アドリブ・デスティニー


「なっ、押し負けた!?」


 拮抗していた両者の技だったが、その勝負はヘヴィに軍配が上がる。風の三角錐はかき消され、岩の弾丸がアキュートの脇腹をえぐり抜いた。幸いつば迫り合いで威力が半減していたらしい。コスチュームの破れと腹部の軽い擦過傷さっかしょう程度で済んでいた。

 魔闘乙女マジバトヒロインの先輩のくせになにをやっているのだ、という批判もあるかもしれない。だがこの勝負、アキュートにとっては不利なのだ。

 まずは属性。速度重視で身軽な風に対して威力重視で重量級の岩の攻撃。単純な力比べでは優劣がはっきりと出てしまう。

 次に疲労。先程の戦い、ゾスの眷属のなにがしとの戦闘が、少なからず尾を引いているのは確かだ。とてもじゃないが、全力を出せているとは言えない。

 そして最後にオレの存在。ヘヴィの胸の中に囚われている関係上、本気の技をぶつけてしまえばオレを傷つけてしまう。そんな懸念があったのか、それとも無意識か、三角錐のキレが足りないように感じる。


「あははっ♪ 偉そうにしていたくせに、呆気なく負けているじゃないですかぁ? 先輩のくせにだらしな~い」


 倒れ込むアキュートを前に、ヘヴィはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。つり上がった目尻に三日月に歪んだ口元。正義の味方がしちゃいけない表情だ。


「……なんとでも言いなさいですわ」


 アキュートは傷ついた脇腹を庇いながら立ち上がる。表面の傷以上に内部のダメージが大きいのか、眉間みけんにくしゃりとしわが寄っていた。


「あなたのような軽薄な人の言葉なんて、私の心にはさっぱり響きませんもの」


 それでも、にっと笑って気丈に振る舞う。

 どう見てもやせ我慢だ。弱みを見せられない、というプライドによるものだろうか。辛い状況でも余裕そうな面持ちを崩そうとしない。

 その場しのぎのはったりか、はたまた自身を鼓舞するためか。


「なっ。だ、誰が軽薄だって!?」


 しかし、結果的にその煽りは効果絶大だった。


「聞こえなかったのでしたら何度でも言って差し上げますわよ、軽薄で刹那主義、頭の栄養が全部胸に行ってしまった後輩さん?」

「先輩こそまな板で男みたいに高身長で、そのくせお嬢様言葉なんて使って、お高くとまっている高慢ちきじゃない!」

「あら、まるで私が見下しているような言い方ですわね。それはあなたが、身も心も低い志にあるからじゃなくって?」

「いちいちかんに障る言い方して、そのキャラ作りがイラッとするんだから!」

「これはこれは、見事なブーメラン発言ですわね。一度鏡で自分のお姿を見直した方がよろしいのでは?」

「先輩みたいな育ちのいいおぼこ気取りさんには、ヘヴィの気持ちなんてわからないんだよ!」

「ええ、理解するつもりは毛頭ありませんから」


 おー、怖。

 女子同士の口喧嘩ってやっぱり恐ろしい。言葉の暴力でメリケンサックの殴り合いだ。オレなら二秒でノックアウトだろう。あと、アキュートこと風華はおぼこでもムッツリスケベの変態寄りだと思う。

 よくあるハーレム系物語も、きっと裏側では似たような修羅場が繰り広げられているのだろう。ギスギスが半端ない。可能なら一切関わりたくないぞ。

 と願った矢先に、オレはズボッと胸の谷間から引き抜かれた。


「ふーんだ、ヘヴィだってすっごい必殺技使っちゃうんだから!」


 頭の回転が速いアキュート相手に口論は分が悪いと判断したらしい。ヘヴィはオレを利用して、圧倒的戦力でねじ伏せるつもりだ。


「ほら妖精さん、さっさとここにタッチしてよ。そうすれば必殺技が撃てるんでしょ?」

「いやでも、エルルは争いごとは望んでいないし、暴力反対だし」

「ヘヴィは暴力賛成派だから、争いなんでもどんとこい」

「死の商人かな?」

「いいから早く、ほらほらほらほら!」


 ぐりぐり、ぐりぐり。

 杖の先端で柔らかほっぺを突いてくる。鍵状の先端が食い込んで痛い。よくないなぁ、こういうのは。か弱い妖精なんだから、もっと優しく丁寧に扱ってほしいぞ。


「……あれ?」

「姿が変わらないエルね」


 しかし、オレの姿は変わらない。なににも変身しない。ドラゴンやペガサス、その他伝説上の獣にならず、いつもの妖精形態のままだ。

 銀の杖にはエネルギーが充填されているし、嫌々ながらオレもタッチしている。必殺技の条件は揃っているはずなのに。


「ちょっと、なんで変身しないの?」

「そう言われても、エル」


 オレに質問するな。

 こっちだってわからないことだらけなんだぞ。


「もしかして不良品?」

「タクトが? それともエルルの方?」

「どう考えても妖精さんの方でしょ!?」

「えー、理不尽」


 ほぼ同じ手順を踏んでいるはずなのに、どうしてヘヴィには必殺技が使えないのだろうか。

 疑問ではあるが好都合。過激派の魔闘乙女マジバトヒロインに力を利用されずに済むということなのだから。


「きゃっ!?」


 風の三角錐がヘヴィの手の甲を弾くと、衝撃で指の締め付けが弱まった。その瞬間を見逃さず、オレはすかさず拘束から抜け出す。


「あ、コラ、待ちなさいよ!」


 逃げ出したオレを撃ち落とそうとヘヴィが岩の弾丸を発射するが、着弾するよりも速くにアキュートが回収。追い風で高速移動してきた彼女の腕の中に保護される。


「残念だけど、あなたには必殺技を使う資格がないようですわね」


 そして追い打ちに、火の玉ストレートの一言をプレゼント。うん、容赦がない。


「う~っ! なによつまんない! もう帰るんだから!」


 ヘヴィは悔しそうにうめくと、地面へ向けて岩石を叩きつける。ばかんっと岩が割れると砂煙が立ち上る。視界は黄土色の粉一色に染め上げられ、その隙に小柄な体はどこへやら。あっという間にどこかへ消えてしまうのだった。

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