第2話 死を導く者
銃声が鳴り響く戦場地。国の軍人はテロ組織との戦いを激化させていた。
「危ない!」
放たれた銃弾は、男の胸部を射止めた。
「中佐!!」
「早く逃げろ」
若手をかばった中佐は、大量の血を流し、戦場地で倒れ込んだ。
「ここは安全じゃない、1度退却するぞ」
大佐は声を掛けると、合流地点に向かって走った。
「中佐、行きましょう」
「だめだ、お前だけ早く行け!」
「でも、」
「軍人ならば、今の状況がわかるだろ。…期待してるからな、ルイ」
「…必ず、助けに戻ります」
涙ぐむ若手軍人は、悔しい顔で彼の元を去って行った。
出血多量で段々と顔色が青ざめていく。意識がもうろうとしている中、目を疑うものを見た男は、一瞬にして目を見開いた。
銃声が未だに鳴り響く中、危険な戦場地に堂々と立ち好く女の姿。女は、こちらを哀れみの目で見ていた。
「そんなところにいたら死ぬよ?」
「他の人には見えてないの、私」
「はは、冗談言ってる場合じゃないと思うけどね」
不思議と周りの音は聞こえなくなり、まるで女と自分だけの世界になったかのようだった。
「本当に瓜二つね。あなた名前は?」
女は冷静に訪ねた。
「ごめん、自己紹介してる余裕無いんだよね。俺さ、大量出血中」
あまりにも冷静な彼女を前にして、彼は無意識に笑みがこぼれてしまった。
「知ってる。私はあなたを導くために来たの」
「もしかして、幻覚でも見えてるのか?俺」
「現実よ。あなたは今、生死を彷徨っている」
「なるほどね。じゃあ、君は死神か?」
「ずいぶん物わかりが良いのね。人はみんなそう呼んでる」
淡々と話しが進む中、男は女に尋ねた。
「死神さん、俺は死ぬのか?」
「だから、私がきた」
「そうか」
さっきまで冗談を言っていた男は急に悲しい表情で、ぽつりとつぶやいた。
「あいつとの約束も守れなかったな」
彼はゆっくりと目を閉じて動かなくなった。
「約束…」
それから目を覚ますと、周りが慌ただしかった。ぼやぼやとする目が、ピントを合わせてくれるまでには少し時間がかかった。
「先生!目を覚まされました」
よく見ると、真っ白な天井。自分の周りを慌ただしく動き回る白い服を着た人たちは、その言葉でピタッと動きを止め、ゆっくりとこちらをみた。
「…俺、何があった、」
白衣をきた50代くらいの男が、肩を掴み不思議そうに俺を見ていた。
「き、気分はどうですか?」
「どう、って普通です」
「ご自身の名前、わかりますか?」
「イ・テヒョン。27歳、男。職業軍人。以上」
1聞かれると10返してしまう俺の悪い癖は、こんな時でも出てしまう。
「よかったです」
男は安堵した様子で、俺の肩に置く手に力を入れた。
「あの何があったんですか?」
やっと分かってきたのは、とりあえずここは病院であること。周りを囲む医療従事者の安堵具合を見るに、俺は結構危ない状況だったのかも知れない。
「戦場で撃たれたことは覚えてますか?あの後、お仲間があなたを探しに行ったんですよ。何時間も経過していたのに、わずかにあなたの脈拍が動いていて…本当に奇跡としか言いようがないですよ!テヒョンさん」
どうやらあの後、俺は助かったらしい。
「なんか、ありがとうございます…そういえば、近くに女の人いませんでした?」
確かに見た、会話もした。あの女は本当に死神だったのだろうか。
「女の人ですか?いたのはあなた一人でしたよ」
「そうですか」
あれは幻覚だったのか。死神なんて、映画の世界じゃあるまいし。
「テヒョンさん!!」
検査を終えて、病室へ戻るとルイがいた。俺がかばった後輩にあたる軍人だ。
「何で泣きそうな顔してんだよ」
「だって、僕のせいで」
「お前のせいじゃないだろ。テロを起こしたのはお前のせいなのか?」
「そうじゃなくて、、」
「とにかく助かったんだから。そんな顔すんなよ」
「はい、一生着いています」
ルイは、俺の班に分けられた新人軍人。すごく慕ってくれている。
「今日は休みたいから、帰ってくれ。報告書、俺の代わりに頼むよ」
「はい。命の恩人です、何でもします」
彼は、騒がしく病室を後にした。
しばらくすると、
「テヒョンさん。テヒョンさん」
高い声が俺の名前を呼ぶ。いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
「ごめんなさい。何ですか?」
「検査が入りましたので、起きてもらっても良いですか?」
検査?さっき全部終わったって、あの医者が言ってたのに。
ガラガラ
後ろのドアが開いて、白衣を着た女の人が入ってきた。女医か、珍しいななんて思う。しかし、その女医の顔がはっきり見えた時、俺は心臓がぎゅっとなるのが分かった。
「それでは、失礼します」
起こしてくれた看護師は、部屋から去って行った。沈黙が続く。ベッドの前に立つ医者は、死にかけていた戦場地で突然現れた、あの女だった。女はただ黙って俺を見た。
「ど、どこかでお会いしましたかね」
わかりやすい嘘で、俺は沈黙を破った。
「なぜ聞かないの?」
「え?」
分かっていた気がするのに、いざ聞かれると感情は『恐怖』で埋め尽くされた。
「知らないふりをする必要はない」
「また幻覚でも見てるのか、俺」
「現実逃避が好きなのね」
切れ長の目、スッとした鼻筋、少し薄い唇。周りと比べれば、目立つ顔の彼女。
「ちなみに、あなたの考えは聞こえてきちゃうから」
「な、なにが?」
「目立つ顔」
「なんで分かるんだよ!!」
俺の気持ちや考えが読まれるってことなのか?
「その通り」
「読むのやめろって」
「なら、考えず言葉に発しな」
考えたら余計なことまで伝わりそうだな。なら言葉にした方がいいかも知れない。
「なんで俺生きてんの?」
「私が生かしたから」
「え?」
まさかの言葉に、今まで恐怖で顔をしっかり見れなかった彼女の顔を思わず見つめた。
「君が生かしたの?何で?死神なのに」
「気になることがあったから」
「気になることって、、なに」
「最後に、約束を守れなかったって…どういう意味」
「そ、それ?」
こんなことと言っては何だが、そんなことで俺を生かしてくれたことに驚いた。
「答えて、約束って何?」
「答えて期待通りじゃなかったら、俺死ぬのか?」
半分冗談だけど、半分本気。彼女は少しも笑わず、じっとこちらを見ていた。今すぐにでも、あの世に連れてくぞって顔で。
「結婚だよ」
俺がそう答えると、
「結婚?」
彼女は拍子抜けしたような顔になり、表情が少し緩んだ。
「そうだけど、何が気になったんだよ」
「誰との?」
「それは、恋人以外にいなくないか」
すると彼女は、
「なんだ」
がっかりしていた。
「どんな答えを期待していたんだ」
「関係ない。もう用はなくなったから」
元々冷たい目線で見られていたが、更に興味が無くなったのか、そそくさに病室から出ていこうとする彼女。
「待って」
なるべく死神とは長い時間を過ごしたくはなかったが、ここで帰らせたら一生会えない気がした。
「俺、普通に生きていけるの」
右手を部屋のドアに掛け、こちらを見ずに答えた。
「私が運命を変えてあげた。ただの勘違いだったけれど」
「ありがとう、助けてくれて」
ただ、この言葉を伝えてあげたかった。死神だろうと何だろうと、彼女の目の奥に闇が見えた。死にそうになった俺なんかよりも、哀れだった。
「助けてない。運が良かったと思って」
彼女は、病室を去った。
少し薄暗かった部屋に、太陽の光が差し込み、オレンジ色の柔らかい雰囲気に包まれた。
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