63.ウェルズリー公爵、大逆人を解き放つ。


 こうしてカミーラがホワイトプリズンに収監されてから約十年。


 ウェルズリー公爵は落ち着いた声で語りかけた。


「カミーラよ。調子はどうだ?」


 彼女は十年ぶりに聞いた人の声にゆっくりと顔を上げた。


 胡乱な目を向けてくる彼女に対して、ウェルズリー公爵は滔々と語りかける。


「何をしにきた、と問いたげな顔だな。違うか?」


「…………」


「まあいい。こちらも時間が惜しい。単刀直入に聞こう」


 ウェルズリー公爵はカミーラに視線を合わせた。


「お前が望むものを言え」


「…………」


 彼を見返す暗く濁った瞳からはどんな感情も読み取れなかった。


「お前ほどの力があればいくらでも金を稼ぐ方法はあったはずだ。当然、陽の当たる道を歩むことだってできたはずだ。だが、お前はあえて犯罪組織に手を貸した。それはお前の望みを組織が叶えてくれる、そう思ったからだろう?」


「……………………なぜ?」


 ようやく聞くことができたカミーラの声は美しかった。

 見るからに十分な栄養を摂取できていない不健康そうな見た目からは想像できないほどに澄んでいる。

 外見の印象とのギャップに驚いたウェルズリー公爵であったが、それを表に出すことはしなかった。


「望みを聞く理由など、昔から一つだろう。私に協力してもらう対価として望みを叶えよう、そういうことだ」


「………………」


「まさか、この監獄から出られぬまま、ひたすらに無駄な時間を過ごして一生を終えたいなどと思っているわけではないだろう?」


 ウェルズリー公爵はそこで言葉を切った。


 カミーラの雰囲気が変わったのを肌で感じたためだ。


「ワタシが望むのはワタシの魔法の理解者を作ること」


「魔法の理解者を……作る?」


「ワタシは一人で魔法を作って、一人で魔法を使ってきた。一人だったのは、誰もワタシの魔法を理解できなかったから。でもきっとワタシの生涯を費やした程度では魔法は完成しない。完成のためには継承する必要がある。だから、ワタシは理解者を作る」


「作る、とは具体的にはどうするのだ?」


「魔法で新しく人間を作りたかった。だけど、どの国の言語を探しても実現する術の見当がつかなかった。だから、他の人間の精神構造を組み替えて、別の人間に作り変える」


「…………っ」


 ウェルズリー公爵は絶句した。人間を作り出す、人間を別の人間に作り変える。まさに神をも恐れぬ所業。


 そんな大それたことを目指していると豪語する割に、カミーラの口調は淡々としていた。彼女にとって人を作ったり作り変えたりすることは、魔法を継承するという目的のためにたどり着いた手段の一つに過ぎない。


 他人からどう思われようが、そんなことに興味はないのだ。


 そんな危うさもある彼女の力をウェルズリー公爵は欲していた。


「理解者を作る、それを実現するためにお前は何を必要とする」


「人間のすべてを観測すること」


 カミーラはどこか遠くの世界を見ているようであった。


「普通にできることは一(ひと)とおり観測が済んでいた。だから、普通にはできないことを確認したかった。人間がどのような方法でより恐怖するのかを確かめたかった、希望に満ちた人間が絶望に落ちる過程を確かめたかった、人間が正気を失う境界を確かめたかった、殺される人間の心理と殺した人間の心理を確かめたかった、胎児から死人、そしてあらゆる人種、それらの体を切り開いてその構造を確かめたかった。他にもたくさん、あらゆる非人道的な状況を観測する機会を、あの人たちは提供してくれた」


 カミーラが所属していたのは世界的にも名の知れた犯罪組織である。


 その幹部待遇であったことを考えれば、『非人道的な状況を観測する機会』の提供を受けたという言葉が事実であることはウェルズリー公爵にも理解できた。


「では次はどうする? まだお前の言う理解者の作成には至っていないのだろう」


「得た経験をもとに、この十年の間思考実験を繰り返していた。完成には近づいている、と思う。だから検証が必要。検証には何千、何万もの人間が必要。そして、その何千、何万人の内、多くは狂ってしまう。そうすれば、ワタシはきっとすぐに殺されてしまう」


 ウェルズリー公爵が見たカミーラの瞳には、邪悪な色は全く見て取れなかった。


 それどころか、どこまでも純粋であるようにさえ見えた。


 そのあまりの純粋さが狂気を生んでいた。


「これだけの人数は、元いた組織でも与えられなかった」


「言いたいことは理解した。確かに、それだけの命を用意するのは普通ならば不可能だ。だが、私に協力すれば可能になる」


「なぜ?」


「お前が協力すれば、この国の王が変わることになる。そうなれば、私が宮廷で有数の権力者となる。すなわち、罪人やスラム街の役立たず共を有効活用できるというわけだ」


「…………」


「信用できないという顔だな」


 ウェルズリー公爵はこの展開を予想していた。

 ホワイトプリズンに収監される前、彼女を騙して利用しようという輩は大勢いたはずである。突然現れた妙に協力的な男を警戒しないはずがない、そう予測していたのが的中したのだ。


「我々は王宮陥落のために、一部の罪人を解放して騎士団の戦力を分散させる計画を進めている」


「ここにいる人を全員解放するつもり?」


「いや、違う。解放するのは国に混乱を生じさせて騎士団を機能停止に追い込むためであるから、もっと弱く、御し易い者共で十分なのだ。それでも、もし下手を打てば私は全てを失うことになる、そんな危険な作戦だ。だが、裏を返せば私にそれだけの覚悟があるということ。実際に状況を見れば私の話も信用できよう」


 ウェルズリー公爵は檻を破壊し、魔力制御の首輪をつけたまま、カミーラをホワイトプリズンから連れ出した。

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