第四話:乱入!? 三人目の魔闘乙女!

オトナモード


 休日の午前中といえば、一日中ゴロゴロしているか、休めず出勤させられているかのどちらかだった。

 有意義な過ごし方とは程遠い。

 だが、今は違う。

 妖精の王女エルルになってしまったオレは、女子高校生の庇護ひごの元、ぬくぬく楽しくお世話してもらっているのだ。

 もちろん、できるなら身の回りのことは自分でやりたい。いくら妖精の姿とはいえ、元一般男性が甘えっぱなしなのは気が引けるし恥ずかしい。とはいえ、お世話してもらわないと困る面は数知れず。妖精の体は結構不便で、華奢きゃしゃな見た目通り非力なひょろひょろモヤシっ子。小物を運ぶだけでも重労働で即刻バタンキュー。

 加えて問題なのが、王女らしい振る舞いがさっぱりなことだ。見た目は妖精でも中身は冴えない性別オス。ロイヤルでエレガントな雰囲気以前に、女性に求められる知識がナッシング。実例を挙げるならファッションや化粧の類いだろう。所作や言葉遣いなど二の次、身だしなみ関連が壊滅的である。用意された衣服が白いワンピース一種類なのは救いか。意外と質素ね。

 もっとも、本来のエルルはお世話されっぱなしだったらしいので、女子力ゼロのオレが悩む必要はないかもしれない。それにほむらも妖精のお世話を楽しんでいる。愛玩動物を愛でる感覚だろうか。時々わいせつ行為に及びそうになること以外、特に問題なさそうだ。


 と、グダグダ御託ごたくを並べておいて申し訳ないのだが、今日の予定に「女子高校生とのイチャラブお世話ごっこ」は入っていない。

 現在、オレは朱向市あかむきし内の街並みを、人目に付かぬよう飛んでいる。目的地は天馬風華の自宅だ。場所はほむらと情報交換していた時に聞いている。近所ではないが遠方でもない。程々に離れた場所に建つマンションの一室でひとり暮らしとのこと。

 なんの用で訪問するかというと、はっきり言えば風華についての調査だ。

 同じ魔闘乙女マジバトヒロインとして共に戦う仲間になったが、彼女がどんな人間なのか知らな過ぎる。

 生徒会長に選ばれるほどなのだから、周囲の生徒からの信頼は厚いのだろう。しかし人は見かけによらない。相棒のほむらが良い例で、お馬鹿で母性的な娘かと思えば、その内にはロリショタコンの欲望がドロドロ渦巻いていた。

 安心して背中を預けるためにも、人となりを調べておいて損はないはずだ。

 因みにこの調査はオレの独断で、ほむらは一切関与していないし、なんならまだ起きてすらいない。予定のない休日は昼までグーグー夢の中。起床は午後からのスロースターターだ。オレがいないと慌てると思ったので、一応書き置きは残してある。ペンを使うだけで一苦労だったぞ。本当に不便。


「はぁ、ガチめに死ぬかと思ったぞ」


 道中はカラスに絡まれたり電線に絡まったり、色々大変だったがザックリ割愛。体が小さいと短い距離でも大冒険、とだけ言っておく。初めてのお使いのハラハラ感に近い。

 それでもどうにか、無事マンションに辿り着いた。「ではお宅を拝見しましょう」とリポーターばりに“突撃お宅の朝ご飯”したいところだが、妖精が来訪したらマンション中が大騒ぎだ。それにこのサイズでは自動ドアが反応しない。切なくなる。

 なので、ベランダ側から部屋を覗く作戦に出る。

 風華の部屋は五○五号室。最上階にあたる五階、その一番端に位置している。

 オレは他の住民に姿を見られないよう慎重に風華の部屋を目指す。外壁に貼り付いてひょこひょこ、まるで黒光りする、増殖したり飛翔したりする、某Gの名を持つ害虫みたいだ。新聞紙製の棒で叩かないでほしい。


「ふぅ、ここか」


 住民に見つからず、他の生物に邪魔されず、何事もなく風華の部屋に到着だ。カーテンは閉まっておらず部屋の様子は丸見え。部屋が高い位置にあるので防犯意識が薄いのだろうか。ひとり暮らしだというのに、変な犯罪に巻き込まれないか心配になってくる。

 って、実質覗き野郎なオレが言ってどうする。


「お、勉強中かな」


 風華は机に向かってなにかを読んでいる。生徒会長という真面目属性から察するに、難しい参考書か教養のための名著あたりだろう。と予想して目をこらすと、それは見事に外れた。派手な絵にコマ割りされたページ、どうやら漫画本らしい。


「意外だな。どんな漫画を読んでいるんだ?」


 成績上位の真面目な生徒会長のことだ、勉強に役立つタイプの漫画だろうか。無性に気になるがモノクロの絵なので判別がつかない。せめて表紙の色合いがわかれば、ある程度のジャンルが推察できるのだが。

 と、そこでタイミングよく読み終わったようで、風華がぱたんと本を閉じた。

 これはチャンスだ、と視線を注いで、固まった。


「……――ふぁ!?」


 ぽかーん。お口あんぐり開きっぱなしである。

 意識も体もガッチリ硬直、まるでメドゥーサの瞳と目が合ってしまったかのよう。

 それもそのはず、彼女の手に握られた物を見たら、男ならお堅い人でも特定の部位が硬くなる。つものなくしたオレでもやっぱり固まってしまう。

 ここまで言えばおわかりだろう。

 風華の読んでいた漫画、その表紙にはエロティックな裸体を晒す少女の絵。

 見紛うことなくエロ本である。保健体育の勉強ですかね。

 先に言い訳しておくが、女性がわいせつな書籍を所持しているから驚いているんじゃない。真面目一筋で融通が利かなそうな風華でも、年頃の乙女くらいには興味があって当然だ。それはまぁいい。ただ、雰囲気重視のレディースコミックではなく、ガッツリゾーニング対象の男性向け成人コミックなのだ。お前まだ十七歳だろ、と。

 しかし、ここまではギリギリ許容範囲だ。

 施設生活でもエロ本関係の騒動、通称“煩悩児ぼんのうじの変”シリーズは度々あったし、男女問わずエクストリームなエロ本隠しバトルの選手だった。何度敗北を喫しただろうか。

 オレは良識ある大人だったからな、多少のエロ本には目をつむろう。むしろ目くじら立てる方が異常なのだと――


「ぶふぉっ!?」


 ――思わず吹き出してしまった。

 新たなる衝撃を前に、オレの思考はあさっての方向にぶっ飛んでしまう。

 一度見、マジか。二度見、マジで。三度見、マジだ。

 風華はエロ本を仕舞おうとクローゼットを開けているのだが、その光景がおかしいのだ。そうはならんやろ、と心の中で叫んでしまう。

 それはベージュとピンクの大海洋、あるいは春の訪れを感じる絵の山々。

 クローゼットを所狭しと占領しているのは、エロ本エロ本またエロ本。いやらしい背表紙がぎっしり詰まっている。

 一体何冊あるのだろうか。圧倒的な量に脳の情報処理が追いつかない。

 これだけの数をよく買い集めたな、変態紳士なコレクターでも無理だろう。なんて、妙に感心してしまったところで、


「少し、お話がありますわ」

「あっ」


 窓が静かに開かれて、引きつった笑みを浮かべる風華が目の前にいた。

 オレは抵抗する間もなく、頭を鷲掴わしづかみにされて部屋の中へと無理矢理むりやり引きずり込まれるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る