71.襲撃2


「ふん、あの若かった半人前のギルフォード伯爵が、今や立派に隊長面とはな。さて、実力も伴っていればいいのだが」


 ウェルズリー公爵が一歩前に出る。


 その瞬間、フランキーの後ろに控えていたアルトはすぐに口を開く。


「<ファイヤー・ランス>起動!」


 途端、異様な熱気を持った炎の槍が姿を現す。

 その数は三十二。

 予め限界まで掛けていた〝マジックバフ〟が、一本一本の威力を増幅させている。

 初っ端からウェルズリー公爵が防御できないであろう超火力を持ったスキル。

 アルトの出せる全力だった。


 スキル発動を皮切りに、フランキーとリリィは即座に抜剣した。

 〝ファイヤー・ランス〟の発出と同時に駆け出せる姿勢をとっている。

 ミアは公爵が放つであろう対抗魔法を無効化できるように相手の動きに集中し、〝ディスペル・ショット〟発動の準備をしていた。

 これらは全て、王宮から現場に来るまでに打ち合わせていたとおりの動き。

 高威力のスキル、剣技に長けた二人による追撃、攻撃も防御も許さない無効化スキル。

 いかに相手がウェルズリー公爵であろうと、負けようのない盤石の布陣であった。

 だが、一行はカミーラの存在を考慮に入れていなかった。

 今まで静かに成り行きを見守っていた彼女が、手に持っていた杖で軽く地面を叩いた。杖の先についていた金属製のリングどうしがぶつかり合って尖った音色が響く。


「************」


 不意に響いた声。

 金属音に合わせて調律されたような美しく澄んだ調べであると同時に、スキル発動のために最適化された独自の言語はどこか無機質な響きを含んでいた。

 その場にいた全員が誰一人としてその意味を理解できなかった。


「――――ッ!」


 直後、フランキーの目の前にあった炎の槍が消滅した。

 続いて、ドサリ、という嫌な音が一同の耳を打つ。

 フランキーが振り返ると、そこには、地面に倒れ込んだアルトの姿があった。

 今すぐにでもアルトを戦線から離脱させたいところだったが、敵に隙を見せる訳にはいかない。

 フランキーは即断で指示を出す。


「リリィ! アルトを護ってくれ! ミアは俺の援護だ! 公爵を先に倒すぞ」


 火炎魔法のスキルを発動して剣に纏わせたフランキーは勢いよく地を蹴った。


「カミーラ、今聞いたとおりだ。雑魚二人が俺の担当だ」


「わかった」


 ウェルズリー公爵は、カミーラの邪魔にならないよう位置を少しズラしながらフランキーを見据える。


「ギルフォード伯爵よ、この私に火炎魔法で挑むというのか? 当代最高峰と謳われた私の火炎魔法を知らぬわけではあるまいて」


「ごちゃごちゃうっせぇんだよ! 〝ドラゴン・ブレス〟!!」


「怒りか、焦りか、それとも恐れか。激情は魔法を鈍らせる」


 彼は懐から短剣を取り出しながら、「〝ファイヤーランス・レイン〟。〝ファイヤーランス・レイン〟。〝ファイヤーランス・レイン〟」と唱える。


 火炎魔法の最上級スキル、〝ファイヤーランス・レイン〟。

 複数の炎の槍を同時に出現させる威力は絶大だが、その制御の難しさは数多あるスキルの中でも別格だ。

 ほんのわずかでも制御を誤れば、〝ファイヤー・ランス〟同士がぶつかり合って爆発を起こすことになる。

 一度(ひとたび)起きた爆発は他の〝ファイヤー・ランス〟の誘爆に繋がり、結果として自身を巻き込む大惨事になりかねない。

 発動できるだけのスキルレベルを持っているにも関わらず、実戦で扱うことができない者は騎士団の中にも見られる。

 そんな途轍もないセンスと集中力を要するスキルを、あろうことか三重に発動したウェルズリー公爵。

 正確無比な制御によってわずかな暴発も生じさせないまま、炎の槍は次々と放たれる。

 〝ドラゴン・ブレス〟が飲み込むことができた槍は最初の数本。勢いを失った〝ドラゴン・ブレス〟は、〝ファイヤーランス・レイン〟によって虫食いだらけとなって消滅していく。


 そんな状況の最中(さなか)、フランキーは軽快なステップを止めなかった。

 洗練された華麗な身のこなしで槍を避けていく。

 また、実戦経験を積んだミアは〝ディスペル・ショット〟を使いこなしており、フランキーの行先を予測して細い道を作っていく。

 着実に避け続け、フランキーの目の前にある〝ファイヤー・ランス〟はかなり数を減らしていた。

 炎と炎の間隙を縫うようにして進んだ先、彼の目にはついに公爵への道筋が見えた。


「そこだ――――ッ!」


 フランキーがさらに一歩踏み込んだその瞬間。

 遠距離から援護していたミアが見たのは、直線的な動きをする他の槍とは異なる、まるで意志を持ったような動きをする炎。


「……ダメですッ!!」


 悲鳴のようなミアの声が響いた。

 だが、間に合わなかった。

 フランキーの周囲にあった〝ファイヤー・ランス〟の一つが爆発を起こす。

 爆発が爆発を呼び、轟音が辺りに響き渡る。

 周囲三百六十度を爆発に囲まれたフランキーは吹き飛ぶことも許されず、ただ一身にその威力を受け、結界は粉々に砕け散った。

 熱に焼かれることこそなかったが、全身に打ち付けた爆風の衝撃がフランキーをその場に跪かせた。


「なぜだ……〝ファイヤー・ランス〟は直線軌道。それはレインとなっても変わらないはず……」


「短剣から魔力を削ぎこむことで、軌道を操ったのさ。分かれば単純なことだろう?」


「あれほどの〝ファイヤーランス・レイン〟を制御しながら、だと!?」


「当然だ。これくらいのことに驚くとは、騎士団隊長が聞いて呆れる。所詮は代理の半人前だな」


「……ッ」


 フランキーが言い返さないのを好機と見たウェルズリー公爵は、両手を大きく広げると、畳み掛けるように続けた。


「アーサーや私のような一流と貴様のような凡人の間には一生かけて努力したとしても決して埋まることのない、絶対的な差が存在しているのだよ! いくら鈍感で楽観的な貴様であったとしても、十分に理解できたであろう!」


 嘲るような言葉に、フランキーの目の色が曇る。

 騎士を目指す者は国中に多くいるが、それを実現できる者は少ない。

 世間的に見れば、騎士になれただけでも成功者といえる。さらにフランキーは現役の伯爵家当主でもある。

 騎士としても伯爵としても十分な役割を果たし続ける彼を、領民は皆尊敬していた。

 そんな男のことを凡人などと呼べば、一般市民からは疑問の眼差しを向けられるだろう。

 だがフランキーは、ウェルズリー公爵に返す言葉を見つけられないでいた。

 騎士としても、貴族としても、自分では頂点を極められない、そんなこと、誰よりも自分がよく分かっていたのだ。

 騎士団への入団から間もなくアーサーの実力を目の当たりにした時、新人であるアルトに明らかにスキルが劣ると感じた時、そして現役を引退してしばらく経つはずのウェルズリー公爵と相対している今。ことあるごとに自分の無力さを実感していた。

 フランキーは魔法適性に恵まれていたが、魔法制御のセンスに難があった。

 〝ドラゴン・ブレス〟のような大技は得意だったが、逆に高度な制御を必要とするスキルは不得手としていた。

 〝ファイヤーランス・レイン〟に関して言えば、どれだけ鍛錬を積んでも単発で発動するのが精一杯。ウェルズリー公爵のように、自在に制御することはできなかった。

 フランキーは、そんな弱点をカバーするために、剣を使って物理と魔法の両方から攻撃ができる魔法剣スタイルの道を進んだ。

 彼の努力は十分な成果となって表れ、アーサーが一目置くほどの実力を身につけていた。

 だが、それ以上にはなれなかった。

 あくまで、実力派のベテラン止まり。

 自分よりも年下の人間が隊長になったとき、フランキーは自分の騎士としての限界を理解した。


「クソ……!」


 フランキーは絶望で我を失いかけていた。

 もちろん、敵がこのチャンスを見逃すわけもない。

 ウェルズリー公爵は、手していた炎の剣を無造作に振り下ろした。


(ああ……終わっちまうのか……)


 フランキーはそう思ったが、しかしその瞬間は訪れなかった。


「チッ、ナイトレイの娘か。小癪なスキルだ。情報より精度が高まっている」


「フランキーさん……! 大丈夫ですか!」


 ミアはフランキーの元に駆け寄ると、自身の全ての回路を使って〝アイス・ウォール〟を多重に発動する。


「俺じゃあ力不足だったみてぇだ、すまねぇ……」


「わたしこそ……全然力になれてません。でも、まだ負けてません……!」


「あんな化け物級の強さ、どうにもならねぇよ。俺の力じゃ勝ち目がねぇ……」


「……大丈夫です、なんとかなります……!」


 ミアは透き通った瞳でフランキーの目をじっと見た。

 彼女の魔法適性はフランキーよりも遥かに低く、身体能力も決して高くない。

 自分に自信がなく、ビクビクしていて、とても実戦で戦えるタイプではない、それが出会った当初にフランキーが抱いた印象であった。

 そんな彼女がなぜアーサーに認められて第七近衛隊に所属しているのか。

 そして、なぜ今この状況でも心が折れないのか。

 フランキーには不思議でならなかった。


「なにバカなことを言ってんだ。俺やお前じゃ勝てっこない」


「……勝たなくても良いんです」


「――は?」


 今この瞬間にも、〝アイス・ウォール〟を叩き割ろうという衝撃が二人に伝わってくる。

 そんな一刻の猶予もない時に、彼女が冗談を言うようには思えなかった。


「それってどういうことだよ」


「わたしの〝ディスペル・ショット〟……さらにフランキーさんの戦闘技術。これがあれば、勝てなくても、負けることもありません」


「そんなのジリ貧だ」


「……いいえ、絶対に大丈夫です。アルトさんとリリィさんが来てくれれば……なんとかなるはずです」


「アルトは戦闘不能だぞ」


「リリィさんがなんとかしてくれるはずです。……だから、向こうがゆっくり体制を立て直せるように、わたしたちは時間を稼ぐんです」


 臆することなく正面切ってここまで言い切るミアを見て、フランキーは彼女の強さを分かった気がした。

 騎士には貴族出身の者が多く、さらに魔法にも秀でているため、プライドの高い人間が多い。いつか必ず自分が隊長になり、さらに高い地位を得る、そんな野心を抱いている者が多い。


 だが、ミアは違う。

 自分が決して強くないと理解していて、自分の力を客観的に認めることができていて、だからこそ自分の役割を理解している。

 チームを頼ることを恥じず、チームに頼られることを驕らず、チームで勝利を掴もうとしているのだ。

 一人では勝てない相手でも、力を合わせれば勝てると信じている。

 フランキーは自分の弱い部分を、努力や工夫でうまく隠して生きてきた。時には強い言葉を吐いて去勢を張ることもあった。

 これは伯爵家の長子として生き抜くための、彼なりの処世術であった。社交界を勝ち抜きくためには、無条件に他人を信じたり頼ったりすることはあり得ない。なぜならば、それは弱みを握られることに他ならないからだ。

 確かに、貴族社会での生き方としては間違っていないかもしれない。

 しかし、今は違うのだ。

 自分が辿り着けない高みに上り詰めたウェルズリー公爵を前に、気持ちが昂り、いつの間にか目的を見誤っていた。

 ミアの言葉が目を覚まさせてくれた。

 隊長代理としては不恰好で見苦しい戦い方かもしれない。

 それでも、王女を護るという目的のためなら、今は、仲間が戻ってくることを信じて時間を稼ぐ他ないのだ。


「やるしかなさそうだな」


 フランキーは立ち上がった。強い風が彼の外套をはためかせている。

 ミアから見たその背中はさっきまでよりも大きく映っていた。

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