スタージェット!


 現場に到着すると、車を彷彿ほうふつとさせるディープワンが、自慢の車輪で建物を破壊していた。

 ブォン、ブォン。けたたましい排気音からしてマフラーを改造したのだろう。周囲の迷惑を顧みない類いの人間が乗っていそうな車だ。いや、怪人だけど。


「ガターノね!」

「今日は早かったじゃねぇか」


 トゲトゲ付きボディラインくっきりスーツに身を包んだモヒカン男、ゾスの眷属がひとりガターノは、偉そうに民家の屋根でくつろいでいる。なんとかと煙は高いところが好きと言うが、彼もそうなのだろうか。もっとも、煙ならあちこちから立ち上っているのだが。


「せっかく可愛い子供達とおしゃべりしてたのに邪魔して……絶対に許さないんだから!」


 クロノミコンブックとトラペゾンボトルを構えると素早くセット。ほむらはすぐさま変身体勢に入る。


『-Magentaマゼンタ-』


 ブックからの機械音声に続きインクが注がれる音、そして流れ出すポップな変身待機用BGM。


『-Dragonドラゴン-』

「ビビッドチェンジ!」


 龍の紋章をタップ、足元から光が溢れ出し、ほむらの体を優しく包み込む。

 髪が一瞬脱色するとマゼンタカラーで鮮やかに。ポニーテールは太さを増して、光の中で荒ぶりうねる。

 ドレスにはうろこきらめき、ハートのスパンコールが整然と並ぶ。

 そして最後に、龍の戦士に相応ふさわしい、凜々しい瞳が開眼する。


『-Dreamドリーム Coloringカラーリング-』

『-Magenta Dragonマゼンタドラゴン-』


 アイドルソング風の変身音をバックに、マジバトドレイクが降臨した。


「舞い踊る烈火のカラー! マジバトドレイク!」


 やっぱり長いぞ、変身シークエンス。実際は数秒なのだが、体感二分弱のモーションだ。ガターノもディープワンも律儀に待っており、逆に申し訳なくなる。

 それとも長く感じているのはオレだけなのか。ひとりだけ別の時間軸を生きているのか。疑問がめちゃんこ尽きないぞ。


「ひねり潰してやれ!」

「ディーッ!」


 どすん、と地面を蹴って触手の怪人が飛びかかってくる。握られた拳には、メリケンサックよろしく巨大な車輪が装着済み。殴打と合わせてあわよくば轢殺れきさつするつもりだ。


「はぁっ!」


 ドレイクはそれに対し真っ向から拳をぶつけて迎え撃つ。

 触手と乙女の拳同士が拮抗し、ギチギチと緊迫した音色を奏でた後、張り詰めた空気が弾け飛ぶ。


「ディッ!?」


 押し返された怪人は横転し、アスファルト上をスリップしていく。そこで拳の車輪で地面にパンチ、転がる体にブレーキをかけていた。

 この勝負、単純な力だけならドレイクの勝ちだ。

 魔闘乙女マジバトヒロイン膂力りょりょくは体格差をものともせず怪人を優に凌駕する。その良い例だろう。


「やっぱり口だけハッタリ野郎じゃねーか……。だったら、てめーお得意の姿でき殺してやれ!」


 ボソッと文句をひとつ垂れると、ガターノは次の指示出す。するとディープワンは全身の触手を激しくしならせた。にゅるにゅるぐねぐね、ミミズの大群がもみくちゃになっているようで、生理的に受け付けない。

 などと、暢気のんきに敵の作戦を見ている場合じゃなかった。

 ディープワンは激しく体をねじ曲げて、触手にまみれた車に変形したのだ。その大きさは大型ダンプカー並、質量保存の法則はどこに行った。しかもデザインが最悪で、ステッカーべったべたの車高が低過ぎな乗用車。素行が大変よろしくない人が乗りそうな、不必要なチューンがされた形状になっていた。素体になった者がどんな人だったかよくわかる。


「ディィィィィィィイイイイイイイッ!」


 キュキュキュとスキール音を響かせて、クソデカ車高短シャコタンが急発進。


「きゃあっ!?」


 避ける暇を与えずにドレイクをね飛ばしていく。少女の小柄な体が宙を舞う。

 完全に事故だ、人身事故だ。粗暴な怪人運転手が危険運転強化月間にいそしんでいる。最悪だ。こんな奴とはひとっ走りも付き合いたくない。


「もう、痛いじゃないっ!」


 ドレイクは空中でひらりと一回転、着地してすぐ体制を立て直す。魔闘乙女マジバトヒロインなのでかすり傷で済んでおり、戦闘に支障はなさそうだ。


「どんどん轢き殺してやれ!」


 ガターノの命令に応えた怪人は、Uターンして再びドレイクへ迫る。文字通り自慢のタイヤで何度も命をすり潰す気だ。


「くっ、アルギュレイスタクト!」


 暴走しながら行ったり来たり、繰り返し突進してくる車を紙一重で回避し、ドレイクは銀色の杖を呼び出す。


『-Magentaマゼンタ Chargeチャージ-』


 半開きのボトルからインクが流れ出し、溝を伝って鍵状の先端へ。マゼンタカラーの光が集約していく。

 必殺技を放つつもりなのだろう。しかし相手はまだ弱っていない。それどころか爆走中で狙いが定まらない。下手に撃っても無駄に力を消費するだけだ。


「ドレイクバーニング!」


 それでも構わずドレイクは火炎弾を発射。だがその先は暴走車高短シャコタン怪人、ではなくアスファルト。道路に向けて撃ったのだ。

 ――ドカンッ!

 爆煙が舞い上がり黒い欠片が飛び散ると、道にはぽっかりクレーターという名の即席落とし穴ができあがり。

 ドレイクにしては冴えた戦いぶりだ、と言ったら失礼だろうか。


「ディッ!?」


 哀れな悪趣味車は吸い込まれるように穴へ転落し、金属がへしゃげる悲鳴がした。あとはキュルキュル空転するタイヤの音が虚しく響くだけ。這い上がってくる気配はなし。派手に脱輪してにっちもさっちもいかないようだ。


「楽しい時間を邪魔した罪は重いんだからね!」


 うわぁ、完全に私怨だ。

 それにしても、何故あの子供達とのやり取りに固執しているのだろうか。恩がある様子はないし、むしろ無償で助けているし。

 これも心優しいが故なのか。どうにも謎が残る。

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