第5話

「さて、自己紹介がまだだったね。タカシ・マミヤだ」


「ラム=アイルです。イルと呼んで下さい。姓はありません」


「エリアです」


 名前を告げ、二人はIDウォッチの身分証明書を表示させる。


「特殊捜査隊……ナンバーズか。懐かしいな。今はあの小娘がトップらしいな。爆弾娘のメイニーが」


「ご存知でしたか」


「ああ。キリヤマが手を焼いていたよ。検挙数と始末書のどっちが多いかわからんってな。それが今や、管理官か。年を取るわけだな」


「キリヤマ隊長……元隊長とは」


「警察学校の同期でな。ああ、アイツは能力スキルの発現が遅かったから、普通に警察官になってから、ナンバーズ入りしたんだよ」


 子供の頃から能力発現していることが多いため、イルやエリアを始め、ナンバーズに所属する捜査官は警察学校には入らず、義務教育後に特殊捜査隊付属の訓練施設で学ぶことがほとんどである。


 ただし、能力発現していてもストレートに現場に出る特殊捜査官になるのは一握りで、ほとんどは後方支援で経験を積んで特殊捜査官を目指す。

 

 能力があっても、実戦に有効活用できなければ、希少な能力者を無駄死にさせてしまう恐れもある。

 

 イルやエリアのように、成人後すぐに特殊捜査官に任命されるのは、希少な能力者の中でもレアケースなのだ。

 

「まあ、能力者の中でも、メイニーのように『神級クマリ』の能力スキル持ちは、別格だからな。キリヤマのように遅い発現で『神級』はさらにレアケースだろう。……君らも、かな?」


「はい」


 特殊捜査隊では能力ごとにS級をトップとして以下A級からE級までクラス分けされている。

 もちろん能力の強さだけでは計れない知的能力や身体能力もあるため、単純に能力クラスだけで席次が決まるわけではない。


 イルに並ぶ検挙率を誇るオーリンは、能力クラスはB級だが、卓越した格闘術を駆使して、特殊捜査隊ナンバー2と呼ばれている。


 ただし、S級能力者は、知的能力や身体能力すら『能力スキル化』して引き上げてしまう。


 S級であるだけで、ほとんどの能力者を凌駕してしまうのだ。


 そして、公にはされていないクラスが、もうひとつ。


「キリヤマは、水の『神級』、メイニーは火の『神級』だ。君らは?」

「疾風と、雷、です」


 自然風物を象徴する『能力』を持つ、『神級クマリ』。

 それは単に能力を例えたものではなく、ある条件を持って定められている。


「疾風……? それに雷だと? これはこれは。確かにキリヤマが面倒見てくれと遺言するわけだ」


「遺言? ですがマミヤさんは、師匠……元隊長とは……」


「ああ。大戦前に、40年前に別れたきりだ。放射線を防ぎきれる遠距離用ホバー・カーの供給が可能になったのはここ十数年、といっても数は不十分だったから、個人で都市間を行き来することは難しくてな。かといって、万が一にも人目に触れる文書は使えない。通信もできない」


「なら、なぜ? 俺が師匠にこの事を託されたのは、3年前です……師匠が、死んだ時」


 託されたノートに書かれた、<『KARUISAWA』の『塩沢湖』にいる『親友』に会いに行け>という遺言。

 

 その期限が、エリアが成年する年の終わりまで、となっていた。


 ノートに書かれた『KARUISAWA』が小規模都市オアシス『KARUIZAWA』の地元での呼び名だと判明した時には、すでに半年が経過していた。

 その後、1年以上外出届を提出し続け、ようやく訪れることが出来た。


 けれど、通信できない状況で、生まれてもいないエリアの成年を指定した約束を、どうして……?


「ああ。だが、私には見えていた。キリヤマのように能力発現が遅い場合があるように、能力発現すら見逃される場合もあるのだよ」


「あなた、も?」


「ああ。と言っても、私は、おそらくC級か、よくてB級クラスだ。しかも予知に特化したな。キリヤマがそばにいたから発現したのかもしれん」


「予知? そんな、低級でも滅多に現れないレア能力ですよ? よく隠し通せましたね」


 予知……未来予測は、連邦レベルで囲い混む垂涎の能力だ。しかも、C級以上の予知能力者など、大戦前にも数える程しか確認できていない。大戦後は皆無だ。


「まあ、この事は内密にな。と言っても、今はほとんど発動することはない。ここ数年は全くなかった。久しぶりにキリヤマの秘蔵っ子が来ると見えた。それも昨日だ。ほとんど役に立たんよ」


「だから、声を?」


「ああ。もっとも、今は住民も近付かない塩沢湖畔に見慣れない姿の若者がいたら、予知がなくとも気が付いただろうがな」


「住民も近付かない?」


 淡々としたマミヤの言葉に、イルは反応する。

 自然風景の失われた『TOKIO』の住民からしたら、もはや言葉の意味しか知らない『風光明媚』な湖や森林に囲まれた景色。晴れの日はさらに美しいだろう。


 それともそこに暮らす人々にとっては、当たり前すぎてそこまで価値を感じてないのだろうか……そう思ったが、マミヤの言葉は平坦な中にも不穏なニュアンスを含んでいるように聴こえた。


「ああ。ここからさらに南の風越かざこし地区には、レジスタンスがたむろしている。まあ、『解放組織レジスタンス』などと名乗ってはいるが、たちの悪いチンピラ集団だ。ただ、始末に悪くてな……」


 言いづらい、というより呆れた感じで言葉を濁す老人の次の言葉を遮るように、耳障りな不協和音が耳に届く。次第に大小複数のブザーが一斉にけたたましく鳴り響き近付いてきて、やがて遠のいた。


 


「風越……確か、100年以上前に、オリンピックっていうイベントがあった?」

「あ、アーカイブで見たことある。まだ地域で政府が分かれていた頃だよね」


 イルが記憶から「風越」の地名を思い起こしてつぶやくと、エリアが言葉を継ぐ。

 相変わらず、よい記憶力である。


「競技映像観たよ。氷の上でゲームしていたヤツ」


 マミヤにハーブティのお代わりをもらいながら、いつの間にかエリアは言葉を崩していた。

 珍しく、ほぼ初対面の人間に懐いている。


 確かに、どこか師匠に通じた雰囲気があり、イル自身も気を許してしまっている部分がある。


「ああ。文化遺産指定されて、競技施設も建物だけは残っているんだが……やつらに占拠されてな。役所も手を焼いている」


 エリアの気安い言葉遣いを咎めることなく、マミヤはイルの空のカップにもお代わりのハーブティを注いだ。


「文化遺産指定ってことは、公共物ですよね? それこそ、都市警察で取り締まるべきじゃ?」

「……そのチンピラのトップがな、市長の息子なんだ」


 市長、つまり、小規模都市長、この行政機関のトップである。

 その子息が、公共物を占拠して、地域を荒らしている?


「親の権力で、公共施設を我が物顔に使用している、ということですか?」

「いや、市長も手を焼いている。縁を切るとまで宣言した。が、問題は本人だ」

「本人?」

「親がいいって言うなら、さっさと捕縛しちゃえばいいのに」


 エリアのもっともな意見に、イルはうなづく。


「まあ、そのとおりなんだが。その捕縛が……できんのだよ。物理的に」


 マミヤ老人は、思わせぶりにため息をつく。


「物理的、って……」


 何となく嫌な予感がして、イルは恐る恐る尋ねる。


「能力者、なのだよ。それも、『神級』の、な」


「……特殊捜査隊ナンバーズクラスでも、手を焼く案件じゃないですか」


 困ったように眉をひそめてうなづくマミヤ老人の目がしっかり笑っていることを、イルは正確に読み取った。


 そもそも、師匠が『親友』とまで言っていた、それも能力者であることを隠匿せしめた人間が、一筋縄でいく存在であるはずがなかった。


 基本的に、都市警察は所属する都市でのみ逮捕権を有する。

 それは、そもそも都市外に出て公務に就く必要がないためである。


 ただし、要人警護の任に就く可能性のある特殊捜査隊を含めた上位階級にある者は、世界連邦全地域で逮捕権が認められている。


 そして、職務倫理上、犯罪行為に遭遇した場合は、協力を惜しむべからず、という建前がある……実際には現行犯でもない限り、管轄外の捜査に関わるのは、都市警察内でも煙たがられる行為だが。


「マミヤさん、退職時の役職は?」

「ああ。一応、本部長まで務めさせてもらったよ。もう5年ほど前だがね」


 本部長は、小規模都市警察の長である……5年前なら、まだ十分すぎるほど影響力があるだろう。イル達が越権的な捕り物を行ったとしても、根回しは万全、ということだろう。


 メイニーがエリアの同行を条件にした理由も、もしかしたら……。


「……詳しい話を訊かせてください」

 どうせ取り組まなくてはならないのなら、徹底的に情報収集しなくては。


 諦念と共に思考を切り替えたイルを、エリアが頬を紅潮させて見つめる。

 いつもは伏目がちな黒瞳が今は爛々と輝き、その美貌が恐ろしいほど色気を増している。


 久しぶりに全力で能力を使えるかもしれない事態に、ワクワクしているのに違いない。


(そんな可愛らしい顔で、物騒なこと考えるな!)



 思わず見入ってしまいそうになるのを必死に制して、イルはマミヤ老人に向き直った。

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