スキスキセンサー


 本人曰く、風華の実家はとある有名企業らしい。要するにお嬢様、癖の強いしゃべり方通り、本物のお金持ちなのだ。ご令嬢となれば当然生活は裕福であり、将来は社長の座につくのが約束されている。

 そんな誰もがうらやむポジションなのだが、それを良しとしない家訓があるそうだ。

 上に立つ者がおごり高ぶれば組織は腐敗し瞬く間に崩れ去る。下々の苦労を知らぬ指導者はこの世で最も醜い存在。

 という全国のブラック企業に聞かせたい考えから、天馬家の子供は代々、強制的にひとり暮らしをさせられるそうだ。


「私の場合、高校進学を機会に始まりましたわ」


 社長になるための修行の一環。そのため最初に渡される小遣い以外、仕送りの類いは一切なし。日々の生活費はバイトをして稼ぐ必要がある。尚且なおかつ学業と両立を図らねばならない。温室育ちのお嬢様とは思えない厳しさだ。獅子は我が子を千尋せんじんの谷に落とす、を体現している家訓である。


「勉強とバイトで忙しいのに、魔闘乙女マジバトヒロイン活動は大変じゃないエルか?」


 普通の学生に頻発する、お金欲しさにバイトを始めた結果成績が下がる、という本末転倒な悲劇。しかし風華は生徒会長に選ばれる人望と、大役を務め上げる優秀な頭脳を維持している。これだけでも十分ハイスペックだ。ここに魔闘乙女マジバトヒロインまで加えると、多忙を極めるという表現すら生ぬるく感じるぞ。


「これもお父様の跡を継ぐために必要な試練だと思っていますの。それに、魔闘乙女マジバトヒロインの経験も、社長になってから役立つかもしれませんから」

「おぉ~、立派エルな」

「どんなにおだてても、なにも出す気はありませんわよ」

「いや、素直に感心したエル」

「ちょ、え……それは、照れますわね」


 急に褒められてむずがゆいのか、風華はもじもじと体を揺すっている。ほんのりほほも朱色に染まっており、普段のクールビューティさが嘘のようだ。


「で、結局、なんでエロ本がみっちり詰まっているエル?」


 身の上話を聞いて納得しかけていたが、本題についてなにも解決していないのだ。

 脱線した話をレールに戻すため、オレは改めて質問し直した。


「あー……そうですわね。それは、ええ、なんというか……」


 秘密の核心部分に触れられて、風華の視線が激しく泳ぐ。右端から左端へ平泳ぎしてから天を仰いでバタフライ。それをざっと三セット。

 何度も息を吐いて呼吸を整えているあたり、話すのに相当勇気がいるようだ。

 それもそうだろう。オレだってエロ本について問い詰められたらこうなる。確実になる。なんなら逃げ出しちゃう。

 鬼が出るか蛇が出るか。どんな理由が飛び出すのか。

 オレは固唾かたずんで身構えていた、が。


「……その、ストレス発散、ですわ」

「うわ、普通」


 拍子抜けな回答に、内心ずっこけそうになった。


「ほら、私ってずっと家で英才教育を受けさせられていて、大した気晴らしもできませんでしたし、その、周りの生徒達もよく話していまして、興味関心が溜まるのも致し方ないもので、ただの生殖行為なのに千差万別の趣味趣向があって、子作りには無意味な行動もあって興味深いと言いますか、多種多様な楽しみ方それぞれに奥深さを感じまして、それに性的欲求自体は生理現象であってですね、妙齢みょうれいとなれば殿方のあれこれが気になって当然でございまして、いえ、女子同士男子同士というジャンルもあるのですが、それはそれで別の魅力もありまして……」

「あー、はいはい。ひとり暮らしで性欲が爆発したのね。その気持ちはわかるエル」

「言い方! 言い方が語弊ごへいを大量生産しそうですわ! もう少しオブラートに包んで、やんわりふんわり角が立たない表現をしてくださいまし!」

「じゃあ、ムラムラが抑えられなかったエルか」

「むしろ抜き身! き出しの刃物並に傷だらけになりますわ!」


 初めて会った時やこの間の戦いでは、偉そうで堅苦しいばかりの取っつきにくい娘だと思っていたが、こうして腹を割って話し合うと印象が変わる。

 風華は頭が固い、気難しい子じゃない。多少ハイスペックでムッツリスケベなこと以外、ごく普通の女の子だ。

 これならほむらとも仲良くやっていけるだろう。互いの性癖を晒し合うイベントなんてないだろうし、やはり平和が一番だ。

 なんて、安心していた矢先。


「あれ? エルルさんって、ひとり暮らしの気持ちがわかるんですの?」


 背筋に氷塊が落ちて、血の気と体温が一気に引いた。

 やばい、またやってしまった。

 別の星からやってきた妖精で記憶喪失という複雑な設定なのに、また人間時代の経験から余計なことを言ってしまった。

 二度も同じミスをやらかすとは。この体たらくだからろくに仕事もこなせない底辺で、正義の味方になれずくすぶっていたんだろ。

 と、今更自分を責めている場合じゃない。不出来さを悔いたところでなにひとつ進展しない不毛な時間だ。それよりも今、現在進行形で起きている問題を解決しないと。

 どうする?

 なんて言い訳をするか、足りない頭をフル回転させるんだ。


「あー、それは、アレだエル。ほら、その……えーと、うちのほむらがね、ひとり暮らしをしようかなって」

「ええ、それで?」

魔闘乙女マジバトヒロイン活動とか、エルルの存在とか、親にバレると一大事だから、この際引っ越して、リスクは減らそうみたいなかんじエル」

「それは確かに喫緊きっきんの問題ですわね」

「そこでネットサーフィンして、ひとり暮らしの体験談とか、お悩み相談とか、あと独り身の怖い話とか。エルルが代わりに調べたって訳エル」

「そういう事情がありましたのね」

「でも結局、ほむらには無理エル~、って結論に落ち着いたけどエルね。今日なんて休日だから、昼までぐっすり夢の中しているほどエル。ひとり暮らしなんてしたら、遅刻連発で大目玉、成績も内申点も大暴落確定エルよ」

「状景が目に浮かびますわ」

「ねー、困っちゃうエル」


 思いつくまま勢いが続くまま、それっぽい言い訳を並べてみた。もちろん全てでまかせの嘘だ。引っ越しの話なんて一度もしていないし、光る蕎麦そばでお祝いする予定もない。

 少々早口だったので不自然に聞こえたかもしれないが、風華は特に怪しんでいない様子だ。納得してくれたらしく、うんうんと深々頷いてくれている。

 ひとまず危機は脱したようだ。

 やれやれ、失言には気を付けないといけないな。

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