第11話 名前

 「なぜ私の名をユナにした?」


 あの日から、彼女は俺につきまとうようになった。つきまとうと言っても、想像以上だ。


 朝、身支度をして家を出ると、


 「早いわね」

 「びっくりしたな!」


当たり前かのように彼女は家の外で待っていた。


 「何してるんだよ」

 「なるべく一緒にいた方が思い出せるかも知れないでしょ」

 「そうだけど…」


 彼女は、自分の過去を話してから、俺に記憶を思い出してもらおうとしているみたいだ。仕事場である基地までも、もちろん隣で一緒になって歩く彼女。特に話すこともなく、ただ隣にいる。

 「なんか話してくれない?」

 「なぜ?」

 「だってついてくるんだろ?無言は気まずい」

 「あなたが話せば良いでしょ?私には気まずいという感情がないの」

 

 「はぁ、ったく!じゃあ…今何歳なの?」

思いつく話題がそれしかなかった。それにちょっと気になっていたから。

 「最初に思いついた話題がそれ?センスないね」

 「じゃあ、答えなくて良いから」

 「ふっ」

 彼女はいつだって、俺を見下しているみたいだ。何百年と生きてる人に対して、歳がいくつか知りたくなるのは一般的だと思うのに。彼女は、すねている俺を見て鼻で笑った。

 

 「もうすぐ300歳くらいね」

 「え!300?」

 「そうよ」

 「見た目は完全に俺より年下なのに」

 「17歳で時が止まってるからね」

 

 「君以外の死神を、俺は見ることはできる?」

 「さあね。ただこの辺にはいないよ。私がいるから」

 「担当エリアみたいなのがあるってことか」

 「簡単に言うとね」


 「そういえば、この間どうして行くところ全てについてきたんだ?」

それは、ソアがアメリカに出国する前日。カフェや映画館、俺たちが行くところ全てに彼女がいたことを聞いた。

 「ええ。人間はこうやって異性の気を引くんでしょ?」

 「それどこで学んだんだよ、」

 「ドラマ。興味も無いのに見たんだから」

 「はあ、ドラマと現実じゃ世界は違うんだぞ」

 「確かに、ドラマの中の恋愛はつまらなさそうだし」

 「そ、そうか…?」


 普通、ドラマの方がロマンチックだと思うんだけど。人間は誰しも、ドラマや映画の中のロマンスに憧れるのに。

 「また人間に暗示を?」

 「そうよ」

 「便利な能力だな」


 「なぜ私の名をユナにした?」

今度は彼女が質問してきた。

 「え?それは…馴染みのある名前だから」

 「馴染みのある名前、」

 「姉の名前だよ。俺の」

 「だからとっさにでた名前が、ユナね」


 「まあな。ところでさ、人間だった時の名前は?なんて呼ばれてた?」


 前に聞いた時は、教えてくれなかった。けどいつまでも名前を呼べないのは、不便だし。彼女は足を止め、綺麗な瞳で俺を見た。


 「ボナ」


そう答えた。


 「ボナか、良い名前だ」


 「そう?私は嫌いだけど」

 「どうして?」

 「…ただなんとなく」

 「でも、昔の俺はそう呼んでたんだろ?なら大事にしなくちゃ」

 

 彼女と話しているうちに、基地に着いた。前は必要以上は何も答えてくれなかった彼女と、普通に話しているのが自分でも不思議だった。



 「お!テヒョンさん…先生と一緒に来たんですか?」

基地に入ってすぐにルイに会った。

 「ああ、偶然そこで会っただけ」

 「前は誰だ?とか言ってたのに。先生、先輩失礼なこと言ってませんでした?」

 「ええ、何も」

 「そうですか。よかったです」


 「あなた、たしかルイさんですよね?」

 「はい!名前、覚えててくれたんですね」

 「当たり前よ、あなたも覚えてたでしょ?私のこと」

 「だって、先生はみんなから人気だし、美人で有名ですよ」

 「そうなのか?」

そんな噂初めて聞いた。もしかして彼女の暗示か?

 「私じゃないわよ」


あー、心読まれてるんだった。

 「それも便利な能力だな」

嫌みっぽく彼女に言うと、

 

 「何の話ですか?」

能力や心を読まれていることを何も知らないルイは、不思議そうに俺を見た。

 「はぁ、お前は本当にかわいい奴だな。行くぞ」


ルイを無理矢理連れて、これから向かう部屋に。変なことを彼女が言い出す前に。


 「じゃあな、ボナ先生」


何気なくそう呼ぶと、彼女は驚いたような顔をしていた。

 

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