239. ままならぬもの

加賀一向一揆がちらりと出てきますが、5割ほどは越前ガニ(が食べたい話)です

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 今年も収穫祭は盛況だった。いやあ、儲かった儲かった。

 目玉の出し物として突っ込んだ人間将棋が、想像以上に盛り上がってくれたのが大きい。どうせなら信忠にも顔見せさせようと思い、直家&官兵衛の二人を岐阜城まで連れ帰ったのだ。そんなわけで織田家は謀聖に両兵衛を筆頭に、頭脳派が揃ったことになる。

 人間将棋とは、人間を将棋の駒に見立てた巨大遊戯だ。

 対面する二人がそれぞれの陣営に指示を出し、駒を進めていく。複雑すぎると現場が混乱するため、縦横9マスに区切って8種類の駒を使う現代の将棋ルールを参考にした。それでも持ち駒20あるから、40人を動員する大規模なものだ。

 相撲大会や他の試合と同じように賭け札を用意した。

 謀聖で名高い直家はともかく、官兵衛はまだ知名度が低いようだ。皮肉なことに半兵衛への反感・嫉妬から官兵衛へ賭け札が集まり、観客たちが固唾を飲む熱戦になった。以前、スカウトして振られたらしい秀吉は「さすが信長様じゃ」と喜んでくれたが、俺が勧誘したわけじゃないので複雑だ。

 ちなみに決着はつかなかった。

 なので、半兵衛と秀吉を播州攻めに加えた。せいぜい絆を深めて来いよ。

 織田の統治下に置いた後、どこをどう扱うかまでが課題だ。より良い成果を出した方に褒美を出すと約束してある。出雲国のことを話したら、尼子衆も行軍についていってしまった。おい、活版印刷どうすんだ。

 俺は俺で、再びの旅支度である。

 雪がちらつく前に越前国へ着きたいところだが、難しいかもしれない。

「待ってろよ、越前ガニ」

 長期滞在も視野に入れているため、お藤たちも連れていく。

 例のごとく、永姫と帰蝶は留守番だ。おつやのことがあるからな。お市と娘たちは安全面を考慮して越前行きの道中に加わることになった。長政は先に戻ったので、ようやく万福丸も重荷が下りた心地だろう。まだ幼いのに、ちょっと厳しくしすぎじゃないかと心配だ。

「アレじゃないスか、お市様が若君生んでも死なないように」

「何言ってんだ。お市はお江与生んだばかりだろうが」

「そりゃそうッスけど」

 もごもごと言いにくそうにする犬、もとい利家。

 可愛い幼な妻をもらって、髭も生えて、嫡男の犬千代ジュニアは十の頃を過ぎたやんちゃ盛りだ。俺としては側近たちの子供がまだ小さくて、信忠につけてやれないのが惜しまれてならない。信盛の子・信栄との年齢差が大変なことになっている。松姫がいつ身籠ってもおかしくないので、むしろ信忠の子の代になってしまう。などと余計な心配をしている。

 すると真面目くさった顔をした男が話に加わってきた。

「又左殿のご懸念は、そうそう見当違いということもありますまい」

「なんだ、玄蕃。利家の味方するのか」

「あくまで万福丸は妾腹の子。ご正室でありますお市様が若君をお生みになられましたら、必然的にそのお子が嫡男ということになりましょう」

「……あー」

 ようやく納得した。信広と俺みたいな感じか。

 妾腹だから跡目争いに関われないはずが、あまりに出来すぎると余計なことを考える奴が出てくる。万福丸は素直ないい子だ。周囲に担がれたら逃げられないかもしれない。長政だって父・久政や家臣たちとの板挟みで大変な時期があった。近江国――実質的には北近江――をそのまま預ける決断をしなければ、過激派な家臣が暴走していたかもしれない。

「別に万福丸が家督継いでもいいと思うけどな」

「殿に遠慮してるんスよ」

 利家が肩を竦め、盛政は何とも言えない顔でコメントを控える。

 俺がどんな反応をするか分かっている二人だから、その気遣いがこそばゆかった。こうして二人を供連れにするのはいつ以来か。恩義あって利家が「叔父貴」と慕っている勝家の姉が、佐久間の分家に嫁いでいる。だから子の盛政にとっても、勝家は叔父なのだ。そういう繋がりから二人は仲がいい。

(利家が秀吉サル並みに人懐っこいっていうのもあるか)

 成政と利家のように、喧嘩するほど仲がいい組み合わせもある。

 佐久間一族には食わせ者が多く、主君である俺に対しても歯に布着せない信盛はあちこちで反感を買っているようだ。まことしやかに不仲説が囁かれていると本人から報告された時には、どんな顔をすればいいのか分からなくなった。

 殊更、臣下に優しくしようと心掛けたことはない。

 気が付けば、嫡男だろうが小姓だろうが側近だろうが手も足も出る。なんだかんだで親父殿の血を引いているのだなと思い知り、軽い自己嫌悪に陥った。世が世ならパワハラ案件で訴えられるやつだ。どこで謀反の種が芽吹いてもおかしくない。

「そういうはいらないんだよなあ」

「信長様?」

「なんでもない。この調子なら、今日中には小谷城へ入れるか」

「ええ」

 ぽくぽくと馬を歩かせ、遠方に見える城に目を細めた。

 大丈夫だ、燃えていない。刈り取りの終わった田畑も踏み荒らされた形跡はなく、藁でできた垣根がぽつぽつと残っている。雪で覆われる冬には家に籠って、藁で草履などを作るのだ。仕事がなくて暇だと子作りに励んでしまう。貧乏な農家ほど子供が多いのはその所為だ。そして貧乏だから口減らしに子供が売られていく。

 人身売買をなくすには、最下層にまで仕事が行き渡るようにしなければならない。

 幸いにして、織田家は慢性的な人手不足だ。おねねが始めた託児所から生まれた織田塾は、今やなくてはならないものになっている。読み書きができる、力仕事に向いている、集団行動に合わせやすいなどのスキルから教室を振り分けられ、かなり早い段階で実用的な勉強ができるようになった。

 織田家の豊かさは民に支えられている。

 領内で見かけた人々が、嬉しそうに手を振ってくれる。道の脇で這い蹲って見送られるよりも、その方がずっといい。

 信長様、うつけの殿様と呼ばれる度に俺は手を振り返した。


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 小谷城に義景の姿があり、俺ははてなと首を傾げた。

「出迎え御苦労?」

「はっ。信長様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げ――…」

 長ったらしい挨拶を聞き流しつつ、冬の味覚に思いを馳せる。

 既にお市と娘たちは旅装を解いて、岐阜城での出来事を長政に話しているところだろう。お藤や於次丸たちは疲れて眠っているため、そのまま部屋へ運んでもらった。乳母も一緒だから、知らない天井だと騒いでも宥めてくれる。

(信忠ともかく、お冬はやたら恨めしそうな顔してたなあ)

 土産は何がいいか。まだ越前国に入ってもいないのに、そんなことを考えてしまう。

 ああ、早く隠居したい。そうしたら帰蝶も一緒に連れ回してやれる。城の外に出たのは新婚旅行以来か。それも旅の終わりは慌ただしかった。

 苦い記憶が蘇りそうになり、軽く首を振る。

「そっ、それでは信長様自ら介入されるということですか?」

「私の申した通りでしょう、義景殿。義兄上は誰よりも民を思う御方なのです」

「なんでオレたち連れてきたのかと思ったら、そーゆーことかあ」

「楽しそうですね、又左殿」

「おう、久々に思いっきり暴れられるぜ!」

 俺、ノブナガ。

 冬の味覚えちぜんガニに思いを馳せつつ、お気楽極楽な雑談していたはずなのに、いつの間にか戦の話になっていた件。意味が分からない。そもそも長政は家族との団欒ほっぽって、こっちに来てんじゃねえよ。

「義兄上、あれから顕如殿から何か報せなどは?」

「ない」

 あの暑苦しい脳筋坊主のことだ。

 ギリギリまで耐えて、俺に助けを求める事なんかしない。もしも奴から文が届くとしたら、宣戦布告か遺書のどちらかだ。石山本願寺法主の名を以てしても、加賀国の一向宗を大人しくさせるのは困難を極めた。

(というより今までよく抑えてきた、というべきか?)

 能登国では重臣たちによる傀儡政治に亀裂が入った。

 軍神の越中侵攻が影響しているのは言うまでもない。そもそも家中がバタバタしているのに、越中国の動乱に手を貸す神経が分からない。それで軍神に睨まれるなら自業自得と言いたいが、織田家こちらを巻き込もうと考えているなら話は別だ。

「介入するとしても加賀国内の一揆鎮圧だけだぞ」

「では長続連ちょうつぐつらはいかがいたしますか?」

 畠山家臣の一人で、神保家の縁戚にあたるらしい。

 その繋がりから織田家に縋ろうと考えたか。軍神より魔王の方がマシだと考えたかどうかは知らないが、能登国の守護職で能登畠山家当主・畠山義慶はたやまよしのりは今年の2月に亡くなったと聞いている。その死がちょっと怪しいのだ。

 義慶の弟・義隆が跡を継いだものの、家臣が主導権を握る傀儡政治は続いている。

 そいつらに従うしかない民が哀れと思わなくはないが、俺には関係ない。

「前向きに検討する、とでも返事しておけ」

「かしこまりました」

「義景、加賀国の一向宗は越中国から流れてきた者もいると聞いたが、本当か」

「はい。顕如殿が尾山御坊に入られてから、各地の信者が続々と集まってきたようです。一向宗は数万とも数十万とも言われております」

「うへえ」

 さすがに引くわー。ないわー。

 顕如は坊主だ。公家の嫁さんをもらっても、本職は仏法僧だ。

 爆発的に増えた人口をきちんと管理し、衣食住の確保に、仕事を与えるまでの一連の流れをこなせるだろうか。加賀国には統治者である守護職がいなくなっただけで、所領を持つ国人衆は残っている。顕如が来るまでは、国人衆が民を動かして上杉軍と戦っていたらしい。

 そんなわけで軍神にとって、一向宗は「敵」である。

「……加賀国が発端とみられる一向一揆の規模は」

「越中、能登、飛騨の国境沿いで年に数回起きています。どれも小規模の一揆で、ほどなくして鎮圧されておりますが」

「繰り返し何度も一揆が発生すれば、領主と領民との仲が悪くなる一方だな」

「はい」

「越前や北近江の国境で、一揆や小競り合いは起きていないのか?」

 すると義景と長政が顔を見合わせる。

 何を聞かれたのか分からないという表情もムカつくが、二人揃ってきらきらしい笑顔に変わったのも気味が悪い。

「三公七民ですよ、義兄上」

「あん?」

「織田流農業と新しい計量法のおかげで、我が国に不満を訴える民はおりません」

 実際にその割合で年貢を納めさせているわけではないが、と長政が言い添える。

 いや、それって完全に騙しの手口じゃねえか。民が飢えなきゃいいってもんでもない。その年の出来高によって納められる年貢の率を変えるのは当然のことだ。一揆が起きている国では旧態依然のやり方が行われているから、越前や近江で一揆が起きないだけで。

「犬」

「わん!」

 久々にいいお返事だったので、思わず脇息をぶん投げた。

 すかさずキャッチして、俺の所へ持ってくる。褒美を期待する瞳を睨みつけて言った。

「貴様に全権を与える。一揆鎮圧後は、加賀国の統治をせよ」

「合点承知!! ……え、はっ、えええ!?」

「越前ガニ食べるためにここまで来たんだぞ。餓鬼連れて戦できるか。あ、玄蕃は越前までついてこいよ。確か、越前にも佐久間の者が何人か残ってるだろ」

「そうですね。久しぶりに会う顔もあるかと存じます」

「お、オレにもカニ鍋……!」

「そっちのが終わったら好きなだけ食え」

 その夜、利家の悲痛な叫びが小谷城に響いた。





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巨大遊戯は毎年変更:今川サッカー→織田ボウリング→人間将棋(new!!)

相撲大会と御前試合は毎年開催し、三つの催しで賭け札が配られる。

うまいもん祭りは「大通り」と各会場への道で出店しているものがランキング対象。割り箸や串で集計される。上位に入ると織田家御用達幟(一年間限定)がもらえる。

ときどき、ノブナガのそっくりさんや織田家臣のそっくりさんが出店している

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