第7話 私の欲望


 「今回も残酷なやり方だな」

 

 予告なしで現れる、顔も分からない男。まあ、『神』とでも名付けよう。この男はいつだって私を監視している。


 「なぜあのテヒョンは、私が見えていたの?」


 どうしても理解できなかったのは、なぜイ・テヒョンが私の姿を見ることができたのか。あの時私の姿は人間には見えていないはずなのに。そしてなぜ、生死を彷徨う人間の魂をはっきりと見ることが出来たのか。

 

 人間の中には、霊感があり、霊が見えると言う人がいるらしいが、私から言えばあれは、全て嘘だ。どの人間も何も見えていない。もし仮に見えているならば、その人は耐えがたい苦痛を味わう。人間では到底耐えきれないような苦痛だ。


 「分からない。だが、君が関与しすぎてしまったのかもしれないな」


確かに神が言うとおり、ここまで1人の人間に興味を示したことはない。


 「姿が見られてては、仕事もまともにできない」

 「残念だが、私にはどうにも出来ないことだ」


 「1つ聞きたいことがある」


 偶然が重なりすぎているのだ。テヒョンと同じ名前、同じ顔、それに人間の魂が見えること。


 人間は1度死ねば、その人生を終えるが、また違う人間・生物として生まれ変わると信じている。それは間違っていない。

 実際、人間は死んで、また新たな命として生まれ変わる。その『転生』を繰り返しているのだ。

 当然転生しても、前世の記憶は一ミリも残っていない。それに顔だって、大抵違う顔で生まれ変わる。


 しかし、極希に同じ顔で転生する人間も存在する。とは言っても、1度それが起きてしまえば、2度と同じ顔で生まれることはない。つまり、その顔は2度と生まれて来ないのだ。


 「同じ顔の生まれ変わりは、2度とないことなのよね。もしあのイ・テヒョンが同じ顔ってだけで、私の知っているテヒョンの生まれ変わりじゃない可能性は?」


 「ゼロではない。しかし、彼が生まれ変わりなのに、お前が気づかずチャンスを逃すと、2度と願いは叶わぬまま、この人生を歩み続けることになる」

 「…」


 彼がもしテヒョンの生まれ変わりだとして、私がチャンスを逃せば、願いを叶えることはできず、『死を導く者』として一生を生き続けないとならないということだ。


 振り返ると、そこに神はもういなかった。


 終わりのないこの生活を続けるのは、これ以上無い苦痛だった。生きてはいない、けれど死んでもいない。

 生死を彷徨う人間の寿命をもらって、私は不老不死として生き続ている。その寿命には、まだ将来がある小さな子や、大量無差別殺人の犯人の寿命まで様々。寿命をとることは簡単なことではない。

 その人の死際の、痛みや苦痛までも私がもらわないとならないから。人間ではないから、痛みは感じないけれど、悲しみや後悔は感じる。私のこの手には、何万人の人間の感情がのしかかっているのだ。


――――解放されたい、自由になりたい。

    これが私の最近の欲望だ。


 自由になりたい。自分が死ぬには、彼に賭けるしか今は方法がないのだ。


 『イ・テヒョン』は、この人生を終わらせる『希望』かもしれない。



 人間はどのようにして、前世の記憶を思い出せるのか。彼の場合は、何百年も前の記憶。これまで、前世の記憶を思い出した人間の事例は1度も聞いたことはない。


 しかし、神は言った。「望みは叶う」と。


それは、テヒョンとまた会えるということ。ならば、試してみる価値はある。

 


 

 次の日、彼の働いている基地へ向かった。白衣を着て、まるで軍人基地に努める医者のように。周りの人間に暗示を掛け、その瞬間から、私はこの基地で働く医者だと、人間の脳をコントロールした。


「テヒョンさん、次の現場なんですけど、」

 基地内の諸通路、この長い廊下では、軍服をきた軍の人間が忙しそうにしていた。白衣を着た私が堂々と歩いていても、誰も不思議がらない。暗示がしっかりかかっている証拠だ。

 廊下の向かいからイ・テヒョンが、いつも一緒にいる男と資料を見ながら、気難しい顔をしていた。


 「こんにちは、」


 仕事だろうと私にはどうでも良かった。彼らに話し掛ける。彼の視線は、資料から私へと移った。


 「えっ?」


驚いた顔で後ろによろめく彼は、

 「なぜここにいるんだ?」

 「なぜって、ここで働いているから」

私は白衣を少し広げて、医者のアピールをする。



 「そうですよ、テヒョンさん。先生はここで働く医者ですよ?お世話になってるじゃないですか」


テヒョンといつも一緒にいる男。名前は『ルイ』だったか。


 「え?彼女が、ここの医者?いつから?」

 

 暗示が1人だけかかっていないテヒョンは、ルイの発言に疑問を抱いているようだ。

 「どうしちゃったんですか?僕たちすごくお世話になってるじゃないですか?」

 「俺たちが…世話に?」

 「もう!いくら何でも失礼ですよ!」


ルイはテヒョンを睨み付けた。なかなか愛嬌のある男だ。


 「すみませんね。先輩、疲れてるみたいなんです」

相変わらず、テヒョンはぽかんと私と彼の会話を聞いていた。

 「仕方ないことですよ。いつでも医務室に来てくださいね。では。」

 

 私は、彼に微笑みかけてその場を後にした。


 暗示にかかっていない彼は、この厳重に警備されている基地内にいることが不思議だったのだろう。もちろん、この中に入ったのは初めて。ルイが言うように、私はここの医者、というわけでもないのだ。


 なぜ私がこんなことをしているかって?これも一つの計画。彼の気を引くための。

 

 とにかく、テヒョンの意識が私に向くように、人間のやり方を真似して彼の気を引くことにしたのだ。

 


 



 



 

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