正義のキモチ


「大丈夫エルか!?」

「全然だよ……! しびれて指がうまく動かせないし、全身は滅茶苦茶めちゃくちゃ痛いんだけど!」


 顔に塗りたくられた塗料を払いのけるもヘヴィの表情は険しいまま。眉間みけんしわを寄せて涙目だ。アキュート戦の疲れも残っているのだろう、瞳の奥に力がこもっていない。

 毒と疲労のダブルパンチ。長期戦は不可能な様相、このままでは、じわじわ体力を削られていく一方、勝機も徐々に失っていくだけだ。

 ならば、覚悟を決めるしかない。


「ヘヴィ、オレの力を使え」


 迫るピンチを前に提案するのは、


「は?」

「必殺技、オレとお前の合体技で一気に決めるんだよ」


 この状況を打破できる最高の手段。

 必殺技による一撃、反撃の隙も体力も与えない、フルパワーで敵を沈黙させる短期決戦だ。


「え、いいの? それにさっきは失敗したし、ホントに使えるの?」


 ヘヴィの指摘はもっともだ。オレを強奪していざ必殺技を撃とうとしても、うんともすんとも言わない間抜けな結果。同じことを何度しようとも結果は変わらないかもしれない。


「さぁな。でも、やるだけやってみればいいだろ」


 だとしても、諦めてくすぶっていたって事態は改善しないし、むしろ悪化していく。オレはそれで痛い目に遭った。怪人にされて正義を汚すという、最悪の結果になった。

 だからこそ、自分にできることは全部試す、挑戦する。 

 それが、妖精として生まれ変わったオレの、成すべき使命なのだ。


「わかったよ。エルル、お願い」

「任せろ」


 正直なところ、ヘヴィことまいんの考えは気にくわない。優秀なのに悪知恵に傾いていたり、魔闘乙女マジバトヒロイン活動を気晴らしにしていたり、ぶちまけたい文句は山ほどある。正義の味方とはなんたるか、小一時間説教したい気分にもなる。

 だが、彼女の芯は、悪の色に染まっていない。ちょっとだけひねくれているだけの、ごく普通の女の子だ。

 共に戦える、背中を預けられる。

 信じるに値する。

 オレはそう思った。

 だから――


「ほら、いけそうだ」


 ――杖の先端に触れると、体に流れ込んでくるヘヴィの力。岩の属性がオレの奥深くに眠る膨大なエネルギーと混ざり合い、新たなる姿を生成していく。

 ひ弱で心許ない妖精の姿はメキメキと成長し、岩で構成された二足歩行の牛型魔物――ミノタウロスへと変身する。


「これがヘヴィの……ううん、ヘヴィとエルルの!」

「ああ、オレ達の合体技だ!」


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな石像、あるいは屈強な体躯の獣戦士。

 ふたつの力が共鳴して作り上げた、新たなる幻獣の誕生だ。


「キャハッ、これがガターノが言ってたやつかぁ!」


 モグオムは驚きで目を丸くしながらも、どこか嬉しそうに口を三日月にしている。ヘヴィに似て戦闘狂なのだろう。もしくは戦いを遊びと捉えているのか。


「やっちゃえディープワン!」


 無邪気な上司の命令に従い、触手の怪人が襲いかかってくる。


『-Mazeメイズ Final Vividファイナルビビッド-』

「ヘヴィタウロスプレッシャー!」


 対するヘヴィは動じず指揮に徹する。杖を一度後方へ引くと、フェンシングのように素早く相手へ向けて突き出した。

 オレは彼女のモーション通りに大地を思い切り踏むと、タックルの体勢で猛ダッシュで突撃だ。


「ディッ!?」

「うおぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!」


 触手のスプレー缶と岩石の牛魔神。

 両者が繰り出す渾身こんしんの体当たりが弾ける。


「おるぅうあああっ!」


 ――ドガッ!

 力比べは拮抗する間もなく即座に決着だ。

 岩の巨体にね飛ばされたディープワンは、黒い粘液をぱっと咲かせて空中をきりもみで舞っていく。


「オレの勝ちだ」


 直後、青空で大爆発が起こり、触手の切れ端が辺り一面を黒く染め上げた。 


「おっと」


 少し遅れて、露出多めの不良少女も落ちてきたので、岩の腕でナイスキャッチ。オレの初お姫様抱っこ相手だ。誠に不本意である。


「あーあ、倒されちゃった。つまんないの」


 負けたモグオムは悔しそうに、否、飽きてしまったようにどこかへ消えていった。年上だなんだと言っていたが、内面は至って幼稚なのだろう。というか実際のところゾスの眷属って何歳なんだよ。





「さっきは……ありがと」

「お互い様だな」


 怪人騒動も落ち着いた黄昏時たそがれどき

 オレとまいんは椅子間いすま地区の土手をてくてくふわふわ帰路についていた。

 協力して必殺技を放ちゾスの眷属を撃退したおかげで、お互いの距離が少し縮まったように感じる。まだ不満点があるのか、まいんはまだ目を合わせてくれないのだが。


「お礼って言うのも変だけどさ、エルルの頼み、ちょっとは聞いてみようと思う」


 と、そこでまいんが切り出してくる。


「それって、もしかして」

魔闘乙女マジバトヒロインを、正義の味方として、と、とと取り組んであげよっかなぁ……ってさ。柄じゃないけど」


 どうやら単純に照れ臭かっただけらしい。

 彼女はとっくに、オレ達と一緒に戦う覚悟を固めていたようだ。


「ああ、よろしく頼むよ」

「でも、うちが貧乏だって言ったら殺すからね」

「言わないって」


 これはオレの仮説なのだが、幻獣に変身し必殺技を放つ条件は、妖精と魔闘乙女マジバトヒロインの心が通じ合うことなのだろう。

 彼女達を助けたい、一緒に世界を守りたい。その感情こそ無限大のエネルギーを引き出すトリガー。

 だから、既にまいんも仲間なんだ。

 全てのわだかまりが解けた訳ではない。だけど今はこれで十分。これからみんなで思いをぶつけ合い、少しずつ落としどころを探していけばいいのだから。

 となると、一度全員で顔合わせした方がいいな。ずっとバラバラに活動していたし、互いの情報を共有するためにもやらないと。


「そうだ。今度、ほむらの家に来てくれよ。魔闘乙女マジバトヒロイン同士の親睦会でも開こう」

「へぇ、いいんじゃない」

「ほむらにはオレから話しておくから。場所はまた追って知らせるよ」


 誠に勝手ながら約束を取り付けてしまった。

 でもこれも、今後の魔闘乙女マジバトヒロイン活動のため。ほむらもきっと許してくれるだろう。仲間が増えたと言えば彼女も喜んでくれるはず。もし怒られたら……うん、その時は素直に謝ろう。

 ――あれ?

 謝るといえば、なにか大事なことを忘れている気がする。

 気のせいか?

 うん、きっとそうだ。疲れているせいに決まっている。


 後日、風華にコッテリ叱られたのは言うまでもない。

 ほったらかしにしたんだもの。かくれんぼしていたら見つけてもらえず、みんな先に帰っちゃった時の気分だろう。そりゃあ怒るよ。

 因みにずっと朱向市あかむきし内を縦横無尽に探し回っていたそうだ。ご苦労様。そしてごめんさい。マジで。

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