アリスブルーのキス
「見つけたぞ。我らが求める復活の鍵――エルルよ」
「ディーッ!」
どがっ、ばきっ。
街路樹や標識を次々に薙ぎ倒してディープワンが迫り来る。その距離が狭まるほどに異臭が鼻をつく。触手の体に混じっているのはゴミ袋だ。しかも中身がぱんぱん。
異臭物陳列罪にあたりそうな怪人、その隣にいるのはひとりの少年だ。ロングヘアーで左目を隠した特徴的な出で立ち。
確か、彼はゾスの眷属がひとり――
「……誰だっけ」
――忘れた。
一度会ったしガッツリ交戦もした。名前だって聞いたはず。
なのにさっぱり思い出せない。頭をいくら
なにしろあの時はほむらと風華、紅蓮の炎と蒼穹の風が激しくぶつかり合っていたのだ。ぽっと出キャラクターの印象はおのずと薄れてしまう。インパクトが足りないのだ。
「我の名はソグサだ! 再臨を待てと言い残したはずだが!?」
「あー、そんな名前だったエルね」
「神聖なる真名を忘却の彼方へ置き去りにするとはなんたる侮辱……我の力で闇の底に沈めてやる!」
中二病少年――ソグサはぞんざいな扱いにご立腹の様子だ。地団駄を踏んで抗議している。そういえば前回も雑に処理されていたな。今、思い出したよ。
「あの方、なんて言っていますの?」
風華は頭上に疑問符を浮かべている。中二病特有の無駄に遠回しな台詞が理解不能らしい。ここでは人間の言葉で話せ、と言いたげだ。
かつて似たような病を患った身からすれば通訳可能。彼女の疑問を解消できる。しかしそれを認めるのは恥ずかしい。過去の失態をほじくり返されるのと同義だ。絶対やりたくない。
「エルルにはさっぱりわからんエル」
「ですわよね」
なので、知らないフリをしておいた。
「それよりも、戦う準備エルよ」
「承知しておりますわ」
ディープワンの襲来で、街は
慌てふためく群衆をよく見ると、ほむらの担任の呼子先生もいる。トラブル体質というのは本当らしい。ご愁傷様。すぐ逃げてください。
『-
『-
「ビビッドチェンジ!」
クロノミコンブックにトラペゾンボトルをはめ込み紋章をタップ。風華の体が目も
『-
『-
「駆け巡る疾風のカラー!マジバトアキュート!」
鋭い羽と
「我が生み出した新たなるディープワン、その力をとくと味わうがいい!」
ソグサは片足立ちで体を反らす奇妙なポーズをとる。本人は格好良いと思っているのだろう。それと同時に怪人が突撃してくる。
どすどすどすどす。重量感ある足音だ。
中身が詰まったゴミ袋を模しているので他のディープワンよりも一回り巨体。まともにぶつかり合えば力負けしてしまうだろう。
「家庭ゴミはお断りですわ!」
もちろん聡明な彼女は正面からやり合わない。悪臭放つ悪質なタックルを、わずかな動きで華麗に避けた。
更にアルギュレイスタクトを呼び出し、素早くボトルを装填する。
『-
「アキュートストーム!」
怪人のがら空きの背中に向けて、生成した風の三角錐を打ち込む。防御は間に合わず見事に直撃。ディープワンはもんどり打ってアスファルトの上に倒れ込んだ。
「まだまだいきますわよ!」
立ち上がれずにいる巨体に向けて、アキュートは更に三角錐を連射。ゴミ袋の体に次々と穴を開けていく。
するとポロポロと中身が地面に転がる。生ゴミだ。汚い。そして臭い。
「ディーッ!」
こぼれた中身に目を付けたディープワンは、苦し紛れにゴミを掴むと投げつけてくる。まるで動物園の猿だ。う○この投げつけだ。
「きゃっ!?」
飛来するゴミのつぶてを前に短い悲鳴を上げるも、アキュートは高速移動で避ける。追い風を受けて目にもとまらぬ速さだ。風属性は伊達じゃない。
リンゴの芯、魚の骨、あと腐ったべちゃべちゃのなにか。どれも彼女を傷つけることも汚すことも叶わず。住宅地の四方八方に飛散するだけだ。
「大仰な言い回しで
「なっ、ゾスの眷属たる我が、貴様達下等生物に劣っていると!?」
「小難しい言葉で体裁を整えたところで、あなたの中身はたかが知れているということでございますわ」
うわぁ、これまた凄い火の玉ストレート。全国の中二病患者と口だけ達者な人達の心がベッコベコに凹むぞ。
あと、オレも胸がちょっと痛い。狭心症かな。
「エルル、決めますわよ!」
「お、おう、エル」
気を取り直して、オレはセルリアンブルーに輝く杖の先端に触れる。するとあっという間に変身完了。妖精の体は
『-
「アキュートペガサステンペスト!」
オレの頭部から放たれた巨大な三角錐がディープワンの体をドスリと貫く。途端にゴミ袋は弾け飛んでゴミが散乱するが、すぐにそれらを巻き込んで大爆発が巻き起こる。
――ドガァァァンッ!
千切れた触手と灰になる可燃ゴミ。そして爆心地に残るのは主婦らしき姿。あの女性が今回の素体だったらしい。三角錐で貫かれても平気な理由は未だに謎だが、細かいことは気にしない方がいいだろう。無事であれば問題ない。
それよりも、
「き、貴様と我は闘争の宿命にあるようだ! お、おお覚えているがいい!」
負けたソグサの方が問題だ。ビシッと指先を向けて宣言をすると、
これまた格好付けているが、要するに小悪党の捨て台詞である。なんとも締まりのない決着だ。敵キャラがこの始末では、オレ達正義の味方側が際立たないじゃないか。
「へー、先輩ってぇ、凄い技が使えるんですね」
そこへ、鈴を鳴らしたような可愛らしい声が響く。
オレとアキュートは示し合わせた訳でもなく、同時に声の元へと振り向いた。
「あなたは……」
「誰、エル?」
見上げると、電信柱の真上に立つひとりの少女。
しなるツインテールにホルスタイン柄のミニスカートコスチューム。低めの身長に釣り合わない豊満な胸。そして鮮やかに主張する黄色。
見知らぬ
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