70.襲撃


 これからしばらくシャーロットが滞在することになる部屋は王宮のちょうど真ん中辺りに位置している。アルトはその隣にある待機部屋に入った。そこには既に第七近衛隊の面々が椅子に座って待っていた。


「おう、なんか問題でもあったか?」


「先日ウェルズリー公爵との決闘で敗北したので、心配してくださったようです」


「あー、その話な! 俺も聞いた時はびっくりしたぜ。まさかアルトがウェルズリー公爵の息子だったとはな」


「え? そっちですか? アルトが負けたことに驚いたのではなくて、ですか?」


 思わずリリィが疑問を口にすると、フランキーは腕を組んで唸った。


「そりゃぁそうだろ。だってこの前、ワイローと一緒に歩いてたウェルズリー公爵が、アルトのことを赤の他人だって言ってたじゃねぇか」


「初任務の前……確かに言ってましたね……」


「だよなぁ」


「あれは、アルトのことを公爵が一方的に勘当して、それであんな風に言ってたんです!」


「らしいな。その辺の事情も聞いたよ。最初は驚いたが、まあ言われてみれば、確かに納得って感じもしたな」


「納得ですか? そんなに二人の顔って似てましたっけ……」


「いや、見た目の話じゃなくてだな。俺が騎士団に入りたての頃は、有力OBに挨拶しに行くって習慣が残っててな。ウェルズリー公爵といえば騎士時代は武闘派として鳴らした実力者だったもんで、挨拶に行くだけでも緊張するヤツが多かったもんさ。それだけ強い人の息子なら、アルトが強いのにも納得ってことさ」


「確かに学術的にも血筋と魔法適性に相関は認められていますが、アルトが強いのは努力があったからだと思います」


「そりゃそうだ。別にアルトの努力を否定しようって話じゃねぇよ」


 フランキーは肩をすくめて見せた。


「さ、思いがけず話し込んじまったが、今回の配置の話をしようか」


 そう言うと、フランキーは机に王宮の地図を広げた。


「王女様がいるのがこの部屋、その隣にあるここが俺たちが今いる部屋だ」


「……赤いマークは何でしょう……」


「よくぞ聞いてくれた。それが今回の肝だ」


 フランキーは地図に点在している5つの赤い斑点を強調するようにペンで囲んだ。


「実は王女様にこもってもらった部屋には特殊な仕掛けがあってな。この部屋に対する攻撃魔法を感知すると自動で特殊な護衛用結界が発動する仕組みになっている。一度発動した結界を解除するためには、この赤いマークで示された場所にある魔法陣を全て破壊する必要がある」


「そんな特別な結界があったんですか? 騎士団に入って一年経ちますが、そんな話聞いたこともありませんでした」


「他国との戦争やなんかになった時のために用意された王族を保護するための仕掛けだからな。つまりいざって時の切り札みたいなもんで、騎士団でも隊長格しか存在を知らないらしい。ちなみに俺も隊長代理になった今日知ったばっかりだ」


「それって俺たちに話してしまってよかったんですか?」


「もちろん許可はもらってる。まあ、それだけ緊急事態ってことだ」


「そんなにすごい結界なら……王女様は安全ってことですか……?」


「魔法陣が破壊されない限りは安全と言っていいだろう。だから、もし敵襲があった場合でも、俺たちは一つでも魔法陣を守り切れれば良いってことになる」


「では一つの魔法陣を四人で固めるのでしょうか?」


 リリィの問いにフランキーは頭を横に振った。


「万一のことがある。リリィは王女様の部屋の中で護衛をし、ミアはこの待機部屋にて周囲の警戒を――」


 フランキーが話している途中、部屋の四方の面のうち、王女様の部屋と接している壁が膜を張るように黄色く光った。

 それにいち早くアルトが反応する。


「フランキーさん、これって!」


「ああ、間違いない、結界だ! だがおかしいぞ……部屋を守るための結界が発動すると中の様子が見られなくなると聞いていたんだが、これは……」


 一行が目にしているのは黄色く輝く半透明の結界であった。透けているので中を見ることができ、フランキーが言う結界の特徴には合致しない。


 一番扉に近かったミアが廊下を確認する。


「……こっちも同じです」


「正体は分からねえが、結界魔法の類(たぐい)ってことだけは確かだ。ミア、あれを頼む」


「……はい! 〝ディスペル・ショット〟!」


 ミアの指から放たれた光弾が結界に触れる。

 すると、途端に結界は色を失い、靄のように形を失う。

 しかし、面々が安堵のため息を漏らすよりも早く、再び結界が出現した。

 ミアはそれから数度〝ディスペル・ショット〟を打ち込んだが、その度に結界は再生した。

 無効化から再生までには一秒も掛かっておらず、これではシャーロットを中から連れ出すことは不可能だ。


「……ちゃんと〝ディスペル・ショット〟は当たっているのに……こんなこと、これまではありませんでした」


「私も自動で再生する結界なんて聞いたことないわ」


「畜生、こいつは異常事態だ。アルト、外の魔法陣を確認できるか?! 既に敵が破壊工作に動いている可能性が高い」


「上から見てみます!」


 アルトは己に〝フィジカルバフ〟をかけると、部屋の窓を勢いよく開けた。

 へりに足をかけ、王宮の上の方まで跳躍する。

 先程フランキーが示した地図を頭の中で思い出す。

 魔法陣が存在する場所は全部で五つ。そのうち四つは敷地の東西南北に点在していて、残りの一つはアルトたちが今いる中央の建物の地下にある。

 まずは外にある四つを目視で確認していく。


「北は問題なし。東も問題なし。南も特に異常はなさそうだ。西は……ん? あれは……」


 西の魔法陣があるはずの場所に近づいていく人影が二つあったのだ。

 一度王宮の頂上に着地して、目を凝らす。


「間違いない」


 アルトは状況を理解するとすぐに部屋に戻った。


「どうだった」


「東、南、北の魔法陣に異常はありませんでしたが、西の魔法陣に人が二人近づいているのが見えました」


「やはり敵が迫っていたか」


「二人うちの一人はウェルズリー公爵でした。しかし、もう一人は見たことがなくて……。頭から全身を覆うようなローブを纏っていて、手には身長ぐらいの大きさの杖を持っている人物でしたが……」


「身長ぐらいの杖? 俺もそんな奴に心当たりはないが……しかし、もう一人はウェルズリー公爵で間違いないのか?」


「はい、父親の姿を見間違えることはないと思います。ワイロー大臣と一緒にいたことや王子様が提案された決闘での様子などを考えると、シャーロット様の暗殺に来たのかもしれません」


「今の状況を考えればその可能性は高いか……。しかし、敵勢力はたった二人だけか?」


「見渡した限りでは、他に怪しい動きをする人影は見当たりませんでしたので、おそらくは」


「それだけヤツらには自信があるってわけか」


 フランキーは椅子から立ち上がるとミアに合図をする。

 〝ディスペル・ショット〟によって黄色の結界が消滅した隙に、フランキーの小さな〝ファイヤー・ボール〟がシャーロットのいる部屋に放たれた。

 すると、黄色の結界が再生するのと同じタイミングで、その奥に新たな結界が生成される。

 二つ目の結界はまるで金属のような光沢を持った銀色をしていた。


「これが特別な結界ですか?」


「ああ、そうだ。これでひとまず全部の魔法陣が破壊されない限りは大丈夫なはずだ。念のため近くの兵士にこの部屋を固めさせて、俺たちは西の魔法陣に向かうぞ!」


 西の魔法陣があるのは、倉庫などが点在している場所であり、本来なら倉庫を囲むように一帯に膝丈ほどの草花が生い茂っている。

 しかし、今は様子が異なり、辺りの植物が皆生気を失ったように萎れていた。

 元々は草に覆われて隠されていたはずの魔法陣も露出してしまっている。

 ウェズリー公爵はしゃがみ込んで地面に描かれた魔法陣に触れ、何ごとかをブツブツと詠唱している。

 一行の接近にいち早く気づいたのはカミーラであった。


「来てる。四人」


 ウェルズリー公爵が詠唱を終えると、魔法陣は微かに発光し、その直後には光ごと紋様が消え去っていた。


「結界によって王女を逃せないとなれば、全員で我々を叩きにくる。完全に想定していたとおりの動きだな。……カミーラ、今の結界の状況はどうだ」


「何度か破られたけど、その度に再生してるから問題ない」


「なら良い。予定どおり、全てが終わるまであの結界は維持しておいてくれ。何かの拍子に標的を逃されたのではたまらんからな」


 ウェルズリー公爵は立ち上がり、王宮のある方角を確認する。


 それとちょうど時を同じくして現場に到着した第七近衛隊。その先頭にいたのは険しい表情をしたフランキーだ。


「ウェルズリー公爵! そこにあったはずの魔法陣をどうした!」


「見てのとおり、消し去ったのさ」


「――。騎士団隊長を経験したアンタならその魔法陣を消すことがどういう意味を持つか分かっているはずだ!」


「当然分かっているとも。王族の部屋に施された特別結界を解くために必要なことだ」


「アンタは本当に王女を殺そうとしているんだな?」


「この期に及んでわざわざ確認することかね。しかし、なんだ、第七近衛隊にしては人数が一人足りないように見えるな」


 ウェルズリー公爵はいやらしい笑みを見せた。


「あの鬼才アーサーがいないのでは、いかに近衛騎士とはいえ戦力不足ではないか?」


「今は俺がアーサー隊長の代理だ。あの人の名誉に誓って、あんたをこの先に通すわけにはいかない」


「ふん、あの若かった半人前のギルフォード伯爵が、今や立派に隊長面とはな。さて、実力も伴っていればいいのだが」

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