ジコチューやろう
ほむらが側溝の蓋と格闘していた頃と同時刻。
人間の悪意を元に生み出される怪人、ディープワン。ガターノをはじめとしたゾスの眷属は、悪意の塊たる触手の怪物を使役し、
その目的は
罪なき住民を無差別に襲えば、正義の味方は必ず現れる。被害を最小限に減らそうとして、本命の妖精もついてくる。
「今度こそ、もっと強そうなディープワンを作らねぇとな」
ガターノは焦っていた。
以前見つけた最高級の素体で作り出したディープワン。正義の味方になりたい願望を
彼のディープワンとしての働きは見事だった。ガターノですら追いつけないスピードで破壊活動を続け、応戦するマジバトドレイクすらも
それなのに、いつの間にか倒されていた。どう逆転したのか不明だが、最強のディープワンは跡形もなく消し飛んでいた。
それだけならまだいい。
自分達の標的である、か弱い妖精エルルすら特濃のエネルギーを秘めていた。最高傑作のディープワンと戦い、その中で成長したのだろうか。奇跡の力でパワーアップは正義の味方によくあることだが、まさか妖精にまで起きるとは。ゾスの眷属としては不愉快だ。
だが前向きに考えると、彼らが崇拝する邪神復活には申し分ないエネルギーだ。生け贄の栄養価が高まったとでも思えばいい。どうせ妖精は
と、
昨日の戦闘でエルルは燃え盛る龍へと変化。更に必殺技も強化されて、野球型のディープワンは一撃で
腹立たしいことに、エルル奪取の難易度が急激に跳ね上がってしまった。今後は適当な素体選びは控えて、可能な限り強力なディープワンを差し向けたいところである。
「へっ、いいかんじのヤツがいるじゃねーか」
目にとまったのは混雑中の主要道路、車列の最後尾に位置するステッカーまみれのマシン、その運転手の男。
年度末にありがちな道路工事のせいで絶賛渋滞中。安全第一は当たり前。作業員は無事故を目指して慎重に誘導、従う車は遅々として進まず。それは誰の目にも明らかだ。
しかし男は急いでいた。愛しのハニーとラブラブデート、その待ち合わせに遅れてしまう。「ハニーの機嫌を損ねたら、どうしてくれンだこの野郎」とクランクションをひとつ鳴らす。無意味に鳴らす。それで渋滞が解消したら誰も苦労はしないだろう。
自分勝手な考えはひとつたりとも通るはずなく、イライラは果てしなく募る一方。
ふと、よからぬことが思い浮かぶ。「アクション映画もびっくりな、超絶テクニックで走り抜けようか」「道路交通法なんざクソ食らえ」「オレ達の恋路を邪魔する者は車に
ガターノが素体として目を付けたのは、DQNと呼ばれる迷惑極まりないタイプの男だった。
「決まりだな」
密集した車の間をするりと抜けて、ガターノは男の愛車の脇に立つと、コツコツ、窓ガラスを軽くノックする。
するとウィンドウが自動で下がり、中から不機嫌そうな男が
「あのさぁ、オレね、今すっごくご機嫌斜めの
「そいつぁ承知の上だぜ」
イキリ散らした男の威圧はどこ吹く風、ガターノはニヤリと口角を上げる。
その舐めた態度に気分を害し、男の短気な神経は即座にプツリ、溜まった熱量が怒声に変わって放たれた。
「どっか行けっつってんだよ、ぶち殺すぞ頭世紀末パンク野郎!」
「やれるもんならやってみやがれ、チンピラビラビラ人間風情がよォォォオオッ!」
しかしガターノの、車内をビリビリ震わす
こいつには敵わない、相手をしちゃいけない、関わることすら命取り。
人間誰しもが持つ生存本能が、全細胞で警告を発している。
「はっ、威勢がいいだけの、口だけハッタリ野郎かよ」
だが時既に遅し。
ガターノがぬるりと車内に入り込んでくる。
「な、てめぇ勝手に――むぐっ!?」
抵抗する間もなく顔面を押さえつけられてしまい、全身からどっと力が抜けてしまう。屈強な手が有する握力は、男の頭を難なく握り潰すだろう。
少し先の自分の未来を予期して失禁。意志に反して漏れ出てしまう。
もはや男は、まな板の
ガターノは大人しくなった獲物を前に、セピア色のインクが入った一本のボトルを取り出す。
へドロンボトル。
ディープワンを生み出すアイテムの蓋を半開きにすると、中身のインクを獲物の頭に垂らしていく。
インクはまるで生き物のように
「
ガターノが高らかに叫ぶと同時に、触手に包まれた男の体が衝撃波を放つ。趣味の悪い車は粉々になり、そこには新たなるディープワンが誕生していた。
「ディィィィ……」
触手まみれの人型をベースに、ヘッドライトやタイヤが見え隠れする姿。素体になった者の悪意を反映した、醜悪な怪人が低く重く産声の
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