そして、ピリオドを。

モナ

第1話 昔話

 子どもが多く集まるこの街の公園。国の中で西に位置することから『ウエストタウン』と呼ばれている。


 他の公園に比べて子どもが多く集まるには理由がある。

 

 今日も公園のベンチで、老婆は重い腰を下ろしていた。老婆はいつも、公園に来る子どもたちにお話をする。童話じゃない、誰かの作った話ではない、彼女だけが知る話に子どもたちは魅了され、大人は物語の出来に感銘を受けている。


「おばあさん。あの話聞かせてよ」


そう言って、やって来たのは冬だというのに、野球帽をかぶり、薄着を着ている少年。今日は天気が悪く、公園に遊びに来る子どもはいなかった。


「雨が降り出す前にお帰り」


 今日ばかりは、老婆も長々とお話を聞かせる気にはならなかった。雨が降りそうで、少年を早く家に帰してやらないとと思ったのだろう。

「まだあの話聞いてないんだ。一番新しいお話。みんな知ってるのに、僕だけ知らないんだ」

「そりゃ話してやらんとな。今日は天気が悪い、簡単だが話してやろう」


老婆は少年に、ある昔話を始めた。



「これはもう何百年と前の話、


___________________________________



 このウェストタウンには、貴族がたくさん住んでいた。いつしか街は『貴族の住む街』と呼ばれ、憧れの場所として有名だった。


 『ボナ』という少女は16歳という若さで、多くの男から結婚を申し込まれていた。


 彼女は美しく、賢く、優しい心を持った、貴族の一人娘。家柄も街で知らない人がいないほどの良家。

 街の男は皆、彼女に恋い焦がれ、女は彼女を妬んでいた。非の打ち所がない彼女がうらやましくて仕方が無かったのであろう。


 しかし、ボナは簡単に心を開かなかった。どんな紳士であっても、どんなにお金持ちの者でも、気を引くことは出来ない、2人の青年を除いて。


 幼い頃からボナと共に育った青年。唯一彼女が心を開く友人であり、3人には特別な絆が存在した。


 『イ・テヒョン』、ワインを製造する会社の長男。絵に描いたような美男で、見る人を惹きつける独特な雰囲気があった。

 

 『キム・ソヌ』、爽やかで、教養のある良家の息子。昔から続く大手銀行会社社長の孫。将来が必ず約束されいた。


 ボナ、テヒョン、ソヌ。3人はいつも一緒に行動し、街で楽しく暮らしていた。貴族が多いこの街では、庶民は窮屈な生活を強いられていた。貴族たちは、庶民に傲慢ごうまんな態度で接していた。


 だが、ボナたちは庶民の人々と常に会話を楽しみ、仲良くしていた。


賢く、誰にでも分け隔てなく優しい彼女を、2人は好かないわけがなかった。

 

  ――テヒョンもソヌも、密かに恋心を抱いていたのだ。

 

 一方ボナは、結婚には興味が湧かず、誰の申し出も断っていたのには理由があった。彼女には好いている人がいたのだ。

 目線をいつも奪っていたのは、テヒョンだった。


 歳を取るにつれ、テヒョンとボナは互いの気持ちを認め合った。そんな2人をいつも遠くからソヌは、見守っていたのだ。自分の気持ちを心のどこかに隠しながら。


 貴族同士の恋愛に両家は前向きな考えをもっていた。2人は結ばれる、誰もがそう思っていた矢先、ある出来事が2人の仲を裂いたのだ。


 ――――テヒョンの家の会社が倒産。


 ライバル会社が破格の値段でワインを提供、また他の大手会社と手を組むことによって、差別化を図り、テヒョンの会社は赤字に。急激に倒産まで追い込まれていった彼は、貴族から庶民へと成り下がった。


 ボナの両親は、庶民との結婚を到底許すはずもなく、2人の恋仲に反対し始めた。


 しかし、2人は両親の思いとは裏腹に、深くこれまで以上に愛し合った。そんなボナとテヒョンを引き剥がすため、両親は彼女の結婚相手を探し始めた。望まぬ結婚を強いられ、これまでのようにそれを拒むことさえも許されなくなった。


 そこでボナは屋敷を抜け出し、テヒョンと駆け落ちを試みた。しかし、母親は何度も彼女を連れ戻した。いつしか、ボナの両親はテヒョンが邪魔な存在となり、どんな方法を使ってでも、街から追い出そうとした。


 ある日、両親はボナを部屋から連れ出し、テヒョンと会うことを許した。

 不思議に思いながらも、彼女は堂々と会えることを素直に喜び、テヒョンの元へと走って行った。


 しかし、彼女に突きつけられた現実は残酷なものだった。


 テヒョンは国のために、兵士としてこの街を去ることになったのだ。必死に彼を止めるも、テヒョンは彼女をなだめた。


 「国のために、戦うよ。無事に帰ってきたら必ず2人で幸せに暮らそう。君のご両  親が約束してくれたんだ」

 ボナの両親は、戦から無事に帰ってこれば、2人の恋仲を認めるとテヒョンに約束していたのだ。


 「必ず帰る」


そう言うと、彼は1度も振り向かず街を去って行った。


 それから彼女は、彼が帰ってくるのをずっと待っていた。毎日、同じ場所に座って、彼が去って行った道を眺めていた。



 数ヶ月と時間が経ち、段々と街の男たちが帰ってきていた。しかし、彼女が望む彼は一向に姿を現さなかった。

 戦争は終わり、街では兵士たちを歓迎するお祝いムード。けれど、彼女はいつまでも浮かない表情。


 「ボナ」


 そんな彼女を隣で支えたのはソヌだった。もう誰もがわかっていた、テヒョンは帰ってこないと。テヒョンが街を去ってすぐに、彼の家族も姿を消していた。


 「必ず帰る」


 その約束だけを希望にして、待ち続けた。彼は絶対に約束を守ると知っていたから。街の人は、帰ってこない恋人を待ち続ける彼女を哀れんだ。


 テヒョンを思い、涙を流す彼女をこれ以上見ることが出来なかったのは、一番近くで2人を見守っていたソヌだった。

 好きな人の不幸を見続けることができなかった。誰よりも優しく、誰よりも人の感情に敏感なソヌは、一番辛い立場だっただろう。



 そんなソヌの前に、顔もよく見えない気味の悪い男が現れたのは、テヒョンがいなくなって1年経った頃。男は自らを『死を導く者』と名乗った。ボナを深く愛していたソヌは、その男に願いを言った。


 「2人の約束を果たして欲しい。苦しむのは自分だけで良い」


 男は、ソヌの命と引き換えに望みを叶えることにした。こうしてソヌは、人知れず姿を消した。

 次に男が訪れたのは、いつもの場所でテヒョンを待っていたボナの場所。悲しみで、元気のないボナに男は言った。


 「ある人間の願いで、お前の願いを叶えることにした。代償は払われた、お前の望みを叶えよう。いつか望みは叶うだろう」


彼女は、男から『不老不死』の身体を手に入れた。


 それから、彼女は今も、この世界のどこかで待人を待ち続けているらしい。


_____________________________________



 「おしまい」


老婆は少年に物語を伝えた。



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