3.

 それからしばらくしたある日のこと、わたしはロット君と喧嘩をした。

 お父さんが開いている教室に行ってきたという彼は、わたしをその教室に一緒に行ってみないかと誘ってきたのだ。


 その時のわたしはまだまだ他の子供たちが怖くて、ロット君の言葉に頑として首を縦に振ろうとしなかった。

 なかなかあきらめてくれないロット君がお母さんのことに触れた瞬間、思わずわたしはカッとなってお友だちにここでの出来事を話したことを責めてしまった。


 そこから先は売り言葉に買い言葉で、気づけばわたしはロット君の頬を叩いてしまっていた。

 叩かれた頬を押さえながら悲しそうにしてるロット君に背を向けると、わたしは泣きながら森を後にした。

 走って、走って、家に帰ったわたしは部屋に閉じこもって、ずっとわんわんと泣き続けた。


 一人きりの部屋で布団をかぶりながら、わたしは森での出来事を思い返していた。

 馬鹿はわたしのほうだ。ロット君に悪気がないことなんて、本当は最初からわかっている。


 ロット君はただ、わたしを心配してみんなに会わせようとしてくれただけなのだ。

 それなのにわたしは自分のことばっかり考えて、ひどいことをたくさん言って、叩いて。

 色んなことを話してくれて、これまでいっぱいわたしを励ましてくれたロット君に、どうしてわたしはあんなことを言ってしまったんだろう。


 ロット君はわたしがごめんなさいと謝ったら、ちゃんと許してくれるのだろうか。

 もしこのまま仲直りができなくて、もう二度とロット君とお話ができなくなってしまったら。そう思うと、胸の奥がつぶれてしまいそうになるぐらいに痛くて、苦しくてたまらなかった。


 明日になったら、ロット君にきちんと謝ろう。

 もしかすると、もう口を聞いてもらえないかもしれない。それでも、ロット君と喧嘩したままでいるのは絶対に嫌だった。


 それと同時に、わたしは変わりたいと思った。

 みんなから逃げて回って、お母さんの背中に隠れてばかりいる泣き虫のわたしじゃなくて、みんなとちゃんと向きあうことができるようなわたしになりたいと強く願った。


 思えばそれは、わたしが最初に強くなりたいと願ったきっかけなのかもしれない。


 次の日の朝、わたしは朝早くに家を出て森へと向かった。誰もいない泉のほとりで、わたしはロット君がやって来るのを待つ。

 ロット君はなかなか現れなかった。お家に行ってみようと思いつつも、入れ違いになってしまうことを考えるとなかなか足が動かない。不安と後悔でにじみそうになる涙をぐっと我慢しながら、わたしはその場で待ち続けた。


 そうして、どれくらいの間待ち続けていただろう。

 太陽が真上にのぼりはじめた頃、ようやくロット君は姿を現した。

 わたしたちはお互いのことをしばらく見つめあって――意を決してかけた言葉の意味と瞬間は、ほとんど同じだった。

 わたしとロット君はきょとんとした後でもう一度二人で謝って、わたしたちの仲直りはあっけないくらい簡単に終わった。


 緊張が解けたせいなのか、わたしのお腹がきゅうと鳴った。

 朝から何も食べていなかったことを思いだして顔を真っ赤にしていると、ロット君は笑いながら手に持っていた包みの中身を取りだす。

 まだほんのりと温かい焼き菓子をロット君から渡されたわたしは、バターのいい匂いに誘われてそれを一口食べてみた。すると、口の中でほろりと崩れたお菓子の生地から、優しい蜂蜜の甘みがいっぱいに広がっていく。


 ――おいしい。とても、おいしい。

 あれだけ何を食べても味がしなかったのに、ロット君のくれたそのお菓子はなぜだかとても、とてもおいしくて。それがうれしくて、ほっとして。

 それまで押さえていた気持ちが次々とあふれだしてきて、涙に変わってぽろぽろとこぼれ落ちていく。


 目を丸くしてあわてた様子のロット君に、わたしはただ泣きじゃくるばかりで理由もお礼も言うことができなかった。

 それなのにロット君は、いつものように優しく笑うとわたしが泣き止むまでずっと、ずっとそばにいてくれた。

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