第16話 クリスマスのいたずら

 12月25日。


 街はイルミネーションに包まれ、人々は皆、この日を楽しんでいた。大人になった今では、クリスマスプレゼントをもらえるわけでもないのに、それでも大人の気持ちをそわそわさせるこの日は偉大だと感じる。


 毎年、クリスマスはソアと過ごすけど、今年は他の国にいるし、独りぼっちで過ごそうか考えていた。

 それなのに予定が埋まった。

 毎年、恋人の以内軍人何人かが集まって、クリスマスパーティーをしているらしい。恋人のいる俺は、今年初めて誘われた。


 ルイは常連メンバー、今年は俺がいるし、それにボナも着いてきた。現代の人間がどういうパーティーをしているのか気になるらしい。おまけに、お堅いクールなジフ中佐まで参加している。


 死神の彼女を他の人と会話させるのは、結構なリスクだと思う。死んだ人間もしくは、俺としかまともに話したことのない彼女は、変なことを言い出しては、頭のおかしい人だと思われるのがオチだ。


 男何人かと、ボナ、女性軍人2人で、賑わう居酒屋に入る。


 俺は即座に、ボナの隣の席をキープした。聞こえは悪いが、あくまで彼女を監視するため、下心なんて少しも無いのだ。

 そして、ちゃっかり反対側の席には、ジフが座っていた。彼と目が合うと、俺を冷たい目で見てくるのは鼻につく。


 「かんぱーい!」


 ビールを片手に、俺たちの寂しいクリスマス会はスタートした。

 隣のボナもビールを片手にしていた。

 「酒、飲めるのか?」

 「未成年飲酒にならないかしら。私は一応17歳よ」

 「でも、300歳だろ。ここにいる誰よりも年上で、おばあちゃんだよ。逆に飲まない方がいいのかも?」

 「年上を馬鹿にしないでちょうだい」


すると彼女は持っていたジョッキを一気に飲み干した。その飲みっぷりに、そこにいた全員が口を開けて、その姿に驚いていた。

 ジョッキのビールを全て飲み干すと、彼女は無言でテーブルにグラスを置いた。

 「良い飲みっぷりですね、先生」

ルイは目をキラキラさせていた。

 「先生、酒豪なんですか?」

 「飲んだのは初めてよ」


その言葉に、場が一気に静まりかえる。

 「…」

 「そのー、あれだよな?ビールを一気したのは初めてって意味だろ?」


あまりにも空気が悪すぎて、俺は必死にフォローの言葉を入れた。


 頼む、そうだと言え!!


俺は心で、彼女にそう伝えた。


 「そうよ」

彼女に考えが聞こえたのか、空気を読んでくれた。


 「びっくりした!酒が初めてかと思いましたよ」


さっきの空気からは一転、場は笑いに包まれた。


 「無理はしないで」


隣から聞こえてくる声の方を見ると、チャ・ジフが心配そうにボナをみていた。


 「心配無用。こいつはお前よりも酒豪なんだから」

 「なんでいつもお前は出しゃばってくるんだ」

 「悪い虫からこいつを守る為」

 「婚約者がいるんだろ」

 「こいつは友達だから」

 「僕もだけど?」


 こいつと友達なんて絶対にありえない。それに冷酷な彼女が、ジフなんかを友達だなんて思っているはずがないのだ。


 「は?こいつとお前が友達になるわけないだろ。な?」

呆れた顔で彼女を見ると、

 「友達になったわよ」

真顔でそう答える。


 「嘘だろ?チャ・ジフだよ?この顔に騙されちゃダメだって」


すると彼女は、いつものあきれ顔で俺を見た。その隣にいるあいつも、同じよう顔でこちらを見ていた。



 「じゃあ、お疲れ様です」



 午後10時、明日出勤の人もいるし、今日はお開きにした。


 みんなが散っていく中、ジフだけは帰らず、店の前にいた。正直、ボナと一緒に帰るつもりだった俺は、なかなか帰ってくれない彼の存在が邪魔だった。


 「よかったら、送るよ」

彼は、大量のお酒を飲んだにもかかわらず、全く酔っていない彼女に言った。

 「どこに?」

 「家だよ、君の」

 彼女が死神だと知らない彼は、一女性として見ていたから、家まで送ろうと考えていたみたい。


 「いいよ、俺が送っていくから」


彼が、彼女と親しんでいることも鼻につく。

 「私、彼に送ってもらうから大丈夫よ、ジフ」

 「家近いの?テヒョンと」

 「そう、だから俺が送るから、お前は帰って寝ろ」


彼女の手を握り、家の方に向かった。お店の方をちらっと振り返ると、彼は唖然としてこちらを見ていた。


 

 数分歩いたところで、店が並ぶ大通りから住宅が広がる静かなところに出た。

 とっさに握っていた手は、少し歩いたところで即座に離した。


 「どうだった?パーティーは」

 「昔のパーティーとは随分と違っていたわ」

 「これが現代のパーティーなんだよ。それよりあんな酒飲んで大丈夫だったのか?」


 彼女は、来ていた誰よりもお酒を飲んでいたのに、誰よりもしっかりしていた。


 「私は酔わないみたい」

 「そうか。それより、前は食事しないって言ってたのに、今日はちゃんと食べてたな」


 先週だったか、2人で美術館に行った後、お昼を食べようと言ったのに、彼女は食事をしないからと、断ってきた。でもきょうは、周りと合わせて、しっかり食べていた。

 「食べれないわけじゃない。ただ、食べないの。お腹はすかないし、満腹にもならないから」

 「じゃあ、人間のふりはできるんだ」

 「しようとおもえばできるわ」


 「じゃあ、」

俺は歩いていた足を止めて、彼女の手をもう一度握った。


 「この体温は?」

店から離れる際に、彼女の手に初めて触れた。体温は冬だとしても、氷のように冷たかった。

 「…体温は、失ってるわ」

 「なぜ?」

 「そんだ人は体温を失うでしょ?私は、生と死の世界を言ったりしているから、ほぼ死んでいるようなものなの。だから、体温はない」


 ボナは当たり前かのように答えたが、それはすごく虚しいことだ。自分は生きているのに、死んだ人と同じような身体なんて。寂しくなったとき、人肌が恋しくなっても彼女は、それを感じることができないのだろうか。


 「そうか」


 彼女の手をまた、離した。


 しばらく歩くと、自分のアパートに着いた。

 「そういえば、家はあるの?どこかに住んでる?」

 「家はある。けど、人間には見えないところのに隠してある」

 「隠す?」

 「暗示で見えないようになってるわ」

 「じゃあ、俺にも見えない」

 「あなたに暗示は掛けないわ」

 「なぜ?」

 「掛ける必要ないから。私のこと全て知ってるでしょ」


 確かに、この世界で生きている人間で、本当の彼女のことを知っているのは俺だけだ。それに、そのことを彼女の口から聞けたことが何よりも一番嬉しかった。


 「そうだな。だったら、心を読むこともやめてくれるとありがたいけどな」

 「辞める方法がわかるなら、是非教えて」


彼女は冗談を言った。


 初めて会ったとき、彼女は冷酷な死神だった。しかし、最近は少し人間らしくなったような気がする。


 「…よかったら、飲み直すか?うちで」

気がついたらそんな言葉を口にしていた。


 「…あなたの家で?飲み直すの?」

 「そう、パーティーの後、仲がいい人と家で飲み直すのは良くあることさ」


それに彼女は人間じゃない死神だし、下心は一切無い。ソアに見られたらきっと大激怒されるだろうけど、こんなに人間に溶け込もうと頑張っていた彼女を見ていたら、ここで分かれるのは名残惜しい。


 「いいわ、飲み直しましょう」

 「そう来なくっちゃ」


 俺は彼女を家に招いた。


 「あなたの家、狭いのね。私の家の半分もない」


 俺の婚約者と同じことをいう彼女。玄関で靴を脱いでいる姿が、普通の人間みたいだ。けど、彼女は死神だと分かっていると、不思議な感覚に陥る。


 真っ暗なはずなのに、なぜかリビングには灯りがついていた。

 「電気消し忘れたか?」

そんなことを思いながら、リビングのドアを開けると、いつも食事をするテーブルに、人の影が。





 「…ソア」


そこにいたのは、まだアメリカにいるはずのソアだった。俺の婚約者。


 「おかえり!」



 彼女は満面の笑みで笑いかけた後、俺の後ろにいるボナを目にして一気に顔色を変えた。




 「私、帰る」




――彼女は、俺とボナを押しのけて勢いよく、部屋から出て行った。



 

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そして、ピリオドを。 モナ @watasinohon

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