246. エゴマーク

すみません、予約が明日になっていました…!

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 慶次は安土城に二日ほど過ごした後、越後へ戻っていった。

 ふと思う。あいつに「帰る場所」はあるのだろうか。前田の家は事実上の絶縁状態で、分家独立した利家のところには初恋の君がいる。転がり込む先はいくらでもあると言うが、居候は居候だ。浮雲か根無し草のような生き方は、俺が勧めたようなものだ。

 俺が思う前田慶次イメージを押し付けた。

 それこそ織田家当主としての権力を使えば、どうとでもできたのだ。あいつを顔を隠さないスパイ、公儀隠密に仕立てたのは他でもない俺だ。乱世においては戦功を積み上げるのが、真っ当な武士の生き様である。

 まともな戦歴のない慶次をバカにする若武者も少なくない。

 信忠をはじめとする我が子らは、慶次を「仲間」として扱う。悪ガキどもの暗躍に関わってきたからだろう。俺が与えてやれなかった「居場所」を、次代で見つけられたらと思う。

「まあ、これもエゴだな」

「ろご、ではないの?」

 怪訝そうに問われ、現実に戻る。

 春色の衣を纏った帰蝶は、さながら春の女神だ。そろそろ孫がいてもおかしくない年頃だというのに若々しく、凛とした佇まいは気品さえ漂う。そんな彼女に敬意をこめて「安土殿」と、城仕えの者たちが呼ぶようになった。

 天守閣に鎮座する菩薩像は、帰蝶がモデルとなっていることも周知の事実だ。

 織田信長と帰蝶は死ぬまでラブラブだったと、後世まで伝わることだろう。はっはっは。……いや、本能寺で終わる気はないからな? まだ孫の顔も見てないし!

「あなた?」

「ああ、悪い。エゴってのは……そうだなあ。自分勝手な思いとか、独りよがりな考えとか。かくあるべきっていう己の気持ち、かな」

「ろごは?」

「ロゴマークといって、イメージ……頭の中に思い描くものを分かりやすく見える形にアレンジ、作り変えたやつ。旗印や家紋なんかもそうだな」

「そう」

 帰蝶は手元の布に、視線を落とした。

 それはようやく仕上がったユニフォームだ。信雄が「カッコイイ専用装束」を作ってほしいとねだるので、記憶を手繰り寄せて似たようなものを作ってみた。といっても裁縫が得意じゃないから、そりゃもう苦労した。

 漢数字のゼッケンだけだと物足りなくてさ。

 野球チームのロゴを真似して、それっぽい刺繍を入れたらどうかと思いついてしまったのだ。奥様戦隊は岐阜城にいるし、できるだけ詳細なイメージがないと上手く伝わらない。なんとなくで農具改良する時代は終わったのだ。

 当主としての政務を信忠に移譲したこともあって、ぶっちゃけ暇だった。

 が、慣れないことはやるもんじゃない。

 ユニフォームは袖の短い筒袖と膝丈の短袴だ。ロゴと番号入りゼッケンは前後左右を紐で結ぶ形で、筒袖の上から装着する。貫頭衣をユニフォームにする案もあったんだが、袴を履くなら同じだろうっていうことでゼッケンになった。

 チームごとに色を揃えてゼッケンをつける。

 帰蝶が見ているのは、その一式だ。ゴールキーパーだけ違う色を纏うが、十人も揃えば結構見栄えすると思っている。試合になれば22人が平原コートを走り回るのだ。でかでかと漢数字を刺繍したゼッケンが目印になる。

 ほっそりとした指が、刺繍を撫でた。

 ガタガタでボコボコのひどい仕上がりだが、遠目でなんとか「それっぽく」見えなくもなくもないと思っている。これはあくまでサンプルだ。選手たちに渡すゼッケンは、手仕事が得意な者たちに任せる。適材適所だ文句あるか。

「織田は法空す、よね?」

「そうそう、織田ホークス。で、今川イーグルス。……それと上杉モンキーズ」

「もんきーす?」

「う、うん」

 だって軒猿だから。

 毘沙門天は四天王の一角として多聞天だから、タモンズも考えた。

 上杉じゃなくて長尾の方がいいかとか、悩むところは多い。そもそも謙信がどこまで本気でサッカー大会に参加したがっているのかが読めない。戦上手の戦好きの軍神様が、俺と本気でやりたいって言うのは分かる。分かりたくないが、遠からず戦うことになるのは知っている。

「上杉も参戦するの?」

「やりたいって言っているらしい。総責任者を任せている信雄が「良い」と言っている以上、俺も反対できなくてな」

「上杉との戦を避けられる可能性はあるのかしら」

「難しいな。乱世において、強さこそ正義と考えているやつは多い。謙信が納得しても、家臣たちが納得しねえよ。越中を落として、加賀に手を伸ばしてくる。謙信にとって、浄土真宗は因縁の相手だからな」

 俺としては、加賀国を戦火に巻き込みたくない。

 あの土地の者たちは、ようやっと長い冬を超えたのだ。掴みかけた平穏が、泡沫の夢だなんて思わせたくない。だが手取川の戦いは必ず起きるだろう。

 家康が三方ヶ原で、信玄に大敗したように。

「戦になると分かっているのなら、やれることはある」

「お濃」

「あなたなら、そう言うわ。戦は開戦までの準備で結果が変わるもの。家督を譲った今だからこそ、選べる道もあるのではないかしら」

 不出来な刺繍を撫でながら、彼女は微笑む。

 帰蝶に、前世の話はしていない。信忠や慶次が話すとも思えない。信純だって詳しい話までは聞いていないだろう。でも、何故だろう。俺の嫁は何でも知っているような気がする。

 手取川の戦いの詳細は覚えていない。だが、起きるということは分かっている。

 上杉軍を相手取ることになるのは、加賀国を任せている利家だ。

(前田軍に誰の援軍を向かわせたか、だが)

 まず勝家は間違いない。他に何人か思い浮かぶが、間に合うかどうか。

 事前準備は確かに重要だが、敵に悟られては意味がない。能登の動きにも気を配っておかなければならない。挟み撃ちされれば敗北必至。あちらも上杉家の侵攻を警戒しているとなれば、手を組むこともできるかもしれない。

(ん? そういえば、神保が誰かとダチになったとか言ってたな……)

 正直言って、神保何某には全く期待していなかった。

 織田家の縁戚にはロクなのがいないからだ。

 慶次と共に旅をして、いい感じに変わったのかもしれない。いっそのこと、越中国を神保に任せてしまうか。わざと上杉に取らせて、戦の時期をずらす。北条に後背を突いてもらうことができればいいが、そこはあまり期待しないでおこう。

 そこまで考えて、苦い思いが胸を重くする。

 上杉との戦に、慶次が出てこないわけがないのだ。友誼を結んだ相手にも、笑って朱槍を向けるだろう。そういう割り切り方は武士らしいと思う。せめて、ちゃんと武功を讃えてやらねば。さんざん便利屋扱いしてきて、今更と言われそうだが。

「そういえば、大会の褒賞はどういうものにするの? 上杉殿も参戦するというのなら、戦の功労褒賞のようにはいかないでしょう」

「あー、褒賞な。褒賞…………それ、だ!!」

 閃いた。

 とんでもなく妙案が閃いてしまったぞ。


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 ゼッケン作成は想像以上にしんどかったので、絵で説明することにした。

 あとは何とかしてくれるだろう。ファンタジーの国オワリの住民たちなら大丈夫だ。秋までに間に合えばいいので、時間的余裕はたっぷりある。

 謙信についても、年内中の開戦はないと見込んでいる。

 織田領と上杉領は離れているからだ。

 おそらくは、今から始まる戦がすべて前哨戦となる。軍神のカリスマで神速の進撃を重ねても、越中併呑で今年が終わる。北陸の冬は長い。かのナポレオンも冬将軍に負けたのだ。越後の者は寒さに強いかもしれないが、雪の中の行軍まで神速を貫けまい。無理を押しても兵糧が尽きるか、体力が尽きるかして全滅する。

 だからサッカー大会に参加したいなどと言ってきたのだろう。

「利家には無茶ぶりばかりしている気がするな」

「馬鹿犬に心配は無用ですよ。どうせ村の復興と同じくらいに考えて、せっせと走り回っているに違いないんです」

 つまらなさそうに成政が言うので反論したかったが、無理だった。

 一国の主になっても変わらんのか、奴は。変わらんのだろうな。内政が得意な人材を何人か派遣してやろう。勝家が派手に粛清してくれたおかげで、あっちも深刻な人材不足だ。慶次に頼んで、上杉からスカウトしてもらうか? いや、やめておこう。謙信に恨まれたくない。

「畿内はようやっと落ち着いてきたが、西国の様子はどうだ?」

「よくないですね。一気に軍を展開してやれば早く片付きそうですが」

「後始末が面倒」

「なので、じっくりやるそうですよ。ああ、こちらが銀山の産出状況です。福面の売り上げも好調ですよ」

「銀山の採掘権で、毛利家が文句言ってきてないのか?」

「こちらで精製した銀の一部を渡したら大人しくなりました」

 苦労せずに銀が手に入るなら、ってことか。

 甲州金のことがあって金山ばかり気にしていたが、良質な銀が産出できる石見銀山は思わぬ拾い物だった。こっそり掘っていたのが毛利家にバレてからは、堂々と鉱脈を掘り進めている。ここで得たノウハウを織田領各地にある鉱山で活かしている。

 今や防塵マスクとゴーグルは必需品だ。

 さすがに重機の開発はできないが、今のやり方がいいのだと思う。やりすぎて今川家に目をつけられたように、海の向こうの大国が襲ってきたら困る。あっという間に植民地だ。それだけは絶対に避けなければならない。

(宣教師どもには、ほどほどに情報を流しているが……安心はできない)

 欧州までの片道時間がとんでもなく長いのは、いいことなのか悪いことなのか。

 時間を稼げていると思いたい。が、いつかは黒船がやってくるのだ。時期が早まると俺の計画も狂う。今あるワインとパンは宣教師たちへの貢ぎ物になりそうだ。

「話は変わりますが」

「んー?」

「いつになったら吹っ飛ばすんです、爆弾正」

「ぶほっ」

 むせた。

 成政のブラックジョークかと思いきや、他の奴らも全く笑っていない。爆弾正こと松永久秀に対するマイナス感情が危険水域になっているようだ。まずいな。

「あれはあれで役目を果たしているだけだ。半介と同じようにな」

「俺は奴のことも気に入りませんがね」

 ケッと吐き捨てる成政。

 一本気な性格だから信盛とは相性がよろしくない。それでも側近として何とかやってこれたのは、米五郎左こと長秀がいてくれたからだ。ちなみに今は丹波の黒豆を開発中である。豆類はいい。栄養たっぷりで長期保存可能。種子なので、土に埋めて水を与えれば発芽して殖やせる。

「佐久間の者が性根の曲がったやつばかりじゃないってのは、知ってるんで」

「久六のことか」

 勝家を動かせば謙信が反応しそうなので、まずは盛次を動かした。

 あいつも加賀平定の功労者だ。佐久間一族は土木と鍛冶に強みがあるので、加賀国内の復興作業に従事する建前が使える。開墾ついでに都市開発しちゃうのもいいな。街道整備も水路設備も、点と線を繋ぐ意味では同じだ。

「……信長様。加賀が戦火に巻き込まれる可能性があると」

「軍神が遊びたがっているそうだ」

「それ、俺も参加してもいいですかね。ダメと言われても参加しますが」

「犬と相談してこい」

「分かりました」

 成政が頷き、退室していく。

「いいなあ」

「どうした、蘭丸」

「ぼくも参加したいのに、兄上がまだ早いからダメって言うんです」

 それは意外だ。

 森家は戦闘狂の一族である。信忠の側近となった長可は、蘭丸の年頃には戦場に出ていた。森じいたちも止めなかったはずだが、蘭丸は違うということだろうか。小姓の身でも、主君に従軍する場合もある。つまり俺が出陣する時なのだが、その予定は当分ない。

「あーあ、ぼくも出たいなあ。蹴球大会」

「…………うん?」

 もしかして、もしかするのか成政よ。

 追いかけて問い質したかったが、俺は残された書類の処理で部屋から出られなかった。政務が減って暇だとか言ったな? あれは嘘だ。なんで仕事があるんだよ。俺は、隠居したんだぞ!





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チーム名考えたのがノブナガなので、きちんと発音できる人があんまりいない件

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