アメイジング・キャッスル
まいんを追って行き着いた先は、裏路地と同等かそれ以上にどんよりと
ここは
市内で最も低所得者層が多い地区でもあり、治安は比べものにならないほど悪い。報道される事件のほとんどが椅子間地区で起きたか、その出身者が引き起こしたと言っても過言ではない。
興味本位で訪れる人はほとんどおらず、可能な限り近づきたくないと考えるのが普通だ。かくいうオレにも苦手意識があり、人間だった頃は事件に巻き込まれないよう避けていた。正義の味方に憧れていたくせに、である。オレが臆するほど、冗談抜きでヤバい危険地帯だと理解してほしい。
そんな怪獣無法地帯に、まいんは平然と突き進んでいく。
まさか
「ただいまー」
あちこちボロボロの古びたアパート、その二階の一室がまいんの自宅らしい。防犯用にガッチリ施錠された扉を開けてから中へ入っていく。
よし、オレもそっと入ろうか。
と思ったのだが、扉はすぐに閉められて、鍵を掛ける音がガチャリ、ガチャリ、ガチャリ。不法侵入は不可能だろう。
「うん、これは仕方ないな」
正攻法は無理そうなので別の手段に出るしかない。
そう、本日二度目の覗きタイムだ。完全に変態野郎のムーブである。それもこれも、戦闘狂から足を洗って正義の味方に目覚めてもらうために必要な行為なのだ、と自分に言い訳しておく。
オレはこそこそとアパートの外壁伝いに窓側へ移動する。建物のボロさも相まって完全にGのつく害虫だ。殺虫剤はノーでよろしく。
「まいんと……もうひとりいるぞ」
ふわふわ浮いてまいんの部屋を覗き込むと、室内は至って質素で
そんな貧困感漂う室内には、まいんの他にもうひとり、ころんと小さい女の子がいる。小学三、四年生くらいか。顔立ちも似ており、恐らくまいんの妹だろう。同じ血が流れているためか、こちらも胸の発育が良好だ。
「料理中みたいだな」
ふたりはキッチンをバタバタ行き来している。野菜を切ったり皿を出したりコンロに火をつけたり味付けしたり。
そういえば今は昼食時だった、と気付いて空腹感が再び襲ってくる。早く家に帰ってほむらの手料理が食べたい。それ以外に選択肢はないんだけど。
「……ん、声が聞こえる」
調理が終わり雑音が減ったおかげで、彼女達の会話が窓の隙間から漏れてくる。立て付けが悪いせいだろう。嫌でも隣人の生活音が聞こえてしまう、集合住宅のあるある現象だ。ご近所トラブルの要因でもある。
これはおあつらえ向き、彼女の素顔に迫れそうだ。
オレはこれ幸いと、細長い耳を窓に貼り付けて聞き耳を立てた。
「……――おねーちゃんの作る焼きそばって、いつもおいしいねー――……」
「……――ただ焼くだけだよぉ、大したことじゃないってば――……」
「……――えー、ホントにおいしいよー。それに、栄養もたっぷりだし――……」
「……――胸ばっかり大きくなるから困っちゃうけどね――……」
姉妹の
ぶりっ子系腹黒戦闘狂キャラはどこへいった。オレの目には妹を世話する心優しい姉の姿しか映っていない。
「おいおい、全然違うじゃないか」
元から裏表の激しいタイプだろうと想定していたが、良い意味で落差があるのは意外だった。
ふと部屋の隅に視線を移すと、そこにあるのは小さな写真立てだ。映っているのは大人の女性、背格好からしてまいんの母親だろう。その隣には
「あっ……」
それだけでまいんの身の上を察してしまった。不意に涙腺が緩んでしまう。
彼女達の姿を見ていると、かつての自分が脳裏をかすめる。
施設に入所させられる前、両親が蒸発してすぐの頃だ。
当時のオレは、両親がすぐ帰ってくると信じて、じっとひとり家で待ち続けていた。しかし、待てど暮らせど戻ってくる気配はなく。次第に空腹で我慢できなくなったオレは必死で食事を用意した。だがそのどれもこれもが料理未満、幼児の見よう見まねだ、たかが知れている。マズイそれらを食べる度に親のありがたみを痛感したものだ。
当時のことはほとんど覚えていないが、その経験だけは記憶に色濃く染みついている。
まいんも同じだ。
父親はいるだろうが、それでも親がいない事実に変わりはない。
まだ幼い妹のために、母親代わりとして家事に取り組む姿は、悪女らしさとは無縁。
まいんの本性を知ろうと覗いたはずなのに、余計に彼女がわからなくなってしまった。
※
妹は友達と一緒に外へ行ってしまい、部屋の中にいるのはまいんだけ。
休日に部屋でひとりっきり。何者にも縛られないフリーな時間だ。ゴロゴロするも良し、ゲーム三昧するも良し。風華のようにエロ本に浸っても誰も文句は言わない。
さて、まいんはなにをするのかというと、まさかのお勉強。机に向かって問題集とにらめっこだ。
言動から育ちが悪いと勝手に想像していたが、そんなことはない。むしろ影で努力をするタイプらしい。歳が違うので単純に比較はできないが、問題を解くスピードからして、ほむらよりも脳細胞の質は高そうだ。
観察を続けるほどに、余計謎が深まっていく。
何故、彼女は
妹思いで努力家でそれなりに頭が良い姿とさっぱり結びつかない。
「うーむ。やはり女子はミステリアス」
女性経験のない元一般男性では、彼女の思考を
はぁ、とひとつ溜息して、次の瞬間。
ガララッ、と窓が開くと、中から白い手が伸びてきた。
なんか、デジャヴ。
オレの小さな頭はガッチリ握られて、部屋の中へと引きずり込まれてしまった。
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