第9話 I イタコさんの大発明

大学にイタコさんというあだ名の女友達がいる。自称、霊能力者。いわく、自分には霊が見える。いわく、自分は霊を払える。いわく、自分は式神を持っている。


じゃあ何でお前は工学部にいるんだ?と聞くと、霊を証明してみせるためだという。そのための機械を作るという野望をもって進学したと。まるでゴーストバスターズがそのまま映画館から出てきたようなキャラをしている。まあ、夢があるってのは悪いことじゃない。別に何かを押し売りするわけでもないし、他の友人を脅すでもないし。地獄に落ちるとか、先祖の霊がとかで人を追い詰めることもしない。つまり、無害。そういうちょっと変わったやつなんだということでみんな温かく見守っていた。


イタコさんの話を信じているかどうかは人それぞれ。俺は…。そんなこともあるのかもね、という立ち位置。


さて、そんなイタコさんが大発明をしたと連絡を寄越したのは1週間前のこと。大学の長い夏休みもそろそろ終わるという頃。柄にもなく、興奮した様子で電話をかけてきた。今どき電話、とも思ったが、その興奮ぶりからこれは文章を使っても支離滅裂だなと納得した次第。


そして今。深夜の廃屋にて、「世紀の大発明」のお披露目に立ち会っている。


世紀の大発明。イタコさんが持ってきたのはノートパソコン、自立型マイク、スピーカー、パラボラアンテナ、そして1辺30センチほどの黒い箱。この箱が文字通りブラックボックスなのだという。作るために夏休みは大学に通い詰めだったとか。これで卒業論文を書くらしい。本気さが少し怖い。


自称「霊を払える」イタコさんがいるとはいえ、深夜の廃屋にいて気分爽快な訳はない。しかもここは心霊スポットでもある。イタコさんの興奮にあてられてノコノコやってきたが、軽率だったかもしれない。


好奇心に負けて集まった観衆5人を前に、イタコさんは熱弁を振るう。しかし、専門知識を多用している上、興奮していることも相まって何を言っているかは分からない。「アストラル界が…。」「残留思念が…。」馴染みのない単語が高速で吐き出される。


とうとう、仲間の一人が音を上げた。「わかったわかった、とにかく大発明の結果とやらを見せてくれよ。」


途端、マシンガントークが止まった。しまった、怒らせたか?不安に思ったが、それは杞憂だったようだ。イタコさんは喜色満面で、「それではお見せしましょう!」と叫んだ。


ノートパソコンを立ち上げる。霊を呼びやすくするため、という名目で俺たちは懐中電灯を消した。代わりに、イタコさんが蝋燭に火を灯していく。ブラックボックスにパラボラアンテナ、マイク、スピーカーを繋ぎ、パソコンと接続。皆が息を潜める中、カタカタと打鍵音だけが響いている。


5分、10分。イタコさんは…。こちらを見て笑った。準備はできたようだ。


「始めるよ。」イタコさんが厳かに宣言する。と同時に、エンターキーを押下。ブゥン、と低い唸り声を上げるブラックボックス。


低い機械音が鳴るだけの静かな時間が続く。そして、囁き声。「来た。」


同時に、夏だというのに寒気がした。皆も同じらしい。半袖の服から露出している腕をさすっている。


機械の方はどうなっている?パラボラアンテナの周囲はそこだけ霧がかかっているようだ。なんだかわからない「何か」が、アンテナを通してブラックボックスに注がれている。


不意に、スピーカーから声が響いた。低い男性の声だ。「ここは…。どこだ…。寒い…。」戸惑っている様子だった、


「成功だ!」イタコさんが叫ぶ。「これが霊の声なんだよ!これが、ここにいる霊なんだ!」そうして、パソコンのモニターをこちらに向けた。そこには。


男性の顔が映っていた。年の頃は40代ほどだろうか。しかし、明らかに生きている人間の顔ではない。青白く、そして何より本来目があるべき部分が真っ黒にくぼんでいる。直感で、「これは死んだ人間だ」と理解した。皆、悲鳴を上げるのも忘れて見入っている。


「私にはこいつが見えていた。そして、喋っているのも聞こえていた。これがその顔、その声なんだよ!」イタコさんは深夜の廃墟だというのに、はしゃいでいる。そのミスマッチが逆に、実験の成功を示しているようだった。


宿題として、俺たちはこの心霊スポットについて調べさせられていた。出るのは、中年の男性の霊。もともと、ここはレストランであり、彼はそこのオーナーだったのだが、経営不振で自殺したこと。


「宿題はやってきたよね?答え合わせの時間だよ!」


イタコさんがはしゃぐ。そして俺たちに、1問ずつ質問するよう指示した。


仲間が震える声でパソコンに向かい質問していく。ここはレストランでしたか?イエス。あっている。あなたはここのオーナーですか?そうだ。あっている。あなたは借金で苦しんでいましたか?何かを思い出したのか、モニターの顔は歪んできた。しかし、そうだ、という答えが帰ってきた。また、あっている。


最後は俺の番だ。ごくり。唾液を飲み込んで、質問する。「あなたはどうやって死にましたか?」


突然、スピーカーが割れそうなほどの大音量が響いた。これは...。悲鳴?モニターを見ると、男性は苦悶の表情を浮かべている。「死」という言葉に反応したようだ。


「死、死、死!そうだ、俺は死んだんだ!」男性がパソコン内で暴れている。

おいおいヤバいんじゃないのか?イタコさんに視線が集まる。しかし、彼女は想定内だ、と余裕の表情を見せている。

「このアンテナを通して集められたこの男の残留思念は、ブラックボックスの中に封じてある。いわゆる結界の中。どれだけ騒ごうとも、出てこれない。」

よく分からないが安全らしい…。と皆が一息ついた途端。バンッと、爆発音がした。とうとうスピーカが壊れたか?…、しかし煙を上げているのは、くだんのブラックボックスだった。

先ほどよりも強い寒気が襲ってくる。夏だなんて信じられない。腕どころか、全身が総毛だっている。


先ほどまで満足そうな顔をしていたイタコさんが、急に蒼白な顔をこちらに向けた。「逃げて!結界がもたなかった!」


総員、退避。壊れたブラックボックスから、そしてアンテナから、パソコンから、煙のようなものが噴き出ている。「あの白いのを吸っちゃダメ!ここにいる霊に取り込まれる!」イタコさんが声を張り上げる。


あちこちに引っかき傷を作りながら、全員外に出た。イタコさんもちゃんと一緒だ。

どういうことだ、とイタコさんに詰め寄るもの、ただただ泣いている女の子も。完全にパニック状態だ。

イタコさんは申し訳なさそうにしている。「ただの自殺者の霊だから、結界を破れるわけがないと思っていた。でも、別のものまで呼んでしまったみたい。ごめんね…。」


別のもの?しかし具体的に何を呼んでしまったのかは頑として口を閉ざしたままだった。

散々怖い思いをしたという意味では肝試しとしては成功だったのだが、イタコさんの大発明は失敗に終わってしまった。

いや、霊を呼んだ、という意味では大成功だったのかもしれない。


この話には続きがある。爆発した時の白い煙。イタコさんが「吸うな!」と警告した煙。

ポジション的に、俺は思いっきり吸い込んでしまった。好奇心に駆られてブラックボックス間近に陣取っていたのが裏目に出た。

その結果、彼女が意図せず呼んでしまったものの正体を俺は知ってしまった。


それは、悪魔としか表現できないものだ。人をじわりじわりと追いつめて、死に至らしめる。


俺は今、イタコさんと共同戦線を張ってこの悪魔から逃れる手段を探している。幸いイタコさんの力は本物だったので、大事には至っていない。


煙を吸った後遺症か、俺も霊的なものが見えるようになった。つまり、霊に対して無力じゃないってわけだ。見てろよ悪魔め。さっさとこの体から追い出してやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る