第9話 友の再会
ソアを送り出てから数日。
俺は、仕事に没頭していた。未だに戦場と化している国は多くある。俺たちの仕事は、そこで一般市民を救助することだった。他にも、テロ組織対策や罪のない人が争いに巻き込まれないように対策を練るのも仕事。
そのためには、日々の訓練は絶対に欠かせないのだ。だから、訓練で怪我をすることは日常茶飯事。身体には、いつの怪我かわからない傷が多くある。
今日も、また怪我をした。腕の傷はぱっくりと広がっていた。軍の人間でなければ、大きな怪我だと少し騒がれるほどだ。
傷口を押さえながら、医務室に向かった。向かう途中、俺はあまりいけ好かない奴とばったり会ってしまった。
チャ・ジフだ。
相手も俺を見るや、呆れた顔をした。
「怪我でもしたのか?」
ジフは足を引きずりながら歩いていた。彼にはなぜかつかかってしまう。
「そういうお前も腕、どうしたんだ?」
「うるせぇな」
チャ・ジフは、汚い者でも見るかのような目で俺を見ていた。俺も負けじとにらみ返してやった。
彼が向かうのは医務室だろう。同じ方向だから、無言でにらみ合いながら同じスピードで歩いた。
少し歩いたところで、部屋の標識に『医務室』と書かれた部屋が見えてきた。
「俺が先に入る」
「なぜ?」
「俺はあんたより、ここに長く勤務してるから、先輩なんだよ」
「先輩のくせに僕と同じ中佐なんですね」
「あ、おい!!」
彼は強引に俺を押しのけて、医務室のドアを開けた。
「待てよ」
後に続いて部屋に入ると、
「いらっしゃい」
部屋にいたのは、白衣を着た死神だった。回転する椅子に足を組んで座る彼女は、長い髪を背中の方にサッとどけて、俺に微笑んだ。
なんだか、少しだけ彼女がいる気がしていたから、そこまで驚かなかった。
「やっぱり」
「怪我でもした?」
2人で入ったのに、彼女は俺をじっと見ていた。俺はジフの顔を見た。彼は死神でも見たかのように固まっていた。
前と同じように暗示がかかっているならば、ルイのようにいつもの医務室の先生だと反応するはずだが…何にをそんなに驚いているのか。
「そちらの方はどちら…え、」
予想外なことに、彼女もジフの顔を見た途端、さっきまでの余裕の笑みを消し去った。一歩一歩ゆっくりとジフに近づいて、彼女はこういった。
「ソヌ…?」
「え?」
彼女はジフ中佐の顔を見て、『ソヌ』と呼んだ。いつもと明らかに表情が違う彼女を見て、なぜだかこっちが焦ってしまう。
「…ごめんなさい。あなた、名前は?」
「中佐のチャ・ジフと申します」
「そうですか。手当するので、座ってください」
彼女はジフを座らせた。けれどやっぱり様子はおかしくて、彼女は度々彼の顔を見ては、視線を反らし、動揺したようして、手当をするにも、ぎこちなかった。
確かに、チャ・ジフの顔は一般的にはイケメンの部類に入るだろう。くりくりの二重まぶたに、シュッとした綺麗な骨格、凛とした優しい顔。そうルイが絶賛してた。
そうだとしても、イケメン前に、動揺しすぎではないか?死神のくせに。
「あの、先生の名前は?」
ジフは何気なく彼女に尋ねた。
「名前…」
少し困った彼女の顔を見ると、あの日のことがフラッシュバックした。
それは、名前を尋ねたあの日、
「名前はない」
彼女には名前がない。だから俺は焦って、とっさに
「イ・ユナ」
「なんでお前が答えるんだ?」
「え?…いや、世話になってる先生だから俺が答えてやった。悪いか?」
「僕は先生から聞きたかったんだ。…ここで働いてたんですね」
「ん?前に会ったことでもあるのか?」
彼女を知っている人なんて俺くらいしかいないと思っていたのに。
「私を見たことが?」
「はい。勤務初日、ウェストタウン駅であなたを見かけました。駅のホームレスに食べ物を分けていたこと、覚えてませんか?」
「…人違いですね、きっと」
「あなたでした。よく覚えています」
「…」
困ったように黙り込む彼女。
「違うって言ってるんだから、違うんだよ。お前が見た人はユナ先生じゃない」
「お前には関係ない」
「何だよ、無愛想なやつ」
「…用が済んだら、もう戻った方が良いのでは?私は仕事があるので」
明らかに動揺している彼女に気づかないわけがなかった。ジフの顔を見た時、そして駅で彼女を見たと言った時。何か隠しているに違いない。
「長居しすぎましたね。僕はこれで。じゃあ、また」
彼は医務室から出て行った。
「…大丈夫か?」
一点を見つめる彼女に話し掛けた。
「あなたと同じ」
「何が?」
「駅のホームレス、あれは生きている人間じゃなかった」
となると、彼も生死を彷徨う人間の魂が見えていたことになる。
「偶然が重なりすぎてる」
「なんの」
「あなたとソヌ」
「そういえば、ソヌって誰?」
「私の友人よ、昔の。彼と同じ顔なの」
「同じ顔?じゃあ俺も誰かと同じ顔なのか?」
「そうよ」
ってことは何年も前に同じ顔をした奴が生きてたってこと?
「君の友達だった?」
「…二人とも、私の大事な人だった」
「だから俺を助けたのか?同じ顔だったから?」
確かに、思い返せば彼女と初めて会ったとき、「瓜二つ」って言っていたような。
「理由はそれだけじゃない」
彼女は、部屋の窓気はへ寄っていった。
「他にも何かあるのか?」
「あなたは私を終わらせる唯一の希望なの。わかりやすく言えば、殺せるってことね」
「…は?」
殺すって、俺が彼女を?全く理解できない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が君を殺すのか?どうして?君、死にたいのか?」
「そうよ、だからあなたを生かした」
俺は君を殺すために、君に助けられたってこと?
「その通りよ」
「そっか。君、心の声が聞こえるんだったな」
すっかり忘れてたよ。でも、どうして俺がそんなことを?
「私の願いが叶った時、不老不死の力を失うの」
「不老不死?」
「私は1度死んで『死を導く者』になったわけじゃない。17歳から不老不死の身体が与えられているの」
「じゃあ、君は死神じゃないのか?」
「詳しいことは私にもわからない。全て知るのは神のみね」
「神がいるのか?」
「私にこの身体を与えた男がいる。彼は人間の世界のバランスを保つ役割をしている。神かは分からないけど、神と言った方がわかりやすいでしょ」
「ま、まあ…なぜ君は、その『死を導く者』になったんだ?過去の俺と何があった?」
俺が君を殺さないといけない理由、全ての原因が知りたかった。
――――君の全てを知りたかった。その綺麗な顔に隠された闇を。
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