魔法of騎士

@bravein

優一の誕生日

「なんかいつもお正月のイメージしかないからつい忘れがちじゃないですか?」

「は?」

あまりにも唐突な問いかけに、優一は思わず間の抜けた声をあげる。

「……何が?正月のイメージって……」

「分かる!それ!ついお正月だし、あーだこーだとしている内に気づいたら、あ!忘れてた!てなるのよねー」

怪訝に聞き返そうとした言葉を割って入るように、優一の隣を歩く早亜矢がこたえる。

「だから何が……」

「そーなんですよ!意外とのんびり過ごしているはずなのに、あれ?そーいえば今日って、てなりますよね。気づいたらもう一日終わってたーなんてことも」

うんうん、と頷きながらやはり優一の隣を行く総司が間髪入れずにこたえる。

「だから……」

「だよね!あたしなんて前はカレンダーに書いといたのに忘れてて、あ!てなったもん。やっぱり先に準備しとかないとだよね」

「ですよね、そうと決まったら善は急げです。どうします?まず取り敢えずおもちゃ屋さんでエリマキトカゲのラジコンでも買います?」

「……それって、喜ぶものなの?」

「そうですね、あまりの外見のリアルさから世間にはそう出回っていないレア物だから年頃男子なら喜ぶこと必須です!きっと!」

「うーん。じゃ、ま、それでいっか」

「いや、だから、ちょっと待て」

優一の左右でどんどん話を進めていく早亜矢と総司を制して歩を止めれば、釣られて二人もピタリと足を止める。きょとんとする二人をジト目で見やってから優一はいたって簡潔に問いかけた。

「何の話だよ?」

問われた方は、息ぴったりに顔を見合わせると同時に何を言ってるんだと言わんばかりにこう答えた。


『優一の誕生日』


ハモらせた声は、思ってもいなかった答えで、優一はおののくように息を呑んだ。嬉しいような照れくさいような、何とも言えない感情が過るが、ふとすぐ冷静になる。昔からそういう性格の優一だ。目の前の二人みたいに気持ちを素直に表現するのは苦手だったし、つい現実的なことを考えてしまう。

「……いや、いいよ。俺、その日は仕事だし」

『は!?』

優一の言葉に、驚愕の声を同時にあげる二人。

「え?え?仕事なの?お正月なのに?病院だってお休みでしょ?」

「病院は休みだけど、患者は普通にいるし」

動揺する早亜矢に淡々と返す。

「え?優一、今年のお正月も仕事してませんでしたか?次もまたお仕事なんですか?」

「関係ないだろ。そもそも病院に盆暮れ正月なんてないようなもんだ」

つい冷たい口調になってしまう。気まずい空気が流れて、優一はいたたまれなくなったか先に歩を進めていった。

「ちょっと総司!あんたの力でなんとかならないの?」

「うーん。私の力じゃどーにも……あ!優一のパパにでもお願いしてみます?」

「なるほど!その手が……」

「や・め・ろ!」

後ろでヒソヒソ話をするように、しかしその内容はもろ聞こえで、とんでもない提案をする二人を振り返ってピシャリと言い放っ。

三人が行く見慣れた城下の商店街。年末のせわしなさや新しい年に向けての人々の活気で賑わいでいる。三人も新年の準備をと頼まれた買い物を済まして帰路につく途中であった。

先に行く優一の後ろで、ちぇーとふてくされた声を上げる早亜矢をまあまあと宥める総司。

冷たい風が通り過ぎる。やけに冷たく感じたのは何故だろうか。優一は二人に気づかれないように小さく息を着くとそっと巻いてたマフラーで口元を覆った。


そして、元旦の夜。

滞りなく職務を終えた優一が病院を後にしたのはその日も残り数時間といったところか。日はどっぷりと暮れていて、見上げれば清々しいぐらいに晴天の星空だった。

正月だろうが誕生日だろうが、無事に今日という一日が終わったことに安堵の白い息を吐いて、彼は家路についた。


「おかえりなさい、ダーリン♡」

「……。」

その日はもう夜も遅いので、優一はいつも行く隣家の由梨家にではなく自分の屋敷に直帰した。普段からあまり使われていないその屋敷には人が寄り付かないのが常だが今日は玄関に入るなり出迎えがあった。

「…総司。何やってんだよ、他人の家で」

ジト目で一瞥して問う。とはいえ、総司が優一の屋敷に出入りすることなど日常茶飯事。優一も同じくこの幼馴染の隣家には自分の家のように毎日出入りしているのだから、お互いに今更つべこべ言う間柄でもないのだが、新年早々の夜分に何やってんだという気分には陥る。恒例の新年の挨拶ならば朝方、由梨家一同と共に済ませていたはずだ。

問われた当人はというと、わざとらしく瞳をうるうるさせながら、よよよと崩れ落ちて

「ひどい!優一の帰りをずっと待ってたのに!そんな言い草!」

「気持ち悪いからやめろ」

吐き捨てるように言い放って横を通り過ぎる。そのまま優一が自室として使っている――ほぼ寝るだけの部屋、の襖を勢いよく開け放つ。


パンッ!


響くクラッカー音、そして

『誕生日おめでとー!優一!』

目の前の早亜矢と後ろから総司とが、放ったクラッカーと一緒に声をそろえる。

目を丸くして驚く優一。なんとなく総司が来ていた時点で察してはいたが、それでも、なんとも言えない、気持ちが浮き立つような、そんな感覚になる。

いつもの殺風景な自分の部屋も、賑やかな装飾が施されていて、どこから用意したのかテーブルには正月料理の他にも優一の好物が多数。そしてその真ん中に置かれた誕生日ケーキには既に優一の歳の数のロウソクに火が灯っていた。

「優一」

声をかけられてはっと我に返る。隣で早亜矢が得意げな笑顔を向けている。

「約束したでしょ?今年はみんなでお祝いしようね、て」


ああ、そうだった。1年前にたまたま一緒に新年を迎えることができたこいつと、確かに、そんな約束をした気がする。


だが、それは優一本人だって忘れていた。大したことではないと思っていた。それを覚えていてこうして形にしてくれた。胸が熱いってこういうことか、そう思ったら言葉にならず優一は目の前の深紅の瞳をじっと見つめていた。


「ほら!ぼーっとしてないで願い事して!今年は1年分、しっかり叶いますように」

どん、と背中を押されてケーキの前に半ば無理やり座らされる。部屋の照明を落として、揺れる炎の灯りだけになった室内で、早亜矢と総司に見守られながら、優一はふっと一息にその火を吹き消した。


願い事は――


「もう叶っちまったな」


ポツリと独りごちたその声は、早亜矢と総司の拍手とおめでとうの歓声で掻き消されてしまったが、それでよかった。またきっと次の願い事ができる。そんな気がしていた。

「優一!ケーキから食べようよ!総司が作ったんだよ、おいしいよ!」

「優一!プレゼントの欲しがってたエリマキトカゲのラジコンですよ~!」

主役の当人よりもはしゃいでいる二人に、優一は柄にもなく表情筋が緩むのを自覚した。


優一にとって、はじめて、忘れられない誕生日となった。

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