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「え、ブックとボトル? 普通に拾ったけど」

「マジで言ってるエル?」

「ガチ寄りのマジだよ」


 彼女の話を聞く限り、本当に偶然拾っただけらしい。

 道端にぽつんと放置された段ボール。そこには「ご自由に拾ってください」というお決まりの文字。中に入っていたのはクロノミコンブックとトラペゾンボトル、そして簡単な説明書だけ。なんという眉唾まゆつば。そんな馬鹿な。

 まるで捨て犬捨て猫みたいな要領で変身アイテムを放置するとは、ドリームランドの連中は一体なにを考えているのやら。詐欺もどきの勧誘メールも正気を疑ったが、こちらは余計理解が追いつかない。人間風情には到底及ばない高尚な目的があるのかもしれないが、現状は馬鹿と阿呆を足して二でかけた脳味噌が方程式上を飛び回っているみたいだ。

 だいたい、拾う方もどうかしている。犬猫かその他ペットならまだしも、用途不明の謎アイテムをわざわざ拾うか? あからさまに「不審な荷物を発見したらお知らせ下さい」案件だろ。


「それでエルルさんはぁ、まいんと手を組んでくれるの、くれないの?」

「そう言われてもエルねぇ」


 なおもずいずい幼い顔と大人顔負けの乳で詰め寄るまいんに、オレは返答を渋るばかりだ。

 魔闘乙女マジバトヒロインが増えるに越したことはないが、それで風華を裏切っては元も子もない。むしろマイナスだ。

 とはいえ、ここではっきりとノーを突きつけては、今後魔闘乙女マジバトヒロイン間の軋轢あつれきになりかねない。

 ここは穏便つ丁重にお断りしつつ、正義の味方として望ましい方向に説得したいのだが。


「まいんとなら毎日がすっごく刺激的だと思うんだけどなぁ」

「別に刺激はいらないエル」

「アキュートみたいなお堅い真面目ちゃんのとこになんていないでぇ、まいんと一緒にレッツハンティングしようよぉ~」

「エルルはアキュートと一緒に暮らしていないというか、別の魔闘乙女マジバトヒロインにお世話してもらっているエルし……」

「え、そうなの? じゃあそっちともサクッと手を切ってほしいなぁ」

「徹底的過ぎエル」


 会話は平行線のままだ。

 まいんはなにがなんでもオレを引き入れたい。自分だけのものにしたい。曲げる気配が微塵みじんもないので話がさっぱり進まないのだ。


「ひとつ、聞きたいんだけど、まいんはなんのために戦っているエル?」

「それはもちろん、ゾスの眷属をこてんぱんに跡形もなく撃滅げきめつするためだけど」

「そうじゃなくて、こう大局的な意味というか、将来の展望というか、まいん自身の目的って話エル」

「んー、気晴らしかな?」


 うーん、完全にエンジョイ勢ですね。

 バトル自体が目的、楽しいから戦う戦闘狂タイプとは、これまた正義の味方から程遠い属性が出てきちゃったよ。どうするのコレ。


「日々のストレス発散っていうかぁ、敵をぶちのめすのが楽しいっていうかぁ、そんな理由でやってるんだよね~」

「その爽快感のために、エルルとの必殺技が欲しいってことエルね」

「そうそう、やっとわかってくれたんだ、嬉しい~♪」

「納得はしてないエルよ」


 つまるところ彼女は派手な力を手に入れて、やりたい放題暴れたいだけなのだ。ゲームで重課金して圧倒的な強さで他のプレイヤーを蹂躙じゅうりんしたり、あるいはチートモードでシステムに負荷をかけるくらい滅茶苦茶めちゃくちゃしたり。

 具体的な目標がある訳じゃない。単純に力そのものを行使するのが目的なのだ。

 己の愉悦ゆえつが最優先。

 そんなの認められるはずがない。


「それってぇ、まいんと手を組みたくないって意味かなぁ?」

「少なくとも、力に固執している間は無理エルね」


 まいんの瞳がどろりとにごった。目尻や口角がひくついて、顔面に塗りたくられていたメッキがペリペリとがれ落ちていく。

 オレの経験則から言える、彼女はいわゆる腹黒キャラだ。しかも体裁を整えきれない、未熟な悪女である。残念な小悪魔とでも名付けようか。


「こっちが下手に出てるからってつけあがって……!」


 ほーら、あっという間に本性が「こんにちは」だ。

 可愛い営業スマイルのまいんは消え失せて、内部より怒りの化身が露わになっている。

 交渉決裂だ。


「あんたみたいな意固地な妖精なんて、こっちから願い下げなんだから!」

「どうぞどうぞ、ご勝手に」

「今更まいんの方が良かった、なんて土下座して頼み込んだって、もう遅いんだからね!」

「はいはい」

「きーっ! なんか腹立つ言い方! 語尾もないし!」

「……エル?」

「付け足すと余計にムカつく!」


 ぷんすか、という擬音が似合うような怒り方だ。湯気がしゅーしゅー吹き出ているし、鼻息もふんふん荒くしている。


「ま、こっちも清々するエル。ほら、子供はさっさと帰るエル」

「言われなくても!」


 まいんはきびすを返すと、のっしのっしと重量感ある足取りで昼間の大通りへと出ていく。


「……本当に帰ったな」


 裏路地は途端に静かになり、肌寒い風が汚い隙間を駆け抜けていく。

 思った通り彼女は未熟だ。こちらがあおれば簡単に怒り心頭、すぐに冷静さを欠いてしまい、オレの思惑に沿った行動をしてくれる。


「よし、行くか」


 オレは音を殺してまいんの後を追う。

 イライラで周囲の警戒をおこたっている今なら尾行に気付かないだろう。そこに目を付けたオレは敢えてまいんを煽り、怒りで真っ赤にしてから帰路につかせたのだ。

 腹黒キャラは、人前では良い子を演じる。

 逆に言えば、プライベートな空間では仮面が緩み、その人となりが如実に表れる。

 普段の姿こそ本当のまいん。

 今度こそどんな人物なのか、じっくり観察させてもらおう。

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