チュチュ・バレリーナ


「行くよエルル!」

「ばっちこいエル!」


 しかし今は戦いに集中だ。

 オレは杖の先端にタッチして、三頭身の妖精から業火揺らめく炎の龍へと大変身。全身からほとばしるパワーが太陽のプロミネンスの如く吹き出している。

 さぁ必殺技タイムだ。オレの活躍をバッチリ見な、バッチリ見ろ。


『-Magentaマゼンタ Final Vividファイナルビビッド-』

「ドレイクドラゴニックフレイム!」


 ドレイクのタクトさばきに合わせ八の字を描いて飛翔、からの巨大火炎弾をお見舞いだ。落とし穴にはまって身動きが取れない怪人へ、情け無用の必殺技が直撃する。

 ――ドカァァンッ!

 巻き起こる爆風と天を突く火柱。その衝撃で周囲の建物やその残骸ざんがい達は畏怖いふの念で震え上がる。

 空から降るのは墨色すみいろの通り雨と触手の端っこ。まるでイカスミパスタのパスタ抜きのようだ。

 ディープワンが粉々になった後、陥没した道路には、素体だった柄の悪い男だけが残されていた。


「また負けてんじゃねーよ、役立たずが!」


 怪人の不甲斐ふがいない結末にガターノは怒り心頭。民家の瓦屋根かわらやねを踏み荒らして発散している。


「ああ、クソ。次こそは絶対殺す、確実に息の根を止めてやるからな!」

「フンだ、何度来てもおんなじだもんね!」

「うるせぇ、バーカバーカ! とっととくたばれ魔闘乙女マジバトヒロイン!」


 ひとしきり幼稚な罵詈雑言ばりぞうごんを吐くと、ガターノはさっさと退散していく。瞬間移動テレポートで一瞬だ。毎度どこに帰っているのだろうか。


「これ以上の戦いは不毛と判断したみたいエルな」

「え、そうなの?」

「多分だけど、エル」


 ゾスの眷属、ガターノ。

 見た目と言動からしてドレイク並かそれ以上に頭が悪そうだが、引き際を見誤らない程度にはキチンと悪人をしているらしい。

 ちゃんとした悪人ってなんだよ。





 日もとっぷり暮れた長夜ちょうや。一日の疲れがどっと押し寄せる、休息のための時間がやって来た。

 オレはニトクリスミラーの中で寝床の準備中。といってもベッドを整えてそのままズボッとインするだけだ。

 夕食を「あーん」してもらったり入浴で「キレイキレイに」してもらったりと、ほむらから色々な介助を受けた。なのであとは「ひとりでおやすみできるかな?」という訳だ。これでも元成人の一般男性なので、当然平気だし心配する必要は皆無に決まっている。子守歌や寝物語をほしがる歳はとうに過ぎたのだ。

 それなのにほむらは「一緒に寝なくて大丈夫?」と過保護増し増し庇護欲特盛りだ。おそらく今までエルルを抱いて寝ていたのだろう。それが突然「ひとりで寝る」と言い出したのでびっくり仰天。唐突な子離れに寂しさを感じ慌てふためく母親の図そのものだ。

 確かにエルルの役割を全うすると心に決めた。しかし女子高校生と添い寝するのはいかがなものか。「どうせ妖精の姿だしちょっとくらい」という欲望はある確かにある、それは認める。だがオレの男として残る理性が全力で止めにかかっている。たとえるならアイドルライブの警備員。欲望の権化を抑え込むために全精神力をフル動員だ。どうどう、落ち着けマイリビドー。


「そんなにエルルと寝たいエルか?」

「だってビビキューなんだもん。寝る時も一緒にいたいじゃん」

「可愛さ過激派かよ、エル」


 たった二日の付き合いだが、彼女が可愛い物好きなのはしつこいほど実感できた。それはファンタジーな妖精に限らず、ごく普通の子供達も含む。実際、今日は困ってる子供を全力で助けていたし、ゾスの眷属に邪魔されたことを根に持っていた。彼女の生活や判断基準は自身が定める可愛いを中心に回っているのだ。世界の中心で可愛いビビキューを叫ぶ。


「ほむらは子供が好きエルか?」

「うん。小さな子はみんなビビキューだし、もう食べちゃいたいくらいだよ」


 一般男性が言ったら満場一致で投獄即処刑みたいな願望を平気で言うし。ほむら自身が可愛いから許されている台詞だよ、それ。


「将来は保育士とか幼稚園の先生とかー、でもでも、子だくさんなお嫁さんもいいなぁ」


 そして古風。由緒正しき女子の夢が並んでいる。でもそんなところが好きだ。まさにオレが求める理想像。高校生らしくないお馬鹿さを除いて、だが。


「あーもう、一緒に寝ようってばーっ!」

「う゛ぇ」


 ぐゎしぃっ。

 鏡台の中に白い手がのたうち入り、オレの体を絡め取る。有無を言わさず引きずり出されて、気付けばほむらとぬくぬく同衾どうきん


「え、え?」


 いきなりの捕縛に思考が追いつかない。

 景色はがらりと移り変わり、四次元空間は女子のあったか布団に上書きだ。


「ん~、エルルの体ってぷにぷにで気持ちいい~♪」

「うひゃあっ!? どこ触ってるエル!?」

「全身かな~」


 わきわき、もみもみ。

 細くしなやかなほむらの指が、パジャマの隙間より侵入する。へびがダクトを伝うように、あるいはねずみが巣穴に隠れるように。仄暗ほのぐらさに身を隠して情事に及ぶ所業に似ている。


「や、ちょ、やめっ、ほむらっ……なにするエル!?」

「エ、エルルが悪いんだよ、ひ、ひとりで寝るなんて言うから……っ!」


 ほむらと寝たところで問題ない。心が成人の一般男性でも一晩の間違いなんて起きないはずだ。他の危険なんて寝返り打ってのしいかにされるくらい。リスクはなきに等しいだろう。

 全部、甘い推測だった。

 体をまさぐる彼女の手つきはいやらしく、痴漢セクハラ変態大全。妖精の身として貞操の危機をひしひし感じる。童貞のまま死んだのに、メスの妖精として汚されそうだ。どうしてこうなった。


「……すぅ」

「あれ?」


 指の侵攻が止まった。複雑に絡み合ってオレをがっちり捕らえたままピクリとも動かない。


「すぅ、すぅ」

「ね、寝てるし……」


 純朴そうな寝息を立てて、ほむらはぐっすり就寝モード。オレを抱き枕として握りしめたまま。せめて解放してから寝てくれ。


「……出られないし」


 身をよじって脱出を試みるも駄目。指の牢獄が今日の寝所になるがやむを得ない。いやらしい動きは恐怖だったが、女子の体温は心地良いので結果オーライ。みだらな意味ではなく、冬場で人肌恋しいからだ。勘違いしないでほしい。

 それにしても、ほむらは一体なんなのだ。

 妖精を襲うねちっこい手捌てさばき、ただの家庭的女子とは思えない。むしろ変質者の近縁だ。

 その答えは、彼女の寝言が全て物語ってくれた。


「……び、びひきゅ~だぁ……」

「ひっ!?」


 丑三うしみどきに耳元でささやかれた。

 ぞわりと悪寒が背筋を駆け回り、オレの眠気はさっと引っ込む。

 突然どうしたと振り返ると、ほむらは熟睡真っ只中。口から漏れるは、夢の中の台詞だろう。微妙にろれつが回っていない。


「夢でも可愛いもの祭りかよ、まったく」


 大方ぬいぐるみに囲まれている夢だろう。

 その予想はすぐ打ち砕かれた。


「みんにゃ、おねぇひゃんちで、あしょぼうにぇ」

「ん?」

「きーほりゅだーのおれいに? えひぇひぇひぇひぇ、うりぇしいにゃぁ」

「んん?」

「じゅっと、いっひょにあしょぼうにぇ~、えひょひょひょひょひょ」

「んんん?」

「わぁ~、はでゃかんぼぱぁてぃーだぁ、えひゃっ、えひゅっ、えへへへへへへ」

「んんんん?」


 彼女がどんな夢を見ているのか、なんとなくわかった。わかりたくなかった。


「これ、別の意味で地雷だろ……」


 身動き取れないけど、思いっきり頭を抱えたくなった。

 ほむらは可愛いものと子供が大好きで母性溢れた家庭的な娘なんかじゃない。

 ただのロリショタコンプレックスこじらせたド変態だ。同じ小さいものカテゴライズで妖精相手にも悪戯しそうな、性欲暴発する可能性大の時限爆弾。

 今はまだ夢見る程度で、オレ相手でもスキンシップの範囲内。だが、いつストッパーが外れてもおかしくない。

 ほむらがなにかしでかさないよう、オレがなんとかしなくては。魔闘乙女マジバトヒロインが不祥事なんて、子供にわいせつ行為なんて、絶対に回避しなくては。

 オレは決意を新たに、そこで寝落ちした。

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