第三話:エルルの取り合い! マジバトアキュート登場!

あなたの鏡


 妖精になっちゃってから、早いものでもう一週間がたちましたが、皆さんはいかがお過ごしですか。……と伝えたい相手はいないのだが。

 三頭身生活もそろそろ慣れてきて、毎日楽しくお空をぷかぷか浮いている。

 とはいえ、ほむらとずっと一緒にいるのは心臓に悪い。

 相手は現役の女子高校生で、こちらのメンタルは成人の元一般男性だ。しかも女性経験ゼロの童貞こじらせ、卒業の予定は永遠になし。耐性の薄さは折り紙付き、肌が触れ合うだけで破壊力爆発爆発ダイナマイト級だ。

 ただのボディタッチだけならどれほど楽なのだろう。ほむらの関わり方は文字通り可愛いものを愛でるよう。毎日のように食事やお着替えなどのお世話、夜の添い寝は当たり前。頭をなでなで、ほっぺをぷにぷに、隙を見せるとキスキスキス。その度に暴れる心臓は破裂寸前大爆発五秒前だ。

 更に問題なのは、彼女のロリショタコン疑惑だ。母性ではなく性欲で愛でている可能性がある。実際に襲われかけたオレが言うのだ。十分あり得る。ありがたいことに、この間以降夜這いもどきはされていないが、またいつやらかすともわからない。最悪の場合オレ以外の、よその子に悪戯しちゃいそうだし、正義の味方がスキャンダルだけは勘弁してくれ。


 と、以上のように心配事は山の如しだが、それでも朝はやって来るし日常は続く。

 今日も変わらずほむらと登校、こっそりひっそり高校生活だ。誰かに見つかる危険性は承知の上。いつゾスの眷属がひょっこり出てもいいようにスタンバイだ。


「ふぅ」


 放課後、ほむらはひとり夕暮れの通学路を歩いていた。

 息苦しさから解放されたオレは、鞄から顔を出して新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 周囲には生徒の姿はおろか、人影自体ほとんど見当たらない。冬の暮れ方で風も強い。ずっと頭を出していると凍り付いてしまいそうだ。


「ごめんね、いつも閉じ込めっぱなしで」

「いいって、もし見つかったら一大事だエル」

「うんうん、エルルは偉いね~」


 ほむらが指先でよしよしと頭をでてくれる。いやらしさのない純粋に褒める手つきだ。それはそれで恥ずかしいけど。


「そ、そんなことより、さっきの授業のことエルけど――」


 照れ隠しにオレは別の話題を振る。


「――もしかして、因数分解って知らないエルか?」

「だって、数学って難しいんだもん」

「中学生で習うエルけどね」

「あたし、昔からお馬鹿っていうか、勉強が苦手っていうか」

「自覚あるだけマシ……エルね」

「もう、お馬鹿ネタをいじらないでってばー」


 まるで長年の友人のように軽口を言い合う仲だ。まだ出会って一週間だが、オレもエルルとしての役割をこなせるようになった――


「あれ、なんでエルルが中学生の勉強を知っているの?」


 ――と自己評価していたが、ガッツリ凡ミスをしているじゃないか。

 やっべ、と思わず言いそうになる。

 ドリームランドの住人が日本の学生事情を知っているはずがない。記憶喪失という設定なのだから尚更だ。ましてや因数分解なんて堅苦しい話をするとはファンタジーキャラにあるまじき行為。

 なんたる失態、体たらく。気を抜くとすぐコレだ。


「えっと、あの、それは……――そ、そう!ほむらの教科書を見たんだ! べ、勉強の力になれるかな~って思って、ね!?」


 冷や汗ダラダラ手足はバタバタ。オタクの推し語り並に早口になりながらも、どうにかこうにか言い訳を紡ぎ出す。


「えー、ほんとぉ? また語尾忘れているし」

「あっ……こ、細かいことは気にしないエル!」


 これまたしまった、やってしまった。

 意識していないと語尾を忘れてしまうのだ。焦れば余計にそうなる。キャラ付けだもの、演技だもの。仕方ないじゃない。


「うーん、でもいっか。あたしのためにお勉強してくれたんだね」

「え、えへへ……そうね、エル」


 日頃の行いが良いおかげか、幸運にもそれ以上の追求はなかった。むしろ感謝された。これも見た目が妖精で可愛いおかげか。もし元の姿だったら、勝手に女子高校生の私物を覗き見した変質者にしか見えないだろう。確実に。


「龍崎ほむらさん、ちょっといいかしら?」


 そこへいきなり、ひとりの女子が目の前に飛び出してきた。

 見覚えのある制服、それと人をフルネームで呼ぶ癖の強さ。

 三須角みすかど高校の生徒会長、ほむらの先輩にあたる天馬風華てんまふうかだ。

 切り揃えられた前髪と棚引たなびくストレートロングヘアーは紺色。すらりとしたモデル体型がクールビューティさを醸し出している。世の生徒会長イメージそのものの見た目で逆に珍しい。つり目がちで少々近寄りがたい空気を発しているのが玉にキズだろうか。

 などと悠長に構えている場合ではない。

 風華の切れ長の目が鞄へと疑いのサーチライトを向けている。持ち物検査のつもりだろうか。前回の件といい勘が良い上にしつこい人だ。

 オレはすぐさま亀のように首を引っ込めて隠れる。それだけでは心配なのでニトクリスミラーにも入っておこうとして、風華の腕がズボッと侵入してきた。


「うげっ」


 鏡の世界に逃れたはずなのに、構わず腕は追ってきて、ガッチリとボディを握られてしまう。じたばたしても遅い。妖精の体では抵抗しても焼け石に水。オレは敢えなく捕まってしまった。


「ヘ、ヘルプ――むぐっ!?」


 救いを求めて叫ぼうとするも、風華の親指が口内に押し入ったせいで、もがもが不明瞭にしかしゃべれない。


「この子について、少しお話させてもらえませんこと?」


 目を細めて薄ら笑いを浮かべる風華は絵になる美しさだが、それ以上に底の見えなさが怖い。全身がぞわぞわあわ立つ。喉奥のどおくがひりついてくる。

 ピンポイントでオレを狙ってくるなんて。しかも妖精でもほむらでもない、ただの人間がニトクリスミラーの中に干渉してくるなんて、想像だにしなかった。

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