247. スポーツは世界を救うか

 田植えが終われば、梅雨が来る。

 そう、じめじめ~と鬱陶しいイヤーンな時期だ。ナンタラ降水帯だのゲリラ豪雨だの、どうでもいい前世知識がわいてくるが今は関係ない。というか使い道がない。ファンタジーの国オワリにも不可能はあるのだ。

 隠居する前は陳情やら被害状況の報告やらで、てんやわんやだった。

 連日の雨は山崩れや川の増水など、色々な問題をつれてくる。測量士を専門職に設定して、そういうのを得意な奴にやらせるのはどうだろう。測量が丁寧で正確であれば、そこから先の作業がやりやすくなると思うんだよな。

 ダム建設は想像以上に大変だった、マジで。

 河内国にある狭山池はおそらく、日ノ本最古のダム式ため池であろうと言われて驚いたものだ。古事記に書かれているので、飛鳥時代に造られたと思われる。最近の話では重源上人という坊主が補強修復したと伝わる。重源上人といえば東大寺の大仏殿。せっかく再建してくれたのに爆弾正がファイアーして、今は見る影もない。

 どんなに素晴らしいものも、壊れるのは一瞬だ。世知辛い。

 狭山池というお手本があったおかげで、木曽川にダムを造ることができた。西信濃にもダム建設の計画は進んでいるが、実現にはまだまだ時間がかかりそうだ。

「完成までに何年かかったかな」

「計画から数えるなら十年以上経っていますね」

「そんなにか」

 まだ試験運用段階だが、雨が降らないと水が貯められない。

 戦バカどもは、これを水攻めに使えると考えているらしい。川の流れを常時堰き止めているわけだから、しかるべき時に破壊すればいいと。

 いや、壊しちゃだめだろ! 建設費いくらかかったと思ってるんだ。

 と、俺がツッコむ前に鬼が出た。

 あれはもう、思い出すだけで震えがくる。藪をつつけば出てくる蛇より恐ろしい何かだった。その話が出たのは定例会議で、秀吉サルの弟・秀長も勘定方として出席していたのだ。手先が器用で計算も早く、算盤導入時に助っ人アルバイトとして使い始めて早十年。その働きぶりを認めた貞勝が、後任として推薦してから数年。

 勘定方の鬼奉行として名を知られるようになった。

 長年の睡眠不足で目は落ち窪んで、でかいクマが二つ。滅多に部屋から出ないせいで肌は青白く、食事と運動をおざなりにしすぎて激ヤセ。巻物を持って歩く姿は、昼間でも幽鬼と見間違えられる。

 秀吉も大概に仕事人間だが、弟はその上を行くワーカーホリックだった。

 過労死したら俺のせい、だよな? 豊臣政権まで生きていてくれないと困るんだが。勘定方が過酷すぎて配属希望者がいなくて、後任も育たない。頭の痛い話だ。同じく人気のない環境整備インフラ事業も人手不足で悩んでいる。

 仕方ないので木下家や、その親族たちにお願いすることになった。

 結果として秀吉の一族まるごと重用する形になり、家臣たちの反感を買っている。主に騒いでいるのは光秀だが。織田家は身分出自を問わない実力主義だと、何度言っても理解してくれない。俺の前では物分かりの良い顔をするのが厄介だ。

 裏切りゲージは着実に上昇している気がするぞ。

「ダム湖は水軍の調練にも使えるので、もっと増やしてもいいですよ。川のように流れが急でなく、海のように荒れる心配もなく、見つかりにくいのがいいです」

 にこにこ笑顔で言う信忠。

 奴がダム建設候補地に挙げるところは大抵、軍事的重要地点である。平時であれば国人衆に恩を売れるし、戦時になれば脅しになる。現代のダムに比べれば規模は小さく、溜め池を大きくしたようなものだ。それでも、ないよりはいい。

 軍事利用したくないというのは、俺のわがままでしかない。

 織田領の外はまだまだ荒れている。平穏な老後生活を満喫するのはまだ早い。

「親父殿、川の流れをいじって平野が増えただろ? そこでサッカーできねえかな」

 信雄の脳内はサッカーしかないらしい。

 ここのところの雨続きでチーム練習できず、こうして安土城でゴロゴロしている。俺が呼んだのは信忠だけだったんだが。

「でかい図体で転がるな。秋祭りの会場候補なら考えてある。関ケ原だ」 

「へ?」

「周辺の地形差を利用し、横長の櫓を複数設営すれば観客席も増やせるだろう。東山道の整えられた道を歩いてくれば、街道整備の重要性を分かってくれると思う」

「輸送時間の短縮は急務ですからね」

 わかります、と頷く信孝。

 兄の補佐として動きつつ、水軍ではなく水運強化を訴えているらしい。

 海産物は鮮度が命。冷凍保存技術は夢のまた夢だ。生鮮食品だって山を越え谷を越えるよりも、海や川を使った方が早かったりする。

 特に昆布や芋は、船がないと運べないからなあ。いずれ家康がもらうであろう征夷大将軍の位も、昔の東北地方へ攻め込む役職だったという。北海道はまだ未知の世界だ。確か先住民がいるんだよな。なんとか上手く交渉して、美味い昆布を譲ってもらいたい。

(せっかく隠居したんだし、こっそり船で)

「ダメです」

「何がダメだというんだ、信忠」

 すっとぼける前当主、にっこり微笑む現当主。

「東北勢は少しずつ切り崩しておりますので、上杉との決着がつくまでお待ちください」

「決着て」

「勝てない戦はしない。それが織田の流儀です」

「いや、まあ」

 俺が言い出したことなんだが、信忠が言うと家訓みたいに聞こえるな。

 まだ家督を継いで間もないというのに、堂々とした振る舞いから既に仕込みが済んでいるのかと思わせる。さすがは出木杉君。

「って、お前に任せたのは上杉じゃなくて武田だぞ。後背を突かれることになったらどうする」

「そのために今川を動かすつもりなのでしょう? 父上が宋誾殿を頼ったことを聞いた三河守が、何もしないでいるとは思えませんけど」

「あいつはそれどころじゃないだろ。色々と忙しいんだから」

「そーゆー問題じゃないんだなあ、これが」

 信雄がニヤニヤ笑い、信孝がウンウンと頷いている。

 本当にこいつら生意気に育ったな。娘たちは可愛いままなのに。

 ちなみに「三河守」は家康のことだ。正式に朝廷から認められた官位であり、俺も尾張守を名乗ることを認められている。ついつい上総介を名乗っちゃうが、今は右大将で権大納言だ。肩書が多すぎて大変だなー、俺。おかげで公家や寺社の知行地も手入れできるようになったので、文句は言えない。朝廷の権力様様である。

「母上から聞いたのですが、大会に褒賞を用意するとか?」

「身内だけなら優勝するだけでも栄誉になるが、今川や上杉も参戦することになったからな。どこが優勝しても喜んでくれる褒賞を考えている」

「へー、そうなると徳川チームも参加表明してきたりしてなー」

「ありそうですね」

「おいおい、参加チームの上限は決めておけよ? あまりでかくすると警備に負担がかかるし、観客が入りきらなくなるだろ」

 公家の蹴鞠大会と違って、誰でも観戦できるようにしたいのだ。

 娯楽の少ない時代だからこそ、祭りと呼べるものに身分制限したくない。サッカーがやりたいなら、自分たちで企画すればいい。

 という話をすると、信雄はひょいと肩をすくめた。

 織田家中でも誰がスタメン入りするかで揉めているらしい。雨続きで試合ができず、ならば武術で……と木刀を持ち出す始末。娯楽って大事だよな。サッカー以外のスポーツで盛り上がれそうなやつといえば、なんだろう。野球はサッカーよりも設備関係が面倒そうだし、バレーやバスケなら何とかなるか? 相撲や人間将棋も人気があるし、戦国時代ならではのスポーツを考えてみよう。

 その時、ばたばたと慌ただしい足音が近づいてきた。

「上様!」

「蘭丸か。何事だ」

「はっ、明智殿より急使です! 石山本願寺が雑賀衆の襲撃を受けた由、本願寺に援軍を出す許可を求めておられますっ」

「信忠」

「……すぐに調べてまいります。三七は坂本城へ向かえ」

「はいっ」

 息子二人が慌ただしく出て行く。

 俺が見送っていると、ぺしりと尻を叩かれた。痛くはないが、なんで尻を叩いたのか。じろりと睨んだ俺に怯むことなく、信雄はだるそうに言う。

「ほらなー、だから雑賀衆ヤッておけばよかったんだってー」

 こいつらにとって、雑賀衆は敵だ。

 俺を狙ったとされる二度の狙撃は、雑賀衆の仕業だと考えているからだ。雑賀衆と直接的な関わりはないものの、雑賀衆のライバル的存在である傭兵団根来衆を雇っている。伊賀甲賀の問題にも度々介入していることから、強い警戒心を抱いているようだ。

 雑賀衆は「紀州惣国」だという。

 紀伊半島に分布する村の集合体なので、組織形態としては伊賀甲賀と似ているか。種子島に鉄砲伝来して以降、大量の鉄砲で武装したことで鉄砲主体の傭兵団として知られるようになった。遡れば三好三人衆の援軍として参戦したことがあるし、紀伊国の畠山氏に雇われて近畿地方の各地を転戦していたようだ。

織田家うちが近畿地方に手を出し始めた頃と、ちょうど重なるんだよなあ)

 だから因縁の相手だと言われれば否定できない。

 謙信と違って正面切って喧嘩売ってこない辺りが、信雄たちの癪に障るのだろう。本能寺の変で織田信長が死んだから織田家は終わったと後世に伝わるが、それは違うと思う。現当主である信忠も死んでしまったから、重臣たちによる後継者争いが起きてしまった。

 跡継ぎ問題で家中が二分するのは、よくある話だ。

 しかし俺は、秀吉推しで進めている。じわじわと広めていけば、それが周知の事実として定着するだろう。西国平定という大きな功績をあげることも前提だが。

 とはいえ、秀吉以外にも功績をあげるチャンスを与えなければならない。

 長秀を含めた側近たちは相変わらずの仕事量だからいいとして、今回は光秀か。浅井・朝倉との戦いが変わったように、石山合戦も大きく変わってしまったようだ。

 俺にとって、顕如はダチだ。助けない理由はない。

「信雄、サルに今回のことを知らせろ」

「へ?」

「私が行ってまいります!」

「蘭丸?」

 お任せくださーい、と叫びながら走り去った。

 小姓は主君の傍に仕えるものであって、伝令は伝令役に任せるべきなんだが。目が合った信雄は処置なしと言いたげに首を振った。そうか、紅顔の美少年にはバーサーカーの血が流れている。止めても無駄だったな。

「なあなあ、親父殿は毛利の介入を警戒してるのか?」

「どこまで本気でやるかは分からんがな」

 輝元の考えが読めないんだよなあ。

 毛利元就の孫自慢を何度か聞かされてきたし、本人と文を交わしたこともある。学ぶことに熱心で、周りの言葉もよく聞く。祖父によく懐いていて、随分と可愛がられていたようだ。義昭が将軍位につくための上洛要請には応えなかったが、追放後の亡命先としては受け入れた。

 反信長派としての姿勢は、義昭の要請によるものとしている。

 一時的な協力関係にはあったが、同盟を結んでいたわけじゃない。状況が変わったといえばそうなのだろう。だが、それだけだろうか。

 西国平定が引き金になった、とも考えられる。

(可能性は気づいていた。それでも俺は、直家の期待を裏切れなかった)

「なあなあ、親父殿」

「なんだ」

「毛利も誘おうぜ、サッカー」

「……あのな、増やし過ぎると大変だって」

「褒賞次第でどうにかできると思うんだよなあ。あっちの望むものが何かわかんねーけど」

「信雄」

「妙案だろ? どーしても戦いたいなら相手するだけだしさ」

 誘ったところで、応じるかどうかは分からない。

 サッカーの普及率は未知数なのだ。蹴鞠大会も開催する予定なので、そっちでの参加も受け付けていると話してみるか。いずれ開戦するであろう上杉も参加表明しているのだ。毛利家の参戦枠を却下する理由もない。

 もし、それで戦が避けられるなら――。

 本当は戦いたくない。戦なんて損ばかりだ。そういう気持ちを、ひょんなところで肯定された気がした。それも、元服した息子たちの中では一番脳筋だと思っていた信雄に。

「わっ。き、急になんだよ」

 寝転んだままの息子に手を伸ばし、わしゃわしゃと頭を撫でる。

 驚いて目を丸くしたものの、俺にされるがままだ。

「なんとなくだ」

「もう小さい子供じゃないんだからさぁ。こーゆーのは於次たちにしてやれよ」

「親から見れば、いくつになっても子供は子供だ」

「それいいな! お雪に子が生まれたら言ってみたい」

「おう、早く孫の顔を見せてくれ。男でも女でも絶対可愛い」

「わかる。小さい弟も小さい妹もすげー可愛い! あー、なんか会いたくなってきたから岐阜に帰るわ!」

 ぱっと跳ね起きたかと思えば、もう部屋の外にいる。体操選手みたいな動きだ。

「お前の所領は伊勢だろうが! 嫁を放ってウロウロしてるから子に恵まれないんだぞ」

「知らね。兄者の子が生まれるまで待つって決めてんの」

「聞いてないぞ、そんな話!」

「あー言ってなかったっけ? たぶん三七もそうだぜ」

「はああぁ!?」

 ということは、信忠の子が初孫ということになるのか。

 信忠が生まれるまで何年もかかったし、熱田神宮への参拝を勧めておくか。信忠が多忙を極めているのは俺のせいでもある。

 平穏な隠居生活のため、反織田勢力を何とか……できればいいなあ。





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蹴鞠大会もやるけど、サッカーのがルールはゆるい

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