第15話 贈られた絵
午前9時、私は医務室にいた。
最近はここにいることが多い。
イ・テヒョンと一緒に出勤した私は、当たり前のように白衣を着て、ここで働く人間の健康診断の結果に目を通していた。
「ボナ先生、これもお願いしますね」
ここで働くもうひとりの医者であるこの男。めがねを掛けた、絵に描いたような医者だ。
私の机に資料を置くと、彼は部屋から出て行った。
――――まったく、私は何をやっているのか。
まるで人間の様に働いている。彼のためにここまでやる必要は無い。
「はあ、馬鹿らしい」
急に自分の行動に馬鹿馬鹿しく思えて、席を立ち部屋をでようとドアに手を掛ける。
トントン
「失礼します」
ドアノブに触れかけた途端、扉の向こう側からノックの音が響く。
「どうぞ」
とりあえず返事をすると、
「おはようございます」
扉からひょっこり顔を出したのは、ソヌと同じ顔を持った男。
「どうかしました」
「実は、渡したいものがあって」
彼は、部屋に入り、持っていた大きな紙袋を私の前に差し出した。
「…これは?」
「絵です」
医務室のテーブルに紙袋を置き、中に入っていた白い紙で包まれていた四角の額縁と思われるものを取り出す。丁寧に覆っている紙を剥がす。紙から徐々に現れる絵は、風景画だった。
「これ、」
「僕が描きました。故郷です、僕の」
細かい部分まで丁寧に描かれた絵は、ソヌと同じ絵のタッチだ。
「本当に絵が上手なのね」
「あなたに渡したくて」
「私に?」
「友人の絵を見るのが好きだと言っていたから。僕の絵も気に入ってもらえたら」
「気に入りました。とても」
「よかった」
ソヌがいなくなってから、彼の絵を見ることはなくなった。300年ぶりに彼の新しい絵を見られた様な気がして、感情が高ぶったような気がした。
「その、」
彼に視線を戻すと、
「僕をあなたの友人にしてくれませんか?」
「友人?」
「はい、そうです」
「なぜ私?」
彼と友人になったとしても、一緒に何か楽しいことが出来るわけでもない。私と友人になっても何の徳にもならない。だって、私は人間の生と死の間に存在する者だから。
「あなたがいいから」
「なにも良いことなんて無いですよ」
「何かが欲しくて、友人になるわけじゃないですよ。あなたが困った時、何か人に話したくなったときに、隣にいるのが友人です。僕にその役割をくれませんか?」
まるで、ソヌと話しているようだ。言葉使いや言い回し、表現が彼とソヌは似ている。
「そうですね。じゃあ、私にもその役割をください」
「え?」
「お互いに悲しいとき、寂しいとき、楽しいとき、隣にいる存在になりましょう」
「本当に?もちろん、よろこんで」
ソヌは、昔から人には優しいが、自分の本音をいうことは少なかった。彼が姿を消してから、私は後悔したことがある。
テヒョンがいなくなってから、苦しかったのは私だけじゃなかった。ソヌも同じくらい、寂しくて、苦しかっただろう、彼らは親友だから。
それなのに私は、いつも考えるのはテヒョンのことだけで。彼の隣に寄り添って、支えてあげられなかった。
「友人なら、敬語はやめよう」
彼は言った。
「そうね」
チャ・ジフは、嬉しそうに笑った。彼と同じように優しい笑顔で。
「僕は戻りますね」
「うん」
ジフは、医務室を去って行った。
静かになった部屋で、私は彼がくれた絵を眺めた。
「思い出に浸っているのか?」
部屋の窓の方を見ると、そこにはあの男がいた。そう、神だ。相変わらず顔は分からないように、大きなフードを深くかぶっていた。
「あいかわらず私を干渉していたのね」
「不思議に思わないか?イ・テヒョンの生まれ変わり、キム・ソヌの生まれ変わりが同じタイミングで現れたこと」
「…何が言いたいの?」
「まだ気がつかないのか?」
「何を」
「テヒョンを生き返らせたことで、私はお前にペナルティを与えた」
「そうね…チャ・ジフが現れたことがペナルティとでも言うの?」
「そのうち気がつく。久しぶりに名を呼んでくれる者が現れたな、ボナ」
「人間だった頃の名前よ。今の私の名前はないわ」
「お前はあの頃から何一つ変わっていないぞ」
すると、いつも通り男は消えた。
――ソヌの生まれ変わりが現れたことがペナルティということに理解が出来なかった。
私にとっては、彼が現れたことでまたソヌに再会出来たような気分だったから。
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