244. 蹴鞠やろうぜ!

 今までのあらすじ。

 尻から転落して前世の記憶が溢れ出した俺、ノブナガ。

 現代日本の知識を使ってチート三昧……なんてできるわけもなく、いくつもの出会いと別れを繰り返して織田家を日ノ本有数の大名へと成長させた、以上。

 三行でまとめるなって? 他に言うこと……あったな。

 美人の嫁との間には息子と娘が一人ずつが生まれ、美人の妹と義弟との間には三人の娘が生まれた。おっと、側室との間に生まれた五人の子供たちも忘れちゃなんねえ。全員が美形遺伝子を持っているので、モテモテ人生は確約されている。ばくはつしろ。いや、しなくていい。爆発するのは爆弾上であって、義弟の浅井長政は色々あって元気に織田家臣やっている。

 織田信長の弟で有名な信行くんは出家し、美濃尾張の門徒を掌握した。浄土真宗にあやかってか、シンチョウ宗などと呼ばれている。何事も慎重であれ、という教えなのかもしれない。ファンタジーな国オワリでは各方面の最先端技術が盛んに開発された影響か、美濃国も鍛冶産業を中心に鋳物焼物で賑わう。

 ド派手ではなく、チョイ派手が今の流行りらしい。

 鮮やかな色彩は中国のイメージだったが、染色技術の向上が後押ししているという。植物だけじゃなく鉱物や貝類からも色素が抽出できるからな。とはいえ、とある鉱物の加工段階で毒素の発生が確認された。美しいバラには棘がある、というやつだろう。

 油田開発で急遽作った鬼面を元に、織田マスクが誕生。毒素を発生する危険物取り扱いには必須アイテムだ。競うように様々なタイプが考案され、鉱山夫たちにも愛用品されている。そうそう、鉱山といえば石見銀山のことも忘れてはならない。良質な銀が産出できるということで、娘婿も一か月籠っていた。

 細かい説明は省くが、ここの銀が宣教師たちにバカ売れしたのだ。

 果実酒やポン酢も高評価で、ウハウハである。自国から持ってきたワインやパンが尽きた頃に、故郷を思い出させる懐かしい味を出されて我慢できるものか。宗教に殉じたものたちが皆、清貧だとは限らない。しかし清貧を貫いても、故郷を懐かしむ気持ちは別だ。

 パン酵母やワインの研究が進みまくって笑いが止まらない。

 ついでにラガーの開発も頑張ってほしい。エールじゃないんだ。ラガーがいいんだ。それが一番近いと分かった以上、飲んでみたい欲求は留まるところを知らない。

 そしてジャガイモ。

 薩摩芋を諦めかけていた俺に、琉球から朗報が届いた。どうやら観賞用の花苗がそれっぽい根っこを生やすという。豆類・芋類は貧困の味方だ。なんとか根付かせて量産するしかない。 

 あとは乳製品なんだが、こればかりは仕方ない。

 だって乳牛がいない。耕作用の牛で何とかならないかと頑張ってみたが、試作段階で腹痛に倒れる者が続出して中止を余儀なくされた。食中毒こわい。同じ理由でマヨネーズ無双もできない。生卵はダメだ。危険すぎる。夢の中で、平手の爺に石を握って追い駆けまわされた。こわい。

 現代では当たり前にある牛豚鶏は、農家の皆さんの努力の賜物だった。合掌。

 現代でいうジビエは、仏教的にアレなのだが物は言いようである。江戸時代でこっそり食べていたし、高貴な身分の人もこっそり食べていたのだから、俺たちだって食べていい。騎馬隊のために育成した馬たちは現役を退き、種付けした後で寿命を全うする……ことは稀だ。馬肉は精が出るといって人気が高い。皮、毛、骨も貴重な素材である。鹿や猪も同様で、使えそうな部位は何でも使う。兎と鳥系は仏教的にセーフなので割愛。

 植物も然り。命をいただく、という気持ちを忘れてはならない。

 さんざん人を殺してきた奴が何を高尚な、と笑われそうだがな。無数の屍の上に立っているからこそ、命の大切さを忘れてはならないんだと最近は思う。

「そこんとこ、どうよ」

「ど、どうとは……」

 テカテカ頭の気弱そうな男、今川氏真がぎこちなく首を傾げた。

 顔に困惑、とデカデカ書いてあるぞ。

 父親義元は白塗りオバケだったから似ているかどうか分からんな。遺伝子のせいか、公家衆と並んでいても違和感のない優男だ。俺と同世代か、信包と同じくらいの年齢だったと記憶している。

 今年、剃髪したばかりらしい。なるほど、青々としている。

 しばらく視線をさ迷わせていたが、青々とした畳を見つめ始めた。完成したばかりの城だから、どこもかしこも新品なのだ。新築の家って、独特の匂いがあっていいよな。

「……命は、尊いものでございます」

「そうだな」

「私がこうして生きておりますのも、上様の思し召しでございますから。そのご恩を忘れぬように、日々心に戒めて」

「長い」

「父上」

 訥々と語りだすので途中で止めさせたら、息子に怒られた。かなしい。

「氏真殿。浜松に滞在しておられる貴方が、わざわざ安土城まで足をお運びになった理由は父上へのご機嫌伺いだけですか? 先だって、みやこは相国寺でお会いしたと記憶しておりますが」

「いえ……あの、はい」

 おい、聞いてないぞ。浜松って家康の居城じゃねえか。

 相国寺で会ったのは去年のことだ。帝より新しい位を授けると言われたら上洛しないわけにもいかず、信忠たちを連れて一週間ほど滞在した。その時にもアポなし突撃をくらったのだ。すわ敵討ちかと大騒ぎになったが、ただのご機嫌伺いだった。家宝っぽい高そうな香炉を献上しようとしてきたので、前に貰ったやつを一つ返却した。

 信忠じゃなくても「今度は何をしに来た」と言いたくなるのは分かる。

 あの時は、まだ髷あった気がするな?

「今は宋誾と……」

「氏真殿、ご用件をお伺いしております」

「…………け、け」

「毛? 確かに一本もないな」

「父上」

「蹴鞠ヤラナイカ!!?」

 必死過ぎて声が裏返っているし、敬語も吹き飛んでいる。

 そんなに蹴鞠したいのか、氏真。蹴鞠の名手だということは、相国寺で腕前を見せてもらったから知っている。蹴鞠の会を緊急開催し、会いたいと煩い公家衆をまとめて対応できたので大変助かった。

 そういえば、そのお礼はまだしていなかったか。

 妙案が思いついたぞ。膝を叩いて、ニヤッと笑う。

「よし、やろうぜ蹴鞠」

「父上!?」

「桶狭間の再戦といこうじゃねえか。今川家はもはや相模の北条に奪われたも同然と聞く。だがそれはそれ、これはこれだ。織田と今川で蹴鞠大会をする!」

「し、しかし今川はもう……」

「あん? そんなこと言ったら、ウチも結構様変わりしたぞ。お前と同様、俺も隠居した身だ。どっちが勝手も、現状の勢力図に影響しない。心配なら書面に認めてもいい」

「なんと、そこまでしていただけるとは。さすがは信雄殿のご父君。様々な催しを計画、成功してきた上様ならばと信じてきて正解でした。輪投げなどよりも、蹴鞠の方が素晴らしいと世に示す機会を与えていただきありがとうございます」

「……父上」

「いや、ちがっ。俺のせいじゃない、たぶん」

 氏真に深々と頭を下げられ、今度は俺の方が困惑してしまった。


**********


 聞くところによると、今年になって氏真は牧野城主を解任されたらしい。

 今川家は事実上、北条家に吸収されてしまった。家臣たちはそれぞれ北条、徳川に移って直臣も残っていない。ならば今川チームはどうなるのか。

 そのことに気づいたのは氏真が意気揚々、浜松へ帰った後だった。慌てて文を送れば「お任せください」という力強い返事がきたので大丈夫なのだろう。しれっとホンダムが混ざっていたら敗北必至なので、こちらも織田チームのエース・信雄を召喚する。

「えー、もうちょっとで雑賀潰せそうなのに」

「潰すなド阿呆。誰がそんなこと命じたか」

「織田には向かうやつは全部敵」

 曇りなき目でお返事された。わあ、過激ぃ。

「だって、親父殿や公方様を狙ったんだよ。種子島の改良版を開発したり、独自の技術を秘匿していたりして目障りなんだよね。ほら、潰す理由はいくらでもあるって」

「つ・ぶ・さ・な・い。オーケー?」

「えー……」

「信忠、こいつ不在でも織田チームは勝てるか?」

「勘九郎です。問題ありません」

「ごめんなさい!!」

 しゅばっと土下座するも、信忠の目線は冷たい。

 帰蝶が氏郷ともども再教育したらしいが、男版帰蝶みたいになっている。線も細いし、女装したら瓜二つになるんじゃなかろうか。見てみたい。

「父上? よからぬことを考えていますね」

「ごめんなさい!」

 土下座した。父親のプライドなんて投げ捨ててやる。

 閑話休題それはさておき

 安土へ呼ばれた理由がお叱りなどではなく、蹴鞠の交流試合だと知った信雄はウキウキ浮かれ調子でいる。子供たちの中では脳筋バカ扱いされているが、世間一般的な水準では決して愚かと言えないのだ。今は必勝の作戦、メンバー選考にリソースの大半を使っていることだろう。

 伊勢国に輪投げを広めた信雄だが、一番得意なのは蹴鞠サッカーである。

「なあなあ親父殿、アレ使っていい? 白黒のやつ」

「サッカーボールか? 地味すぎて映えないって言われるぞ」

「チッチッチッ、そこが狙い目なんだよ。観戦する側には精緻な模様なんて分からないし、えーと……しんぷる?な方が目立つの。あと汚れても気にならない」

 本音はそこか。

 本来の蹴鞠は地面に落とさないことがルールだ。落とした時点で負け。高く上げすぎるとキャッチできないので、そこそこ狭い円陣の中で行う。サッカーでいうリフティングと同じで、その場から動かない者ほど巧者とされる。

 俺が教えたサッカーは、とにかく単純明快で分かりやすく基本ルールのみ。

 手で触れられないのは蹴鞠と同じだが、ゴールキーパーだけは例外。ボールさえあれば、どこでも遊べるのがサッカーの強みだと、最初に言ったのは誰だったか。輪投げほどの器用さを求められないことと、単純にボールを追いかけて走り回るのが楽しい、と織田領内で密かなブームとなりつつある。

 先に流行りだしたのは若者たちの間だが、囲碁将棋と似た戦略性を見出した中高年層が監督役を務めるようになり、ボールを追いかけるだけの遊びが一気に高度なものになった。ある程度の広さがある平野ならサッカー会場にできるので、美濃尾張に続いて近江でも春秋開催が始まったと聞く。

 各地でチームの精鋭を選抜し、国対抗戦をやってもいいな。

「となれば、サッカーくじか」

「儲け話ですか、詳しく」

「えー、また賭け事かよー。親父殿、そういうの好きだよなあ」

 乗ってきた信忠とは対照的に、信雄は頬を膨らませる。

 むしろ信雄の方が好きそうだと思っていたので、なんだか意外だ。

「だってどう転んでも胴元が一番儲かるなんて、賭ける意味ないじゃん。結果が分からないから面白いのにさ」

「確かにな。だがサッカーくじは、どっちのチームを応援するかという話でもある。人気のバロメーター把握も大事なことだぞ」

「ばろ……意味は大体わかりますから、いいですけど」

 あれ、今度は信忠が拗ねた。

 外国語に抵抗ある方じゃなかったんだが、聖書の一件から微妙に忌避感出すようになったんだよな。しかも最近、蒲生夫婦がキリシタンになったって面白くなさそうだったし。

「そうだ、父上。せっかくですから、勝利チーム以外に勝利貢献者も加えませんか? 特に貢献した者には父上から褒美を与えるとしても、民からの人気がある者というのは名声が高いということですから」

「国内外への周知に伝わるか。よさそうだな」

「おれ! 兄上、おれの名前も入れといて!!」

 はいはい、と手を挙げる弟を信忠が胡乱な目で見やる。

「賭け事は嫌いなんじゃないのか?」

「おれに賭ける……つまり、期待してくれるってことなら頑張れる! 長篠以来、大きな戦がなくて暇してるやつも多くてさ」

「それで雑賀潰そうと?」

「うぐ。だって伊賀甲賀には手を出すなーって又十郎叔父が言うんだもん。西国は猿に任せるって親父殿が言っちゃったし、船は彦七叔父と三七ダブルセブンの領域だし、おれだってなんかこーデカいことやりたいっつーか」

 だんだん語尾が小さくなり、両手の指をこね始める。

 幼い頃ならまだしも、でかい図体でもじもじしていても可愛くない。兄弟の中で最も外で遊びまわっていたせいか、祖父・信秀を彷彿とさせる立派な体躯を手に入れていた。いや、全然羨ましくなんかないからな。斎藤家も立派な体躯の者がいるし、遺伝だ遺伝。

「伊勢国を平穏に保つのも大事なことだぞ」

「っ、そんなの! わーかって、るけど……さー」

 分かってる、は本当のことなのだろう。

 それでも統治が「地味」なことには変わりない。信忠も「派手」な功績に憧れて、色々やりたがっていたものだ。実際に俺の陰で何度もやらかしては怒られている。ぐだぐだする弟を見つめる目は、どことなく複雑そうだ。黒歴史というほどじゃなくても、似たようなことを考えていた時期があるだけに気恥ずかしいといったところか。

「信忠」

「勘九郎です」

「織田家の当主は誰だ」

「私です」

 ここで迷わず応えられたのは良い兆候だ。

 そして俺の言わんとするところまで察して、ぐだぐだしている弟を見やる。肩を叩いて注意を引き、俺に聞こえない小声で何やら話している。信雄の顔がぱあっと輝いたので、うまいことヤル気を引き出せたようだ。出木杉君なところは相変わらずか。

「親父殿!」

「なんだ、信雄」

「おれは、サッカー界のサッカー王に、おれはなる!」

「…………」

「やり直し」

「えー!?」

 信忠にダメ出しされて、不平の声を上げる。うるさい。

 とりあえず、だな。蹴鞠大会というかサッカーの交流試合を信孝が中心となって何とかしてくれる、という意思は伝わった。蹴鞠とサッカーの二種混合になるんだろうか。

(そのナントカ、の部分が一番心配だ……すごく、心配だ)

 信忠が当主として手綱を握ってくれることを祈るしかない。

 なんでも比べちゃいけないと分かっているが、信雄は図体だけでかくなったのか。父子だから、そういう風に見えてしまうのか。俺にとっては、いつまでも可愛い息子たちなのは変わりないのだが。ないんだが、なんかこう……なんとかならないものだろうか。

「なりません。諦めてください」

「心読むなし」

 首を横に振られ、俺はがっくりと肩を落とした。

 後日、どこをどう噂が広まったらそうなったのかは分からない。指示待ちする子らの行列ができて、田植えどころじゃなくなった。おそらく信雄が自慢して回ったのだろう。年の近い信孝はライバル心だとして、お冬と於次丸は単なる好奇心か。氏郷が炊きつけたのかもしれない。

 ちなみに、お藤は永姫の御守をしていた。

 自発的にやるべきことを見つけられるなんて、やっぱりウチの子は天才だ。





**********

信忠「丸投げは我が家の伝統ですよ」

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