62.大逆のカミーラ



 アルトとウェルズリー公爵が決闘を行った日から遡ること4ヶ月。

 ウェルズリー公爵は国内最北の地にある重要犯罪人収容施設、ホワイトプリズンに足を運んでいた。


 ホワイトプリズンは雪山の所々に深い穴を開けた構造になっており、その穴ひとつひとつの最奥に罪人が繋がれている。

 山の周囲はグルリと金網で囲まれており、その入り口には警備兵が立っていた。


 ウェルズリー公爵は白い息を吐いて施設の警備兵に片手を挙げる。

 すると、本来の入場手続きを経ずにすぐに金網の中に通された。事前の交渉によって、この警備兵には一生生活が困らないだけの金銭が約束されていた。


 山道の入り口に向かって二人は無言で歩いた。

 道中は踏み込めば足首まで埋まってしまうほどに雪が積もっている。つまりここ数日、誰もこの道を通っていないことになる。

 普段は複数の警備兵が交代制で待機しているはずの詰所にも人の影はなかった。全てウェルズリー公爵が事前に手を回しておいたとおりの状況だ。


 一言も発しないまましばらく歩いたところで山道の入り口が見えた。

 ここに来て初めて警備兵が口を開く。


「あの、公爵……この先は……」

 彼は恐怖していた。

 この先に踏み込めば、何が起こっても不思議ではない。

 目を合わすことすら危険視されるような一級の犯罪者が揃ったこの収容所では、過去に何人もの警備兵が行方不明になったり正気を失ったりしている。


 あまりの危険さから食事の配給ですら調教された鳥によって行われる仕組みになっており、普段山に足を踏み入れる者はいない。


 ウェルズリー公爵は警備兵を冷たい眼差しで一瞥すると、見下したように鼻を鳴らした。


「構わん。去れ」


「し、失礼します!!」


 警備兵はそれだけ言って、一目散に来た道を引き返していく。


 ウェルズリー公爵はこの雪山に収監されている罪人の名前と位置が記された地図を見る。目的の人物はかなり山道を登って行った先にある洞穴に繋がれているようであった。


 気づけばチラホラと粉雪が舞い始めていた。地図に落ちた雪が溶けて、ジワリと小さなシミを作る。


 ウェルズリー公爵は空を見上げて舌打ちをした。


「そうそうに話をつけねば、帰りが面倒そうだ」


 そうしてたどり着いた洞窟は、ゴツゴツとした岩が露出しており寒々しい印象であった。

 しかしながら、風を凌げる分だけ外よりは若干ましか、そう思いながらウェルズリー公爵は奥に歩みを進める。


 地面を踏むたびに、コツ、コツという足音が壁に響く。

 少し歩くと、やがて目的の檻が目に入った。

 外から差し込む灯りだけではハッキリと見えないため、ダンジョン探索用に用いられるライトで照らす。


「…………」


 その先には一人の罪人の姿があった。

 毒々しい色の髪は地面に届くほどに伸びっぱなしになっている。

 髪に覆われ顔は半分も見えていない。しかし、華奢ながら丸みを帯びた体つきから女性だということが分かる。


 両手はほとんど遊びのない鎖によって洞窟の左右に繋がれており常時手を広げている状態だ。足はある程度動かせるようだが、錘(おもり)が括り付けられている。


 髪の毛の隙間から見える金属製の分厚い首輪は、魔力の強い罪人に使用される特別製のものである。首輪の中央には魔力を吸収する特殊な鉱石が埋め込まれている。


 ウェルズリー公爵は唾を飲み込んだ。


 目の前にいる女性の名はカミーラ。


 今はなき巨大犯罪組織が切り札として国外から雇い入れた人物である。

 ホワイトプリズンに収監された当時、彼女は二十歳にも満たない年齢であった。


 つまり、組織が彼女を迎えたのは十代半ばのころである。そんな年端も行かぬ少女を組織が迎え入れたのには訳があった。


 魔法回路を利用したスキルの発動というのは世界共通である。

 しかし、言語は世界共通ではない。


 つまり、魔法を発動するための詠唱は国によって異なるし、同じような効果をイメージしていても発現するスキルには差異があった。


 カミーラは幼少の頃から異常なほど高い言語センスを有していた。

 また遊牧民族の出身という環境も相俟って、訪問する先々で言語を習得した結果、十以上の言語をネイティブレベルで話せるようになっていた。


 彼女の恐ろしいところは、卓越したセンスによってそれぞれの言語における詠唱と発現するスキルの関係を考察し、詠唱用の独自言語を作り出していた点だ。魔法用に最適化された彼女の独自言語を利用すれば、適性のない魔法系統やレベルの低い魔法系統であっても、上級相当のスキルを容易に連発できた。


 ただ、カミーラによって開発された独自言語は、どれだけ丁寧に教えても彼女以外は正しく発音することができなかった。


 つまりは、実質彼女専用の魔法となっていたのだ。


 あまりに強力な魔法を手に入れた彼女の噂はじわじわと広がっていった。当然、彼女を利用しようとする者もいれば、彼女を危険視して襲う者もいた。


 この頃カミーラは、自身の知識や技術を後世に伝える術を探し始めていた。生きている間に自分が築いた新たな魔法体系が完成しないことを悟ったためだ。


 そんな彼女の評判を耳にした巨大犯罪組織は巨額を投じて彼女を雇い入れた。


 彼女の望むものを提供する代わりに、彼女が他者に魔法を伝えることができるようになった暁には、組織の者にその方法を優先的に施すように契約を交わした。

 組織としては、習得に大きな代償を伴う暗黒魔法をレベルアップさせずに一時的に利用したい、という思惑があったのだ。


 結果、カミーラは既存の魔法系統には存在しない、幻を見せる魔法――幻影魔法の開発に成功した。


 幻影によって相手を洗脳することでカミーラと同じ精神状態を実現し、正しく独自言語を発声できるようになるというものだ。これで魔法適性の低い組織の下っ端ですら強力なスキルを行使できるようになる。


 当初うまくいくように思えたこの作戦であったが、幻影魔法による洗脳は大きな精神的負荷が伴うものであった。


 結果として長時間洗脳を受けた者は正気を保てなくなり、廃人同然となる者が多発した。

 だが、組織はこの効果を逆手にとった。


 大貴族に最大出力の幻影魔法をぶつけることで、組織に有利になるような政治的働きをさせ、用が済んだ頃には精神が崩壊している、という悪行に及んだ。精神的な病の研究が進んでいなかったことや誰も知らない幻影魔法を用いていたこと等が災いして、これが犯罪組織によるものだと認知されるまでには半年ほどの時間を要した。


 その後、国をあげて事件の解決が図られ、組織は解体された。


 組織幹部は全員が断頭台へ送られたが、カミーラだけは処刑を免れた。


 それは彼女の能力と幻影魔法には政治的利用価値があるとして、宮廷の一部派閥が根回しをした結果であった。

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