Showtime! Dress up!


「やっぱりディープワンだったエルか」

「今更語尾つけるの?」

「それは、人前だからエル」


 悲鳴のアンサンブル響き渡る現場に急行すると、そこでは案の定ディープワンが破壊活動にいそしんでいる。これまた本日二度目だ。デジャヴの多い日である。

 しかし、怪物を生み出したゾスの眷属は違うらしく、騒動の中心部にいるのは見知らぬ男の子。毛皮と触手とマンモスの牙というとんでもない組み合わせが融合した、明らかにまともじゃない子供だった。


「そこにいるのは誰エル!?」

「僕はモグオムだよっ。よろしくね♪」

「あ、どうも。エルはエルルエル」


 意外にも純真無垢っぽい雰囲気だったので、普通に名乗り返してしまった。挨拶あいさつは大事だもんね。


「馬鹿正直に自己紹介している場合じゃないでしょ」

「うっかりしてたエル」


 などとふざけている場合ではない。

 ディープワンのせいで街の被害は甚大だ。スプレー缶から放たれる赤い液体は有毒らしく、浴びてしまった住民達が藻掻もがき苦しんでいる。

 早急に倒して平和を取り戻さなければ……元から治安悪い街だけど。


「よーし、ここはまいんの出番ですぅ。悪い子は可愛く倒しちゃうゾ☆」

「急にキャラ演じるなエル」

「あんたが言うな」


 猫被りつつ本心の具がはみ出るまいんが、怪人へと一歩前へ踏み出す。

 彼女の手に握られているのは白い本――クロノミコンブックだ。


『-Mazeメイズ-』


 表紙を開きトラペゾンボトルをはめ込むと、色のアナウンスとインクを注ぎ込む音が流れてくる。画面に現るはメイズイエローカラーの紋章。その形は雄々しきミノタウロス。

 ブックから変身待機用BGMが流れ出す。エレキギターとベースの旋律、激しくビートを刻むドラムとまさにヘヴィなメタル。繰り返されるフレーズは士気の高揚を誘発する。


『-Minotaurミノタウロス-』

「ビビッドチェンジ!」


 力強く画面をタップ、同時にまいんの体は光の中へ。

 金髪はより色濃く染まってメイズイエロー、ツインテールは更に伸びて上下に枝分かれ。上方向に伸びた毛は短い癖っ毛、牛の角を彷彿とさせる形状をとる。

 光が生み出すコスチュームはミニスカートのドレス。両肩にはもこもこふんわり、柔らかな袖が構築される。胴を彩るは白と黄色のホルスタイン柄、生来の巨乳と合わさり破壊力は抜群。

 開かれた瞳できらめくのはパーソナルカラーのメイズイエロー。星がキラキラ目映い光を放っている。


『-Dreamドリーム Coloringカラーリング-』

『-Maze Minotaurメイズミノタウロス-』


 ヘヴィメタル調に合わせてブックが変身完了を告げる。

 光が収まると、そこにいるのはただの少女ではない。


「突き抜ける盤石のカラー! マジバトヘヴィ!」


 牛尾まいん――マジバトヘヴィの降臨だ。

 予想通り長い変身シークエンスと派手な変身音を伴っての登場。ヘヴィの場合、名前の通りヘヴィメタルで余計にうるさい。次回以降は省略してほしいと切に願う。


「へー、お姉さんも魔闘乙女マジバトヒロインだったんだ」

「わるぅいゾスの眷属だしぃ、子供だからって容赦は全然しないからね?」

「別にしなくたっていいよ? だって僕の方が年上だし」


 両者の視線の間でバチバチ火花がスパークする。腹黒女子に対して相手はクソガキ系男子。一触即発の緊張感が漂ってくる。

 じりじり、じりじり。

 互いに動きは最小限。どちらが先に攻めるのか、火蓋ひぶたが切られる瞬間を見極めようとしている。

 緊迫に次ぐ緊迫。その刹那せつな、空気が揺らめく。

 開戦を告げる風切り音。

 先に動いたのはモグオム――の配下である、スプレー缶の怪人だ。


「ディーッ!」


 両腕を構えて、二挺拳銃にちょうけんじゅうよろしく塗料を噴射だ。ヘヴィに赤い霧が迫る。間違いなく毒だ、食らってはいけない。


「ふんっ」


 だが、ヘヴィはそれを真っ向から受け止める。無論、生身ではない。手を地面につけて出現させた岩の盾が、猛毒の霧から身を守ったのだ。


「今度はヘヴィの番だからねっ!」


 岩の盾を踏み台にするとヘヴィは空高く跳躍し、ディープワンの頭上をフィギュアスケーターのように回転していく。


「ヘヴィクラッシャー!」


 その手に握られたアルギュレイスタクトの先が怪人の脳天に向いた瞬間、岩石の弾丸が轟音ごうおんまとって放たれる。しかも連射だ。ゴンゴンと岩雪崩いわなだれを起こして相手の動きを封じていく。


「岩なんて打ち返しちゃって!」


 対抗するディープワンは、両腕のスプレー缶から高圧で塗料を噴射し、降り注ぐ岩の勢いを削いでいく。が、重量が違い過ぎて相殺そうさいは不可能。ゴツゴツした岩が次々とぶつかって、表面の触手を押し潰していく。

 ヘヴィの猛攻に後手後手のディープワン。そこへ泣きっ面にはち、カシュンッと音がして、両腕の缶の中身が空になったと知らせてくる。塗料を無駄遣いしたせいで唯一の武器を失ったのだ。


「そのチャンス、いただいちゃうよ!」


 相手が見せた隙を狙い、ヘヴィは地面を蹴って一気に肉薄、至近距離から岩の弾丸を放とうとして、真っ赤な毒液を浴びてしまう。


「きゃあっ!?」


 圧倒的優位に立っていたはずのヘヴィが崩れ落ちる。突然の形勢逆転にオレは目を白黒させてしまう。

 おかしい、両腕のスプレー缶は使い切ったはず。どうしてまだ塗料が入っているのだ。

 オレとヘヴィが同時にディープワンに視線を移すと、拳銃の薬莢やっきょうのように空き缶を放出し、腕の内部から新しい缶を生やす様子が目に入った。


「追加の缶なんてずるいよ……!」


 敵の能力を見誤った。

 両腕にセットされているから数も二本、なんて人間の理屈だ。相手は触手の怪物なのだから、その気になればいくらでも持てる。体の中で大量に保管、在庫がいっぱい。ガンアクション並の素早いリロードも簡単なのだ。

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