZAWA』の市長を務めるシロウ・トオノには、3人の息子がおり、彼はその末子として誕生した。
小規模都市としての行政制度が成立する前からこの地方の名家として知られていたトオノ家の三男坊は、両親はもとより年の離れた長男次男にも溺愛され、ややおっとりと育った。
元々厳格な教育を施す家風により、品行方正な優等生の兄達を目標に学校生活を謳歌していた、はずだった。
穏やかな性格で、めったに怒ることもない大人しいお坊ちゃんを、周囲の人々も丁重に扱った。人々の善意を信じ、自らもそれを返していくことを厭わず、そのまま育ちのよい市長令息として成長していく、と誰もが思っていた。しかし。
ことの発端は、同級生が巻き込まれた、暴力事件だった。
上級生に因縁をつけられ、暴力を振るわれていた同級生を目撃した彼は、自らの危険も顧みず同級生をかばおうとした、が。
正義感ぶった横やりに激昂した上級生は、彼にも暴力をふるい、その頬を張り飛ばした。
手を挙げてから、市長の三男坊を傷つけたことに気付き、いっそ完全に痛めつけて口封じをしよう、と考えたのかもしれない。
そこまで親しいわけではなかった同級生を守ろうと善意で飛び込んだ渦中で、暴力の矛先は彼に集中した。その間に、当の同級生は彼をおいて逃げ出していた。助けを呼ぶでもなく。
幸い通りかかった教師により、上級生は制止され、彼はそこまでの大けがを負わずに済んだが。
教師に付き添われ、教室に戻った彼を見て、かばった同級生は、気まずそうに目を逸らした。教師が通りかかったのは本当に単なる偶然で、彼を見捨てた同級生は誰にも知らせていなかった。
その裏切りに驚き、彼は体以上に心に傷を負った。
さらに、教師に注意を受けた上級生は、その報復として再び彼を狙った。
彼を人気のない空き部屋に無理やり連れこみ、暴力をふるおうとした、が。
――それに気が付いた教師が駆け付けた時、そこにいたのは体中切り裂かれ血まみれになった上級生と、口の端から血を流し、頬に青あざを作って呆然としている彼の姿だった。
「……能力判定の結果、彼は少なくともA級以上の能力者であると評価された。能力者は中核都市の都市警察で管理するのが暗黙のルールだ。愛する末っ子を手放したくない家族は、持てる限りの権力で事の隠蔽を図った。まあ、まだ幼い子供だ。報告を先延ばしにする、というグレーな対応で、警察もそれに応えた。が、小さなオアシスで事件そのものをすべて隠し通せるものではない。上級生は命を取り留めた、というより、出血は目立ったが実際それほどの量ではなく、裂傷も数は多かったがごく浅いものだった。けれど彼のその能力に怯えた周囲の人々は、腫れ物を触るように彼を遠巻きにして関わらないようにしていった」
マミヤは、淡々と語っていた。しかし、その言葉の奥に、イルは深い後悔を感じ取っていた。
おそらく、報告を遅らせるように手配したのは、マミヤ自身だったのだろう。
中核都市警察の管理になれば、幼い少年は家族と引き離されてしまう。再び共に暮らすことも、会うことすら難しくなるだろう。
不幸な出来事に見舞われた彼や彼の家族を思いやっての選択が、現状を招き、治安への問題とつなげてしまったとすれば、市民の安全を預かる警察トップとしてやりきれない思いになるだろう。
「人々の善意しか知らなかった幼い子供が、人間不信に陥るのにそう時間はかからなかった。彼の周りには、その権力財力の恩恵にあずかろうという思惑をもったものばかり群がった。そして、見事なお山の大将の出来上がりだ。素行は悪化し、学校へも通わず、気が付いたら公共施設を占拠してしまった。そこを根城に、『レジスタンス』などと名乗って、改造ホバー・カーで街中でカーチェイスをしたり、住宅街で騒音を上げながら暴走行為を働くようになった」
「暴走族、っていうやつ?」
「そんな
「デジタルコミックで読んだんだ。大昔の、人気あるんだよ」
時間があればアーカイブ閲覧に励むエリアがその知識を披露する。年代の近い人間にはことさら大人ぶるくせに。
無意識にマミヤとキリヤマを同一視しているのかもしれない。師匠が死んだあと、笑顔が少なくなってしまったエリアの、幼げなその素顔を、イルは少し複雑な気持ちで眺める。
自分の存在だけでは、エリアにそんな顔をさせられないことが、もどかしい。
「まあ、そんなわけで、制止しようにもその能力に対処できる人間もおらず、しかもその力は増すばかりだ。17歳になり、すでにS級レベルにまで成長している。だが、あの能力は」
「『
関係者以外にはS級能力者との区別は付きづらい『神級』能力者は、自然風物を操る力を持つ。
「彼は、都市システムで調整されたはずの天候を無視して嵐を巻き起こす」
「嵐、ですか?」
それが、トラブル、という意図の比喩ではなく、実際の気象状況だとすれば。
「ああ。彼は――ストラ・トオノは『嵐』の力を持つ『神級』能力者だ。『神級』でも筆頭の」
それぞれの『神級』能力者に象徴される力は、その名に違わず、実際の神話伝承に基づいている。その詳細なランク付けは、能力者の力を分析したとある研究団体の覚書によっている。
「……『神級』の、それも筆頭能力の持ち主を、抑えろって言うんですか?」
「できないことはないだろう? ここにも上位能力の持ち主がいる。『疾風』に『雷』――筆頭に遜色ないランクの能力者が、ふたりも」
「……よくご存じで」
「それが、予言だった、からな。この地で、『KARUISAWA』に最高神の能力者が生まれること。その者が、自分に匹敵する能力者と邂逅すること――だから、大戦前に私は、この地への赴任を希望したんだ」
この出会いそのものが、キリヤマとマミヤ、師匠とその親友によりセッティングされてものであったと。
いや、マミヤは、この邂逅が
その真意を尋ねる間もなく。
「……また、始まったか」
爆音が、響きわたる。
「また?」
「塩沢湖の水を、空中に持ち上げては、
「水浸し……あ、ホバー・カー!」
湖近くの駐車スペースに置いたままのホバー・カーの存在を、イルは思い出した。
荷物も車内に置きっぱなしだ。
「
基準をクリアしたホバー・カーには安全装置に加え、自動帰還システムが働くから破損や盗難の危険は少ない。そのことを承知しているらしいマミヤは、すっとぼけた口調で言うが、目が笑っている。
あの爆音だ。本当に水流に飲まれかねない。
「分かりましたよ! 行けばいいんでしょう?! 行くぞ! エリア」
「風呂くらいは沸かしておいてやろう。帰ってくる時は着替えを持ってくるといい」
びしょ濡れになる可能性が高いらしい。というか、ほぼ確定なのだろう。
それを察して嫌そうな顔をするエリアの手を強引に引っ張り、イルはため息をつきながら、屋外に出た。
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