導かれて


「生徒会長!? なにを――」

「あまり大きい声を出さないでほしいですわ。まるで私が悪者みたいじゃありませんの」


 風華はてのひらで静止の意を示すとキョロキョロ辺りを見回す。人通りは少ないがここは街中、少女が叫べば確実に耳目を集めるだろう。妖精がいると知られたら一大事は必至。その展開は風華も望まないらしい。


「ここでは都合が悪いですわね。場所を変えませんこと?」


 風華はオレを握ったままスタスタと歩き出す。


「ま、待ってよ!」

「この子を返してほしければついて来なさいな」

「……くっ」


 状況が飲み込めないまま、ほむらは苦々しい表情で後を追ってくる。

 オレも戸惑いを隠せない。そして息が苦しい。窒息死しそう。




 朱向市あかむきし郊外。高校から遠く離れた場所に、だだっ広い平坦な土地が拡がっている。病院が建設予定の空き地らしく、数台の重機と鉄骨があちらこちらに並んでいるが、作業員らしき姿はなし。本日の業務は終了、今頃どこかで酒盛り中だろうか。

 そんな人っ子ひとりいない場所で、ほむらと風華はじりじりとにらみ合っていた。一触即発、まるで一昔前の不良映画だ。


「ここなら心配なさそうですわね」

「なんのですか」

「秘密のお話をするのに丁度ちょうどいいじゃありませんの」


 妖精という名の主導権イニシアチブを物理的に握る風華は余裕綽々よゆうしゃくしゃく。上から目線が鼻につく。


「エルルを解放して」

「どうしてですの?」

「あたしのパートナーだもん、生徒会長のじゃない」

「そうですわね、

「……?」


 意味深な言葉にほむらは首を傾げてしまう。


「まぁでも、一旦離してさしあげますわ」


 風華がやっと手を開いてくれる。

 これで自由だ。オレはすぐに飛んで指の束縛から逃れた。

 寒い。ずっと握られていたせいで、白いワンピースは風華の手汗でじっとり濡れている。寒風のせいで湿った部分がどんどん冷えていく。早く着替えたい、こたつに入りたい。


「生徒会長は、一体何者なんですか」


 ほむらは単刀直入に、一番の疑問を口にする。


「ゾスの眷属……と言ったら、どうするつもりですの?」

「気は進まないけど、倒します」

「あらあら、怖いですわね」


 ピン、と空気が一層張り詰める。耳鳴りがしそうなほど静寂が鼓膜に染み渡る。

 オレをピンポイントで狙ってきたことといい、ゾスの眷属という用語を知っていることといい、ただ者ではないのは明らかだ。

 一秒たりとも気は抜けない。次の瞬間、どちらかの首が落ちても不思議じゃない状況だ。


「ふふ」


 だが意外にも、先に緊迫を崩したのは風華だった。

 口元に手を当てて、上品にくすくすとおかしそうにしている。


「冗談はここまでにしておいて、そろそろ答え合わせにしますわね」


 風華はおもむろに、自身の鞄をごそごそと漁り始める。

 なにか来る、と反射的に変身アイテムを構えるほむらだが、視界に映った物に驚愕して手が止まった。


「それって、まさか」


 白い本と歪な形状をしたインクボトル。ほむらの変身アイテムと同一の物が、風華の手にも収まっている。違いがあるとすれば、向こうのボトルは青いことくらいだ。


「そう、私もあなたと同じ、魔闘乙女マジバトヒロインですのよ」


 クロノミコンブック、そしてトラペゾンボトル。風華が魔闘乙女マジバトヒロインである証だった。


「そうか、どうりで……」


 何故、彼女がニトクリスミラーの中に手を入れられたのか。

 答えは単純、同じ魔闘乙女マジバトヒロインなのだからできて当然、合点がいった。

 しかし、謎はまだ残る。


「どこでその力を手に入れたエル?」


 魔闘乙女マジバトヒロインの力は、本当のエルルがほむらに直接授けたはず。しかも話によれば、所持していたのはたったひとつだけ。

 それなら彼女はどこで力を入手したのか。それが最大の問題である。


「まぁまぁまぁまぁ、よくぞ聞いてくれましたわ。その質問を待っていましたの」

「そうですか、エル」

「私の魔闘乙女マジバトヒロイン活動にまつわる運命的出会いですもの。聞いて下さるはずと確信していましたわ」

「普通に一番気になるエルからな」

「ええ、ええ。そうですとも、この私の魔闘乙女マジバトヒロインデビュー、そのきっかけ、第一幕、誰もが聞きたがるに違いありませんもの」

「はよ言えや」


 え、なんだこいつ。

 偉そうだし、自分に酔っているし。凄く面倒臭いぞ。


「フフン。それでは刮目かつもくしなさいですわ!」


 ババーン!

 という効果音が付きそうな、大仰なモーションで風華が見せつけてきたのはスマートフォンの画面。どうやら受信メールが表示されているようだ。


「メールだね」

「メールエル」

「はい、メールですわ」


 オレとほむらの頭上に疑問符の嵐が巻き起こる。

 ただのメールがどうした。魔闘乙女マジバトヒロインとの関係性が全然見当たらないぞ。


「目を皿のようにして隅々までキッチリ、よぉくご覧なさい。ついでに音読してくださいまし」


 なんで声に出して読まないといけないんだ、とツッコミを返したい。しかし怒らせるのもよくない、絶対余計なことをする。

 オレは画面上の文章に目を通して読み上げていく。


「えーっと、なになに……。

 このメールは厳正な抽選で選ばれた方にお送りしています。

 ご当選、おめでとうございます!

 この度お客様は、ドリームランド主催魔闘乙女マジバトヒロイン変身キャンペーンで、トップ賞に当選しました!

 あなたはとても幸運です!

 あなたは魔闘乙女マジバトヒロインの変身権利をゲットしました!

 景品の変身アイテムは後日郵送いたします。下記のリンク先にて住所年齢性別など必要事項を記入ください。

 注意。日付が変わるとリンク先に繋がらなくなる、権利が失効する可能性があります。

 ……で、コレが?」

「そう、私は魔闘乙女マジバトヒロインに当選したんですの」

「えぇ……」


 誰がどう見ても詐欺メールです。本当にありがとうございました。

 もし文章に“魔闘乙女マジバトヒロイン”の文字がなかったら、即刻ゴミ箱に入れて削除確定の迷惑メールだ。


「まさか、この指示に従ったエルか?」

「当然ですわ。せっかく当選したのですから、受け取るのが筋ではございませんこと?」

「身に覚えのないメールは大体詐欺エル」


 普通なら見知らぬ相手に個人情報を提供しないだろう。大手サイトに偽装し巧妙に騙すタイプならまだしも、懐かしの日本語怪しい詐欺メールに釣られるとは。

 この子、生徒会長で頭は良いかもしれないが、常識のなさは一級品かもしれない。世間知らず過ぎる。


「でも、こうして変身アイテムは届きましたわ。置き配で」

「左様エルか」


 しかし、詐欺じゃないのは本当だ。彼女のブックとボトルがそれを証明している。

 とすると、このメールはドリームランドが送っているということになる。あちらにもインターネットがあるのか、通信手段はなにか、どうやって宅配したのか。疑問点が温泉みたいにボコボコ湧き出てくるぞ。


「それで、風華は魔闘乙女マジバトヒロインになったエルね」

「ええ。ゾスの眷属とかいう輩から妖精の王女を守ってほしい、という手紙も一緒に送られてきましたので」


 それでオレを捕まえようとしていたのか。

 要するに、ドリームランドは当選者の風華を魔闘乙女マジバトヒロインにして、王女エルルを守るという方針らしい。現場の判断と上層部が噛み合わないのはどこの星も一緒なのか。世知辛い。

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