245. 軍神様は告らせたい
うわさの蹴鞠大会は、秋祭りの時期に決まった。
収穫祭でバカ騒ぎするのが定番となりつつあるので、俺が無礼講だと言えば大体通じる。便利な言葉だよな、無礼講。長い時間をかけただけあって、織田領内は身分格差がかなりゆるい。他国に比べて、という注釈付きだが。
芸と名の付くものなら何でも参加できる。
娯楽が少ない時代だからこその、ルール「何でもあり」だったのだが。今では武芸から絵画、大道芸に演舞に各種スポーツ、と随分カオスなことになった。織田の重鎮たちもコッソリ参加する一大イベントだ。本人に名を問う、呼びかけることは禁止。あくまで「そっくりさん」で通している。トルコアイス的な話をしたら、屋台パフォーマンスが始まった。
年末のかくし芸大会、好きだったなあ。
お祭り騒ぎは見るよりも、参加したかったっていうのもある。最初は、お忍び参加の織田家当主を護衛する目的だったらしいが、言い出しっぺが信盛だ。面白そうだから自分も参加したい、が本音だったろう。
敵方もコッソリ参加するほど楽しい祭り、それが秋の収穫祭だ。
もともと織田弾正忠家は神職の血筋らしいので、秋祭りを盛大にやることは間違っていない。神様には、その年で一番出来がいいものをお供えしている。八百万はいるといわれる日本の神々の誰が、俺をこの時代に転生させたのかは分からない。
輪廻転生で思い浮かぶのは仏教だが、浄土真宗では極楽行きなので転生しない。
神道において、死後の世界は幽世と呼ばれている。神様の一部が人として生まれ、肉体の死によって神様に戻る。縁づいた家の守り神になったり、子や孫の守護霊になったりするわけだ。先祖の霊が見守ってくれている、という考え方はここにあるのだと思う。
だが俺の場合、先祖どころか遠い子孫である。
願わくば、未来の俺が死後に織田家へ戻ってこれますように。また帰蝶に会えますように。愛する家族との幸せな時間を、終わらない祭りのように何度でも、何度でも。
毎年、しっかりみっちりねっとり祈っている。
そんな俺だから、毘沙門天の生まれ変わりを自称する上杉謙信はマジモンではないかと疑っていたりする。毘沙門天は大陸渡来の外様で、神様というよりも仏様だとかいうこまけーことはいいんだよ。謙信がリアルチートなのは疑いようもない事実だ。ステータスに偏りがあるのはまあ、当然といえば当然だろう。
完全無欠の元神様だったら、俺泣いちゃう。
「隠居したって聞いたが……あんた、一体何やってんだよ」
何って、DIYやってんだよ。いや裁縫は日曜大工じゃないな?
ゼッケンを縫い付けていた手を止め、庭先で呆けている顔を見やる。男子、三日会わざれば刮目して見よなんて言うが、成長期を過ぎてからは全く変わらない。無駄にでかくて、ふてぶてしい顔つきだ。
「久しぶりだなあ、慶次。元気そうで何よりだ」
「おかげさんで。あ、そうそう。浮気がバレて女房に逃げられたってマジ?」
「喜べ、貴様がその浮気相手だ」
「うげっ」
慶次はとんでもなく苦いものを口いっぱい詰め込まれた顔になった。
ケッケッケ、紛らわしい言い方をするからだ。
それにしても信純が俺の元を離れた話は、謙信の耳に届いてしまったか。もう少し隠していたかったが、上杉お抱えの軒猿衆は伊賀甲賀の上をいくらしい。武田の忍に入り込まれた反省から、全体的に鍛え直したと言っていたが侭ならぬものだ。
「何が何でも隠し通したかったわけじゃねえから、いいけどな」
「負け惜しみかい?」
「いや、担ぐ神輿を変えただけだ。問題ない」
「ふぅん」
永姫の後見役については、帰蝶からも直接頼み込んでくれたおかげで了承を得た。
尾張国内に居を移したのは事実だが、岐阜城にも足繫く通っていると聞く。そう! 愛しい末娘、永姫は美濃国にいるのだ! 俺の居城は近江安土城になったというのに! 式典が終わってから、帰蝶以外の家族全員が岐阜城に戻ってしまったのである。
針と糸を放り出し、畳に転がった。
「つらい……」
せっかく家族団らんの日々が送れると思ったのに。
幼い子供たちも安心して暮らせるように設計したのに。岐阜城に馴染みあるから、そっちの方がいいって! 信忠に仕える予定の子供たちもみんな、美濃国に戻ってしまったのだ。
現在、武家屋敷にはむさくるしい野郎どもしか残っていない。
織田家家臣一同、まさかの単身赴任状態。
俺には帰蝶がいるから、家族がいなくて寂しいなんて家臣たちの前で言えない。特に側近たちはまだ子供が小さいのに、こぞって岐阜城下で生活しているのだ。若殿に懐いていて離れたくないらしい、と恨めしそうに言われた。
「ああ、それでおまつ様もいないのか」
「ホッとしたか? 今、ホッとしただろ」
「いや別に」
やせ我慢しやがって。
こいつが未だに初恋を引きずっていることくらいお見通しだ。慶次の世間的評価は稀代の遊び人。人懐っこい笑顔で、コロッといく女は多い。見上げるようなでかい図体を怖がっていた者も、派手な衣装に警戒する者も、巧みな話術と柔らかな空気に呑まれ、気付いた頃には好感を抱くようになっている。
慶次に恋する女は多い。幼い頃の想いを一途に抱えているところがイイらしい。
織田家に仕える男たちは一途な奴らが多いかもな。
(とはいえ、隠居宣言した俺と共にいるのが側近を中心とした世代。次世代は信忠を慕っている、という理由で岐阜城に集まっている。奥様戦隊も)
順調だ。
俺は寝転がったまま、ほくそ笑む。家督を継ぐ前の俺がそうだったように、家族全員が同じ城で生活するとは限らない。若い世代が新しい当主につくと、周囲の目にも映ればいい。
あくまで織田家の中心は、美濃尾張。
それでも畿内の支配権に興味がないなんて、ただの建前程度に考えている者は少なくない。自分たちが野心まみれだからって、俺もそうだと思わないでほしい。心底迷惑だ。
「フテ寝しそうなところ悪いんだが、こっちの用件も聞いてくれよ」
「あー?」
「謙信様が宣戦布告したことは聞いてるだろ」
「おー」
「返事はまだかと、せっつかれてさ」
「なんて?」
今、頭が理解するのを拒否したぞ。
**********
ネタがネタなので、
知らせが飛んだのか、信雄・信孝も揃っている。こいつらが最近、安土城の地下で何やら密談しているっていう噂は本当かもしれない。仲が良いのはいいことだな、うん。
「お話は分かりました。返事が欲しいというのなら、さしあげたらいかがですか」
信孝の目が据わっている。こわい。
ノッブノブにしてやんよと目が語っている。こわい。
宣戦布告とは、今から貴様を襲います宣言である。我が兄・信広が戦巧者とするなら、謙信は誰もが認める軍神。そう、神なのだ。自称で神、他称も神。
しかも織田家としては、
ブチ切れたクロカンに説教されるまでもなく、相も変わらず織田家の周りは敵だらけだ。領地が増えた分だけ、敵の数も増えてしまった。仮想敵も含めれば、織田領以外はすべて敵といえるだろう。
まあ、なんておそろしい。
「……いや、返事て」
そんなの要るか?
攻めてきたらお相手するぞ。一応の備えは敷いてある。
手取川の戦いは有名だが、まっすぐに北美濃から侵攻してくる可能性もある。今の武田家は支配域をかなり減らしているので、信濃国人衆は上杉側へ転ぶかもしれない。土地開発で懐柔するにも限度があるからな。そこは仕方ない。誰もが家族や領民を守るために必死なのだ。
謙信はその場のノリや冗談で宣戦布告するタイプじゃない。
ここに至るまでに入念な仕込みをしてきたはずだ。下手をすれば、中部地方全体が戦火に巻き込まれる。それはどうしても避けたい。
「謙信様は、あんたに攻め込んできてほしいんだとさ」
「無理。こちらにメリットがない。織田と上杉がやり合っているうちに、東北勢が北条家と組んだら厄介なことになる未来しか見えん」
「そーだそーだ! サッカー大会どころじゃなくなるじゃねえか」
「三介兄上、サッカーで白黒つければ戦がなくなると言ってませんでしたか」
「戦る気満々の相手には、
ダメだこいつら。戦を回避する気がない。
「どうにかしてくれ信忠~」
「……難しいですね。時期が悪いと言いたいところですが、父上の本気が見たいと仰っていたそうですし」
「いつの話?」
「私が元服する前の話ですね」
「最近じゃねえか!!」
「あー、年取ると一年が早く感じるって言うアダッ」
年寄扱いするバカ息子にはハリセンの一撃を喰らわせる。
後頭部に命中させたはずなのに、何故か信雄は腹を抑えて蹲っていた。食べ過ぎかな。成長期を過ぎたんだから、今度は横に伸びるぞ。
「なるほど。父上の本気を見たいがために、周辺諸国を焚きつけたということですか。それなりに時間がかかったのは当然ですね。親織田派である限り、技術提供を受けられますから。一度でも味わってしまったら、昔のやり方には戻れませんよ」
信孝がフフフ笑いしている。
そんな麻薬みたいな言い方せんでも。
土地開発と一言で表しても、内容は多岐にわたる。内陸部は特に水の管理が切実だ。まずは治水・灌漑事業。それから街道整備と城下町の健全化と並行して、農地改良と避難所の設置。天災、自然災害は諦めるものじゃない。予兆さえ掴めば、被害を抑えられるのだ。
すべてをゼロにはできない。それでも対策しただけの結果は、必ず顕れる。
無駄なことを嘲笑う奴らが、悔しそうに顔を歪めるのを何度も見てきた。織田家のやり方を知っている者たちなら、こちらに寝返らせることも可能だ。
上杉との戦、勝算が全くないわけじゃない。
それも長期的に見れば、の話だ。緒戦に全て勝つことはできない。多くの者を失い、広い範囲が荒れ地に戻り、嘆きの声があちこちから聞こえてくることだろう。
「というか。戦を起こさないための
「あいつか? 大将が目をつけてる奴と無事に仲良くなったぜ。まあ、でもホラ……俺たちが客分扱いで居座っていることを好く思わないのもいるわけよ」
「上杉の家臣たち?」
「いや、北条家」
また北条かよ!
って思い出した。北条家の何番目かの息子が、上杉家の養子に入っている。
謙信に実子がいないため、姉の息子・景勝と後継者争いをすることになる。後世に「御館の乱」と伝わる戦だ。北条三郎は同盟の人質という形で越後入りしたが、北条側にあわよくばという考えがなかったとは思えない。
そこへ表向きは敵対関係にある織田家の者が、客分として春日山城に長期滞在。
細かい指示を出さなくても、慶次なりの判断で適当にやってくれればいいと思っていたが。外側からどう見えるかを気にしていなかった。俺のミスだ。
そこへ、そっと肩に手を置く者がいた。
「父上、僕の話を聞いていただけますか」
「……信孝?」
「上杉家に入った北条の者、現当主である氏政の兄弟であることには間違いないのですが。本当は氏政の子・国増丸を人質として差し出すことになっていたそうです」
「幼い我が子を惜しんで、代わりに弟を上杉にくれてやったのか?」
「本人に聞いてみないことには何とも。この国増丸、太田氏の家督を継ぐ予定であるようです。当主・
国増とは、あからさまな名前だなあ。
どれも関東の国々だ。西から武蔵、安房、常陸の順に並ぶ。佐竹氏は、東北勢よりも関東の方が勢力拡大しやすいと見たか? 里見氏で思い出すのは『南総里見八犬伝』だが、完全創作なので八犬士なんていうヤベー集団が出張ってくる心配はないだろう。
そして関東の太田さんといえば、江戸城の生みの親である。
三郎を通り名に使っている者は他にもいると思うが、その境遇にはちょっと同情してしまう。最終的に跡目争いに負けて、実家に帰ることもできずに死ぬ運命だ。関東の情勢が思ったよりも不安定であることを鑑みれば、上杉家を乗っ取るどころじゃなかったんではと思わなくもない。
そういえば、と信雄が首を傾げた。
「氏政って謙信嫌いなんだろ? 越相同盟を望んだ親父が死んだら、さっさと武田へ乗り換えたんだぜ。越後との同盟関係はなくなったよな」
「北条三郎こと景虎は葬儀を終えてから越後に戻ったのさ。謙信様を父と慕い、景勝との関係も悪くない。実際に話したこともあるが、いいやつだよ」
ふむふむ、なるほど?
純粋に俺と戦いたいだけの上杉と違って、北条はかなり織田のことを警戒している。織田と武田の関係変化を外側から見たら、どう感じるか。上杉との関係も似たような状況だと考えていてもおかしくはない。むしろ武田と同じ運命を辿らせたくないから、慶次たちを向かわせたのだ。
軍神と呼ばれていても謙信は、虎のおっさんと同世代。
次代のために
「信忠。上杉が動いた場合、武田はどっちにつくと思う?」
「余程のことがない限り、様子見するでしょう。因縁ある謙信に味方するよりも、謙信の死後に起きるであろう跡目争いに参加した方が、氏政の好感を上げられます。何よりも塩の道を断たれることを避けたいと考えるはずです」
織田家から塩の道は繋がっていない。
信濃国と甲斐国の一部には今も塩を輸出しているが、あくまで国人衆と塩商人のやり取りに限定している。両家の交流は断絶したままだ。
「……氏真に、一仕事してもらうか」
「今川家ですか? 同じ隠居の身でも、あちらは使える権限もありませんよ」
「北条家に揺さぶりをかける。あちこちに首を突っ込む余裕があるのは、足元が盤石だと信じているからだ。頼みの風魔一族が一杯食わされたと知ったら、氏政も青くなるだろうよ」
「この際ですから、関東の情勢を深く探らせましょう。佐竹の情報は東北勢も欲しがっているでしょうし」
伝説の忍、風魔小太郎と並んで有名なのが服部半蔵。徳川家の忍だ。
うちの滝川一族と同じで、服部家もいわゆる忍一族ではなく武家の一門らしい。もともと諜報に強く、伊賀衆を引き込んだことで有名になったのだろう。
情報は鮮度が命。
詳細な内容であれば何よりだが、時機を逸した古い情報は価値が落ちる。拙くとも嘘のない最新情報は最も価値が高い。俺はそう思っている。しかも、人を介するほどに情報は歪みやすい。
正確で詳細な最新情報は、金よりも貴重だ。
「あ、ひとつ言い忘れてた」
「なんだよ、慶次」
「秋の蹴鞠大会だっけ? 上杉から誰か、飛び入り参加すると思う」
「は?」
「よっしゃあ、相手にとって不足なしっ!! 事前にチーム登録さえ済ませておけば、装束送るからって言っといてくれ」
「おう、分かった」
「……は??」
「父上、頑張ってください」
ぽんっと両肩に手が乗った。
息子たちに手伝う気はないらしい。
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織田ホークスvs今川イーグルス+α…?
(かっこいいロゴデザインを言い出しっぺのノブナガが鋭意制作中)
上杉謙信の甥で、養子。生涯に笑ったのは一度きり、極度の女嫌いという噂がある。刀コレクターは史実らしい。書の上達を、義父・謙信に褒められたことがある。
北条氏康の七男で、上杉謙信の婿養子。景勝の方が先に養子縁組したが、三郎が二歳年上になる。継室に景勝の姉・清円院(実名不明)
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