ヒロインズドラマ


「えへへ、あのぉ、マジバトヘヴィって言いますぅ」


 どすんっ。

 重めの響きを奏でて降り立った少女は、上目遣いと甘え声のコンボで名乗ってくる。まぶたをぱちぱち垂れ目をキラキラ、首も傾げて可愛らしくアピール。そこはかとないぶりっ子の香ばしい香りが漂ってきた。


「私はマジバトアキュートですわ」

「エルはエルルエル」


 素直に名乗ってくれたので、こちらも礼儀で自己紹介をしておく。社交辞令だ。できればこのタイプとは関わりたくない。


「いやぁ、アキュート先輩ってとぉっても強いんですね。見ましたか、ゾスの眷属の悔しそうな顔! ヘヴィ、とっても憧れちゃいますぅ~」

魔闘乙女マジバトヒロインの使命を果たしたまでですわ」

「またまたぁ。謙遜けんそんなんて一流らしくないですって。もっと自分の力を誇ってくださいよぉ」

「あなた、やけに馴れ馴れしいですわね」


 初対面なのにベタベタと距離感がおかしいぞ。

 太鼓持ちの腰巾着みたいにおだててくるヘヴィという魔闘乙女マジバトヒロイン。この子は一体なにがしたいのだろうか。

 手放しで過剰な褒め称えにアキュートも困惑気味だ。居心地悪そうにまゆをひそめている。


「それでぇ、ヘヴィとっても気になっているんですけどぉ。あのおっきなペガサスの技って、どうやって出したんですかぁ?」

「どうもなにも、エルルとの合体技ですわね」

「エルルにも原理はよくわかってないエル」

「ふーん、そうなんですね~。合体技かぁ、憧れちゃうなぁ~」


 ヘヴィはあの大技について知りたいらしい。ちらちらと、オレとアキュートの杖を交互に見ている。

 派手で強力な大技を、同じ魔闘乙女マジバトヒロインが使っているのなら気になってしまうだろう。だが、残念ながらこちらも答えを持ち合わせていない。原因について思い当たる節はあるのだが、「実はオレ、元一般男性なんですよ」なんて口が裂けても言えない。バレたら即日変態認定確実、人生もとい妖精生ようせいせい終了だ。このまま、のらりくらりと質問をしのぎたい。

 と今後の展開に憂いていたのだが。


「じゃあじゃあ~、ヘヴィにもこの妖精さんを使わせてくださいね~」


 がしり、と。

 オレの、エルルの大きい頭が、UFOキャッチャーよろしく掴まれた。


「ふぁっ!?」


 気付けばオレは、ヘヴィの豊満な胸の谷間にずっぽり差し込まれていた。柔らかさとぬくもりで気分は良いが、身動きはさっぱりとれなくなった。

 回避や抵抗をする間もなく、あっさりと、男の夢と希望が詰まった双子山に、体の自由を奪われてしまったのだ。

 明らかにピンチなのだが、ちょっぴり嬉しい。鼻の下がびろんびろん伸びてしまう。


「なんのつもりですの!?」

「見ての通りですよぉ。ヘヴィもぉ、先輩みたいなつよつよ必殺技を使いたいだけなんですってば」

「だからって、エルルを奪うなんて、ゾスの眷属と同じじゃありませんこと!?」

「はぁ、口うるさい先輩ですねぇ……」


 頭上から「ちっ」と舌打ちが聞こえた気がした。否、確実に鳴っていた。

 もしかして。

 恐る恐るヘヴィの顔を見上げると、案の定、その瞳は冷たく歪んでいた。可愛い子ぶってすり寄ってきたが、どうやらこちらが本性らしい。


「新しい力さえあれば、先輩なんてどうでもいいんですよ!」


 さらけ出した本心の叫びと共に、視界がぐるりと高速で回る。

 かかとを中心に半回転したヘヴィが、右手で目にもとまらぬ裏拳を放つ。打ち込む先はアキュートの顔面だ。


 ――ズガッ!

「ぐっ」

「あはっ、さすが先輩。防がれちゃいましたね♪」


 左の前腕を盾代わりにした防御は間に合い、ヘヴィの拳は狙いを外してしまう。

 だが、それだけで終わるはずもなく。

 ヘヴィは続けて左の拳を振り下ろす。そこへ更に右、再び左。嵐のような連続パンチを叩き込んでいく。


「だだだだだだだだだだっ!」


 降り注ぐ拳の雨に、アキュートは両腕を構えてさばききろうとする。回避、あるいは受け流す。しかしヘヴィの攻撃は名前の通り重量級、一発一発が規格外のパワフルさ。かするだけでもダメージは蓄積し、じわじわと体力を削いでいく。


「あれあれぇ? もしかして先輩ってば、ヘヴィよりも弱いんですかぁ? ザコなんですかぁ?」

「ぐっ……やかましいですわ……――ねっ!」


 ――ばきっ。

 減らず口に返答した瞬間、アキュートのほほに拳がめり込んだ。

 しかしそれは、守りきれなかったせいではない。


「アキュートストーム!」


 技を放つために敢えて防御の構えを解いたのだ。フリーになった右手、そこに握られた銀色の杖から、風の三角錐が鋭く撃ち出される。


「きゃあ!?」


 至近距離からの射撃を避けきれず、三角錐が腹部に直撃。爆風でヘヴィ、そして胸に挟まれたオレは吹き飛ばされてしまう。


「――もうっ、痛いんですけどっ!?」

「先に手を出したのはそちらですわよ」

「揚げ足取りなんて、先輩、器が小さ過ぎですよ!」


 舌戦で毒づきながら体勢を立て直すと、ヘヴィは虚空から一本の杖を取り出す。魔闘乙女マジバトヒロインの共通武器、銀の鍵たるアルギュレイスタクトだ。


『-MazeメイズChargeチャージ-』


 くぼみにはめ込むのは彼女のイメージカラーと同じ、色の強い黄メイズイエローのトラペゾンボトルだ。半開きの容器からインクが流れ出し、溝の道を通って鍵状の先端に黄色のエネルギーが集まっていく。


「ヘヴィクラッシャー!」


 技名を叫ぶと同時に杖から岩石の弾丸が放たれる。ゴツゴツとした見た目に反してそれは高速で敵の肉体を穿うがとうとする。

 対するアキュートは真っ向から受けて立ち、青く光る杖より三角錐を撃ち出した。

 ――ガリガリガリッ!

 空中で岩と風が激突して、周囲に砂利混じりの突風が吹き荒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る