Vanity❤colon
「……」
「……」
「……見ましたわね?」
「……はい、エル」
「……」
「……」
「……どんな本かも見ましたわね?」
「……はい、エル」
殺風景な風華の部屋で、オレは正座させられている。細い足を綺麗に折り畳んで行儀良く。姿勢を崩せば怒りの鉄槌が振り下ろされかねない。この体では一撃でのしいかになる。
正面で相対する風華も正座だが、その威圧感はぞっとするほど。背景に「ゴゴゴ……」という擬音を背負っている。
「あなたの率直な感想を、三十文字以内で答えてもらえますこと?」
「性欲増した、思春期男子も、驚きの、大量のエロ本に、度肝を、抜かれました、エル」
「二文字多いですわ」
「語尾は許して」
発言のひとつひとつが地雷原を歩いているかのようなピリピリムード。一歩間違えて踏み抜けばオレに明日は来ないだろう。
エロ本を読んでいる現場を見られるなんて、性欲三割増し中の男子ですら勘弁な案件だ。普段から真面目一筋な女子となれば、死にたくなる心情は想像に難くない。怒りの矛先が目撃者に向くのも当然の摂理。というか、耐えられる鋼メンタル持ちは性癖暴露する露出狂だけだ。たまにいるけど。
「……はぁ。覗きが主題の物語もありましたが、まさか私が対象になるなんて」
「ごめんなさいエル」
「いいんですのよ。ドリームランドの妖精ですもの、新しく増えた
あれ、意外と許してもらえそうな雰囲気だ。背後に控えていた「ゴゴゴ……」オーラも鳴りを潜め始めている。
もっともそれはオレの見た目が可愛いからだろう。中身が成人の一般男性だと知られたら間違いなく死。風の力で切り裂き乾かされ、次の日には干物として売りさばかれて地獄送りだ。妖精で良かった。
「このこと、龍崎ほむらさんには内緒にしてくれますわよね?」
「も、もちろんエル。誓って言わないエル」
「ならいいですけど」
性癖を隠したいムッツリスケベな気持ち、オレには痛いほどわかるぞ。
エロ本隠しといえば大イベントだ。絶対人目に触れてはならない。知り合いなんてもっての外。
思春期が施設育ちのオレにとって、それは最大の死活問題だった。隠し場所はもちろんのこと、エロに関わる話題すら口を滑らせないよう、常日頃から細心の注意を払ってきた。
だが、失敗した。
アレは悲劇だった。記憶の奥底に封印しておきたい。
同じ思いを彼女にはさせたくない。未来ある若者の心を曇らせたくない。覗いていた当人が言うな、とブーメランがめり込んでいそうだが。
「あの、ひとつ聞いてもいいかエル?」
許されたついでに、気になっていたことを質問してみる。
「どうぞ」
「これだけの量を、一体どうやって手に入れたエル?」
生真面目な乙女がエロ本を読み漁っているとか、どぎつい性癖をしているとか、それ以前の問題だ。
エロ本購入は常にデンジャラス極まるハードなミッション。店頭で買い続ければ店員に顔を覚えられるし、知り合いとばったり遭遇する危険性だって
では、どこで、どんな方法で入手したのか。それが素朴な疑問だった。
「ああ、それは、その……バイト先ですわ」
「は?」
「街の本屋でバイトしてますのよ、私」
これまた意外な話が飛び出してきた。
お嬢様言葉の
「自分でレジを通しているので、誰にもバレずに購入可能でしてよ」
「ああ、その手があったか……エル」
客も店員も自分自身ならリスクなしでゲットできる。資金もバイト代から捻出で、理にかなった作戦だ。さすが頭脳明晰な生徒会長様。もっと有意義なことに頭を使ってほしい。
「ついでにもうひとつ聞くけど、なんでエロ本ばっかりエル?」
「そ、それは……むぅ」
と、ここで風華は黙りこくってしまう。視線が下方でうろうろ泳いでいる。話しづらい話題だったらしい。
ついでの質問で踏み込み過ぎたか。覗きを
だが、杞憂だった。
「まぁ、いいですわ。どうせですから、話してあげますことよ」
風華はひとつ息を吐く。
意を決したらしく、秘密を打ち明け始めてくれた。
「きっかけは、ひとり暮らしをさせられたからですわ」
「させられた……?」
歯に挟まったニラくらいに引っ掛かる言い方に、オレはオウム返しをしてしまう。
「私の家の方針ですわ」
「それまた随分と特殊な家庭エルね」
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