第10話 J 自動販売機

 わたしの高校のそばに古い自動販売機があるの。古い古い。缶ジュースが細長くて、見たことも聞いたこともないようなジュースが並んでて。値段も、消費税が始まる前から変わっていないってことで、100円据え置き。

 

動いているのかって?それが、不思議なことに動いているんだ。電気が点いている。でも、買えるかどうかは別の問題。だって、もう存在しないジュースの補充なんてできないでしょ?だからほとんど「売り切れ」の赤いランプが点灯している。


 そう、このほとんど、がポイント。一つだけ、売り切れランプがないジュースがある。そのジュースの名前が…。「霊能力水」。…、いや、笑ってよ。ここは笑うところなんだから。 そう、あまりの胡散臭い名前に、みんな一度は突っ込むんだ。でも、こんなにバカバカしい名前だったら逆に買ってみたくなるでしょ?だから罰ゲームだとか理由をつけて、買わせるんだけど。戻ってきちゃうんだよね、コイン。ほら、返却のレバー押したみたいに。何回100円玉入れても、返却口に落ちてくるんだって。コロン、って。


 お金が吸い込まれたままだったら問題だけど、なにしろきちんと返してくれるからみんな「やっぱり壊れてるんだ」って言って笑って帰る、までがこの自動販売機のお約束。


 でもね、わたし、この自動販売機から買えたって人知ってるんだ。その友だち、ちょうど100円玉を持ってなくてね。仕方ないから50円玉1枚、10円玉5枚を入れた。そうしたら、お金が落ちてこない。そして、例の「霊能力水」にランプが点いたって。この時は肝試しも兼ねて、「一人で買ってくる」ルールだったから、周囲には誰もいない。ここで、「買えなかった」と言って帰ることもできたんだけど…。やっぱり好奇心も湧くよね。「買えない」のが当たり前の場所で、今「買える」瞬間に立ち会っているんだから。おそるおそる、ボタンを押した。


 ガコンッ!缶じゃなくてビンのジュースだったからさ、重たい音が響いて。予想外の大きな音に、一瞬ビクッてなっちゃって。帰ろうかな、そんな考えも湧いてきて。仕方ないよね、周りには誰もいなくて一人だし。でも、好奇心には勝てなくて。結局、取り出し口に手を入れていたって。


 手にとってみると、よくある茶色のビン。ラベルが怪しいだけのただのビン。当たり前なんだけど。


 で、友だちとのルールは「買ってくる」だったんだから、持って帰ればそれはそれで終わりだったんだけど...。なぜか、すごく飲みたくなったって。気がついたらフタに手をかけて、ひねって。カチカチカチ、と音を立てながら開けて。そして、一気に飲んじゃったんだって。栄養ドリンクに近いけど薬っぽい風味も混ざって何とも言えない味。まずくはないかな、くらい。ドリンクで漢方薬を飲んじゃった感じかな。あ、それだとメチャメチャまずそうだね。うん、ギリギリまずくはなかったって。



 ...、なんで味まで知っているのか、不思議?そろそろ気付いたでしょ?その「友だち」って、私のことなの。だから、霊能力水が嘘じゃないことも知っている。


 でも、私が今から言うことをあなたが本気にするかはあなた次第。


 あなたの後ろにいる女の人から。黒いショートカットの髪と、大きめのピアス。服は…、赤のワンピースだね。険しい顔をして、元はキレイな人なんだろうけどさ。じゃあ、伝えるよ。


「絶対に許さない。」


 いい、伝えたからね。信じるのも信じないのも、あなたの自由。でも…、そう。右手の事故だけは気を付けてね。

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