ジコチューやろう


 ほむらが側溝の蓋と格闘していた頃と同時刻。

 朱向市あかむきし中心部に現れたガターノは、作戦のための素体探しをしていた。

 人間の悪意を元に生み出される怪人、ディープワン。ガターノをはじめとしたゾスの眷属は、悪意の塊たる触手の怪物を使役し、無辜むこの民を狙い蛮行ばんこうに及ぶ。

 その目的は魔闘乙女マジバトヒロイン、そしてドリームランドの王女エルルをあぶり出すためだ。

 罪なき住民を無差別に襲えば、正義の味方は必ず現れる。被害を最小限に減らそうとして、本命の妖精もついてくる。魔闘乙女マジバトヒロインに変身する人間がどこにいようと関係ない。騒ぎを起こせば勝手に来てくれるのだから、それが一番手っ取り早い。


「今度こそ、もっと強そうなディープワンを作らねぇとな」


 ガターノは焦っていた。

 以前見つけた最高級の素体で作り出したディープワン。正義の味方になりたい願望をくすぶらせたまま、辛気臭い人生を生きていた男。何故か体の奥底に膨大なエネルギーを秘めていた人間。

 彼のディープワンとしての働きは見事だった。ガターノですら追いつけないスピードで破壊活動を続け、応戦するマジバトドレイクすらも一方的展開ワンサイドゲームで打ちのめす圧倒的戦闘力。間違いなく過去最高の戦績だった。

 それなのに、いつの間にか倒されていた。どう逆転したのか不明だが、最強のディープワンは跡形もなく消し飛んでいた。

 それだけならまだいい。

 自分達の標的である、か弱い妖精エルルすら特濃のエネルギーを秘めていた。最高傑作のディープワンと戦い、その中で成長したのだろうか。奇跡の力でパワーアップは正義の味方によくあることだが、まさか妖精にまで起きるとは。ゾスの眷属としては不愉快だ。

 だが前向きに考えると、彼らが崇拝する邪神復活には申し分ないエネルギーだ。生け贄の栄養価が高まったとでも思えばいい。どうせ妖精は脆弱ぜいじゃくな虫けらなのだからどうということはない。

 と、たかをくくっていたのが間違いだった。

 昨日の戦闘でエルルは燃え盛る龍へと変化。更に必殺技も強化されて、野球型のディープワンは一撃で端微塵ぱみじん。屈辱だ。

 腹立たしいことに、エルル奪取の難易度が急激に跳ね上がってしまった。今後は適当な素体選びは控えて、可能な限り強力なディープワンを差し向けたいところである。


「へっ、いいかんじのヤツがいるじゃねーか」


 目にとまったのは混雑中の主要道路、車列の最後尾に位置するステッカーまみれのマシン、その運転手の男。

 年度末にありがちな道路工事のせいで絶賛渋滞中。安全第一は当たり前。作業員は無事故を目指して慎重に誘導、従う車は遅々として進まず。それは誰の目にも明らかだ。

 しかし男は急いでいた。愛しのハニーとラブラブデート、その待ち合わせに遅れてしまう。「ハニーの機嫌を損ねたら、どうしてくれンだこの野郎」とクランクションをひとつ鳴らす。無意味に鳴らす。それで渋滞が解消したら誰も苦労はしないだろう。

 自分勝手な考えはひとつたりとも通るはずなく、イライラは果てしなく募る一方。

 ふと、よからぬことが思い浮かぶ。「アクション映画もびっくりな、超絶テクニックで走り抜けようか」「道路交通法なんざクソ食らえ」「オレ達の恋路を邪魔する者は車にかれて死んでしまえ」。

 ガターノが素体として目を付けたのは、DQNと呼ばれる迷惑極まりないタイプの男だった。


「決まりだな」


 密集した車の間をするりと抜けて、ガターノは男の愛車の脇に立つと、コツコツ、窓ガラスを軽くノックする。

 するとウィンドウが自動で下がり、中から不機嫌そうな男がにらみ付けてきた。


「あのさぁ、オレね、今すっごくご機嫌斜めの急勾配きゅうこうばいなの。ボコられたくなかったらどっか行けや」

「そいつぁ承知の上だぜ」


 イキリ散らした男の威圧はどこ吹く風、ガターノはニヤリと口角を上げる。

 その舐めた態度に気分を害し、男の短気な神経は即座にプツリ、溜まった熱量が怒声に変わって放たれた。


「どっか行けっつってんだよ、ぶち殺すぞ頭世紀末パンク野郎!」

「やれるもんならやってみやがれ、チンピラビラビラ人間風情がよォォォオオッ!」


 しかしガターノの、車内をビリビリ震わす咆哮ほうこうを前にして、男は思わず息を呑む。脂汗がどばっと吹き出る。

 こいつには敵わない、相手をしちゃいけない、関わることすら命取り。

 人間誰しもが持つ生存本能が、全細胞で警告を発している。


「はっ、威勢がいいだけの、口だけハッタリ野郎かよ」


 だが時既に遅し。

 ガターノがぬるりと車内に入り込んでくる。


「な、てめぇ勝手に――むぐっ!?」


 抵抗する間もなく顔面を押さえつけられてしまい、全身からどっと力が抜けてしまう。屈強な手が有する握力は、男の頭を難なく握り潰すだろう。

 少し先の自分の未来を予期して失禁。意志に反して漏れ出てしまう。

 もはや男は、まな板のこいだった。

 ガターノは大人しくなった獲物を前に、セピア色のインクが入った一本のボトルを取り出す。

 へドロンボトル。

 ディープワンを生み出すアイテムの蓋を半開きにすると、中身のインクを獲物の頭に垂らしていく。

 インクはまるで生き物のようにうごめき、男の体を這いずり回り飲み込んでいく。次第にインクの流れが一本一本の触手に変わり、ぬめりを纏って異形の塊を形成する。


顕現けんげんしな、深き者ディープワン!」


 ガターノが高らかに叫ぶと同時に、触手に包まれた男の体が衝撃波を放つ。趣味の悪い車は粉々になり、そこには新たなるディープワンが誕生していた。


「ディィィィ……」


 触手まみれの人型をベースに、ヘッドライトやタイヤが見え隠れする姿。素体になった者の悪意を反映した、醜悪な怪人が低く重く産声のうなりを響かせた。

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