3

「戸倉さん、今日はうちに来て頂けませんか?」

休み時間、いつものように鼻腔を準備してきたのかと思いきや、そんなことを言われた。

「ぇ、えーと」

「今日も予定がおありですかしら?」

「な、ないけど」

正直、行ってみたかった。あの大企業の娘だ。愛生の家はきっと相当ピカピカで大きい。3階建てで庭も結構広いかもしれない。お菓子も振る舞われるかもしれない。

だけど、ホイホイついて行くって言いたくないな。金目当てみたいになるし。

やんわり断って、そのあと渋々の形で行くことにしよう。

「悪いよ。そんなの」

「いいんですの。たまには日ごろのお返しをさせて下さいまし」

「……じゃあ、ちょっとだけなら……いやいやでも、親が……」

少しずつ乗り気になって、食いつきを見せて愛生を踊らせる。

「それに、誰にも邪魔されず戸倉さんの豊かな薫りを堪能できますもの……♡」

うっとりした表情を浮かべる。…………。

「やっぱりダメ!」

危なかった。もう少しで乗せられて連れていかれるところだった。それが狙いか。やっぱりか。まあ、わかってたけど。

「あら?どうしてですの?」

「いやだって、……なんか、……そういうんだったら、ちょっと……えっちなのは嫌だし……。家に行くだけ、ほんとにそれだけだよ」

「まあ、兎にも角にも是非おいでくださいまし、ではまた放課後迎えに行きますわね」

「あっちょっ!待って!」

結局そのまま強引に押し切られてしまった。


愛生の家。楽しみ半分不安半分といった感じだ。

というか。

「いつも、リムジンで通ってるんだ」

目の前に用意された高級車にまずびっくりさせられる。

「いえ、徒歩ですわ。でも今日はお客様がいらっしゃるので、特別に」

そう言って高級車に乗り込む姿はとても様になっている。さすがお嬢様というべきか。

「こっちへどうぞ」

リムジンを降りると、目の前に広がった光景に度肝を抜かれる。

想像をはるかに超える、異様に豪華でデカい家だった。テーマパークの域だ。

窓もホテルみたいにいっぱいだ。しかも、それぞれの窓に個性がある。右から目を通すだけでも、黄色いカーテンがかかった窓、暗幕の降りた窓、ぬいぐるみだらけの窓、フライパンがチラッと覗く窓が立ち並んでいる……。ワクワク感みたいなものをくすぐられるのだ。

庭も美しい。芝生は太陽を照り返してキラキラ輝き、小さな池もある。ちょろちょろと流れる水の音が快を誘う。

こんな大豪邸、現実にあるのか……。

こんな家に住んでたら、価値観おかしくなりそうだなあ……。

心の声が頭に響く。

謙虚で上品なしっかり者に育った愛生はある意味、結構すごいのかもしれない。まあ、変態なんだけど。

玄関のドアを開けると、もうすでにメイドがいた。この家の専属だろう。

「ただいま帰りましたわ。こちら、私のクラスメイトの戸倉さんです」

「はじめまして。戸倉茉奈と言います」

軽く会釈をして挨拶をする。

「お話は伺っております。私はここの使用人の鈴木といいます。本日はどうぞごゆっくりなさっていってくださいませ」

コテコテの敬語。なんだか変な日本語だ。

「ありがとうございます」

使用人までいるとは。本当にすごい金持ちなんだなぁ。

「こちらの部屋で少々お待ちください。すぐにお茶をお持ちさせますわ」

慣れた様子の愛生。

「あ、うん」

案内された部屋に入る。応対室のようだ。とても広く、豪華な家具がある。しかし、そのどれもが新品のような輝きを放っていた。宮殿のような感じではないが、まるで理想のマイホームのショールームのような、或いは落ち着いたカフェのような、洗練されたインテリア。そしてそこにちょこんと座る愛生。はんなりと、柔らかい様子だ。

「すご……」

思わず感嘆する。

そして、少しして扉からノック音が聞こえた。

「はい」

「失礼致します」

入ってきたのは、先ほどの鈴木さん。ワゴンの上にティーポットやカップを乗せている。

「今紅茶をいれますので、よろしかったら召し上がって下さい」

そう言うと、テキパキとした動きで準備を進める。

「ありがとうございます」

「おいしいんですのよ」

クラスでは少し浮いているお嬢様言葉も、ここではなんだかしっくりくる。

椅子に座って待つこと数分。「お待たせしました。こちらになります」

テーブルに並べられたのは、光を反射してきらきらと輝くダージリンティーとマカロン。それとクッキーだった。

「いただきます」

一口飲むと、程よい甘さとまろやかな香りが広がる。品のある、素晴らしい味わい。

「あ、美味しいです」

「良かったです」

笑顔で答えてくれる。すごく丁寧で優しい雰囲気の女性だ。

「私も頂きますわ」

そう言って紅茶を口に含む。その姿もまた美しい。

「戸倉さんのと同じ、柔らかい薫りですこと」

「……」

こいつはほんとにブレないな……。

でも、そんな彼女の清廉そうな見た目や丁寧な物腰は、子供の頃憧れたお姫様を想起させるものがあり、何だか胸が熱くなってきた。


「ここが愛生の部屋?広いね」

「ありがとうございます。ここと、離れにもう一部屋ありますわ」

愛生の部屋に通される。広すぎて落ち着かない。

ふかふかのベッドは大きくて可愛らしいピンク色だ。机にはいくつもの写真立て。

窓際には何種類ものぬいぐるみ。

女の子らしい、綺麗な部屋だった。

「ここは?なんか鍵かかってるけど」

「そこは物置ですわ。ほぼクローゼットですわね。まあ高価なものも多いので」

「へえー」

「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

愛生は私の手を握り、顔を近づけてくる。

「えっ……!?」

「くん、くん……戸倉さん、いや茉奈さん、あなたの薫りは最高ですわ♡ああ、なんて良い匂いなんでしょう……」

「ちょっ!待って!」

慌てて離れようと身体を捻る。いきなりすぎる。

そんな私を見て、妖しく笑う。

なんか……これ、ヤバくないか……? そう思った瞬間、体が動かなくなった。金縛りにあったように。

「もう我慢できませんわぁ……。さあ、こっちへいらっしゃって?」

「あっちょっと愛生!っぁ」

抱きついて私の周囲の空気を吸う愛生。

「ふふ、甘くて、ちょっぴり苦い匂いがしますわねぇ」

そう言いながら、私の髪の毛を吸う。抵抗したいのに、できない。

「や、ぁ……!?」

首筋を舌が這う感覚にゾクッとする。

「ひゃっ!」

耳元で吐息混じりの声が聞こえる。

「んちゅぅ……はむ……ちゅ」

耳にキスされて、舐められて、噛まれている。

「ぃやぁ……ぁっ」

自分の声とは思えないような高い声で喘いでしまう。

やっぱりこうなるんか……。

「可愛いですわぁ……♡もっと聞かせてくださいまし……♡」

「ぁぁぁ……ひっ」

また首筋を舐められる。今度は強く吸い付かれる。

「ちゅぱっ……はぁ、はぁ……」

唇が離れたあと、赤い跡が付いているのが見える。

愛生も満足気に微笑んでいる。

「背中、汗ばんできました?さぞや、いい匂いがするのでしょうね……っ♡」

「きゃっ……ぅ♡」

服を脱がせ、背中に顔を埋められてしまう。

「すぅ〜、はぁ〜♡」

「やめてぇ……」

「はぁ、はぁ……堪らないですわ……」

空気が流れをなして私の背筋を辿る。なぜか甘い痺れがある。

愛生の呼吸はどんどん荒く激しくなっていく。

「は、はやく終わってよぉ……」

「ごめんなさい、まだ足りませんの」

そう言うと、彼女は背中にハンカチを押し当ててきた。

「汗を吸わせてっ、匂いを頂きますわっ♡♡」

「あぁっ♡」

そう言って何度も、何度も擦り付ける。その度にびくりと反応してしまう自分が恥ずかしい。彼女のハンカチで拭かれたところが熱い。

「胸の下もこ〜んなに蒸れて……かぐわしゅうございますわよ?ここもたっぷりと堪能させて頂きますわ♡」

「あっ♡」

「はぁ、たまりませんわ……」

脇腹から肋骨にかけて、指先でなぞるように触られ、つい声が出てしまった。

「くんっくんっ……すぅぅぅぅっっっ……♡♡♡♡♡♡」

肺いっぱいに蒸れた空気を取り込む音が聞こえてくる。激しい羞恥は、かえって快感で。

汗で蒸れてしまった恥ずかしい部分を丁寧に丁寧に嗅ぎ回る愛生は、いやらしい息を吐いて笑っていた。

「あ、あああ……っ」

「ふふ、茉奈さん、かわいいですわ」

いつの間にか両手でしっかりと抱きしめられている。

「今度は、ここ……♡」

「っあ」

スカートの中に手を入れられて、太もものあたりをさすられる。やがて指先はどんどん下っていく。

「はぁ……この脚、たまりませんわぁ……」

「やだぁ……ぁっ♡」

ゆっくりじっくり撫で回される。

「茉奈さん、気持ちよくなってまいりました?」

耳元で囁かれ、肩がビクッとなる。

「靴下を脱いで……、むわぁ……♡ほんのり汗臭くて、でもしっかり甘ぁい、官能的な薫りですわぁ……っ♡♡♡♡」

足先を口に含まれて、湿った口内で足の親指が転がされている。

「あっ♡それだめっ♡」

「んっ……ちゅぅっ……♡♡」

吸われながら、中で舌が這っている。

「ぅぅっ……♡」

「はぁ……♡んっ……♡♡」

ぴちゃぴちゃという水音だけが部屋に響いている。

「はぁ、はぁ……♡」

長い時間かけて足や脹脛を舐めまわされ、もう頭の中は真っ白だった。

愛生は、私を見つめながら、そして、ゆっくりと唇を開いた。

まるで、悪魔の誘惑のように。

私の理性を砕く一言を。

「次は……どこの茉奈さんををいただきましょうか…………茉奈さん……、♡♡」

「…………えっ」

「ふふ……楽しみですわねぇ……♡♡♡♡」

それからしばらく、私は愛生に弄ばれ続けた。


***


「また遊びに来てくださいね、絶対ですわよ?」

「うん……」

玄関まで見送りに来られた。

「あ、あのさ……」

「はい?」

「お菓子、美味しかったから」

「あら、嬉しいですわ」

ぱっと笑顔になる彼女を見て、少しだけ言い得ぬ何かを感じた。

「じゃ、帰るね」

「はい!気をつけてお帰りになってくださいませ」

ぎゅ、と手を掴まれる。握り返すと、愛生の顔が綻んだ。この顔、好きかもな。

「うん、ばいばい」

手を振って門をくぐると。

「お家までお送りします」

……金持ち……!

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