【閑話】 ステルス神保
※いつもの他者視点
※ちょっと時間を遡ります(元亀4年春ごろ)
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皆さん、こんにちは。
通称は宗五郎、そして安芸守を名乗っております。安芸といえば、ちょっと怖い人たちがいる国ですよね。なんで、そんなところの国守名乗っちゃったんでしょうね。男は箔付けてナンボだという言葉に乗せられた気がします。
私、こんなに影が薄いのに。
「立派な隠密になれるな、宗五郎」
「ありがとうございます、前田さばげっ」
「慶次郎」
「げ、げいじろ……さば、げっ」
「慶次郎」
本日も、にこにこ笑顔がとても眩しいです。
とりあえず、その丸太みたいな腕で首を絞め上げるのは止めていただきたい。間近に迫る笑顔が大変おそろしいです。目が全然笑っていないので、できれば止めていただきたい。ついでに言い終えるかどうかの間を見計らって、腹部へ一撃いれるのも止めていただきたい。
先程食べた団子が出てしまいます。
おっと、お食事中の方がいらっしゃいましたら大変申し訳ありません。全てはこの前田慶次郎様が悪いので、お叱りはそちらへどうぞ。私はただの、ただの……なんでしょうね?
越中国守護代を冠する神保氏から見て、庶流にあたります。
しかも能登畠山家からの養子縁組ゆえ、そもそも神保家とは血が繋がっておりません。本家を継いだ
一向宗もまだまだ健在ですし、越中は酷い有様です。
いっそのこと、上杉家の支配域に含めていただいた方が楽なんじゃないですかね。え、実家の畠山家ですか? そっちも庶流なので実家では……それはどうでもいい? はあ、家臣団である畠山七人衆による傀儡政権が再開されたようです。
なんか最近、あっちも物騒なんですよね。石山本願寺が介入してきたとか何とか。
一向宗の親玉がどうして北国まで進出してくるんですか。おかげで民が大人しくなったとも聞きますが、そんなの安心できませんよ。死を恐れぬ暴徒と化したが最後、米蔵を破壊しつくすまで止まりませんからね!
「ん? あれ??」
「どーした、宗五郎」
「美濃尾張では一向宗が増えていますよね」
「そうだな」
「信長様、何度となく石山本願寺とやりあっていますよね? 近江では六角氏の残党と手を組んだ一向宗が織田軍を襲ったと聞きました」
「そんなこともあったな」
「近江に本拠地を移したら、尾張が終わりませんか!?」
「終わらねーよ。美濃尾張の民は、日々の暮らしに満足してる。わざわざ自分たちの平穏を乱してまで、命賭けたいとは思わんさ。……まあ、例外はあるか」
「例外!? なんですかそれはっ」
「信長様に何かあったら、一丸となって牙をむくんじゃねーかなと」
「なにそれこわい!」
さすがは第六天魔王。人心の掌握度合が一般常識を超えています。
石山本願寺の宗主も凌ぐ人気ではないでしょうか。のほほんと話している前田慶次郎様は、他ならぬ信長様の腹心です。私としたことが、うっかり余計なことを口走ってしまったのではないかと青くなりました。
「わ、私には国に残してきた妻と子供が……!」
「命乞いをする相手間違えてんぞー」
「あなたの他にいないじゃないですかあっ」
思わず悲鳴まじりに叫べば、わんわんと響きます。
お伝えするのを忘れておりました。私たち、牢に入れられております。鉱山だったところを再利用したとかで、あちこちに掘り進めた穴に木の格子を入れてあるのです。城の地下牢よりはいいかもしれませんが、いつ崩れるか分からない恐怖で落ち着きません。
幸いというか、偶然というか。
私たち、同じ牢に入れられております。ひとまとめにされました。
「越後国に足を踏み入れた途端、この有り様」
「いやあ、俺も有名になったもんだなあ」
「見捨ててやればよかったと何度思ったか分かりませんよ!」
「思いっきり無視されてたもんな、宗五郎」
影が薄いことに定評がある私、神保氏張です。よろしくお願いします。
「あなたが堂々と『軍神と名高い上杉謙信に用がある』なんて言っちゃうからでしょうがっ。ご当主同士が呑み友だなんて、私も知りませんでしたよ。関所であんなこと言ったら、捕まるに決まってます!」
「お、すげー似てる。意外な特技だな、それ」
「ありがとうございます。これがなかなか使い勝手がよくて……って、そういう話じゃありませんよ。どうやって、ここから出るかっていう」
「出してくれるよな?」
「は!?」
前田慶次郎様、あらぬ方向を見てお話ししておられます。
ついに頭がどーにかなっちゃったんでしょうか。もともとアレな感じの方ではあるなと思っていたので驚きません。美濃からの旅路で、さすがに慣れました。
「もちろんですよ。大事な御客人を牢に入れるなど、本来はあってはならないことですから。こちらの手違いで窮屈な思いをさせてしまい、お詫びしようもございません」
「はあ?!」
「宗五郎、影が薄いからって叫ばなくていいから。誰も気付かなくたって、俺はちゃあんと気付いてるから安心しろ」
私はかろうじて愛想笑いを浮かべました。
逃がさないぞ、ってことですよね分かります。ああ、織田家に縋ろうと考えたのは間違いだったのでしょうか。いつ殺されるか、内乱の巻き添えを食うかに怯えていた日々よりも、ずっと酷い目に遭っている気がします。
(いや、本当にそうか?)
前田慶次郎様は野宿にも慣れていて、ごはん美味しい。
山賊に遭ったら前田慶次郎様の知り合いで、一緒にごはん美味しい。
途中で天然の湯にも浸かった。月見酒さいこう。
「……あれ?」
「こちらの方は大丈夫なのですか」
「あー、大丈夫大丈夫。お前にも見えてんだな、よかったよかった」
「はい?」
これが後に、前田慶次郎様と「マブダチ」になられる直江兼続様との出会いでした。
何を言っているのか分からないかもしれませんが、本当のことです。お願いですから信じてください。旅が終わったら報告書も出さなきゃいけないんですよ。怖い顔で何度も念押しされたんですから絶対に忘れません。
とても大人しそうで、優し気な顔だちの若者でございました。
ちなみに無害そうな外見に反して、お腹の中が真っ黒です。幸いなことに、この時の私はまだ知りません。できれば一生、知らずにいたかった…。
「それにしても廃鉱山を使うなんて、よく考えたなあ」
「物事の無駄を省くのは、そんなにおかしなことですか?」
不思議そうに問うてくる彼の手元で、かちゃんと鍵が外れました。
共連れもなく、単独で牢獄へやってくる程度には肝が据わっているようです。私の思考を読んだかのように前田慶次郎様が問いかけたところ、他の者は入り口で待機しているということでした。確かに今にも崩れそうですし、薄暗くて怖いです。まだ若いのに、苦労してきたのでしょう。
なんだか親近感がわきますね。
質素な着物ではありますが、どことなく品の良さが漂うといいましょうか。どこからどう見ても野生味あふれる大男とは大違いですね! 私が影が薄いのは生来のものですが、前田慶次郎様のせいでもあると思います。目立ちすぎなんですよ、この方は。
「宗五郎、何か言ったか?」
「いいえ、何も!」
ひとことも言っていません。心の中限定です。
そうして私たちは外へ出てくることができました。後で気付いたのですが、意外にも春日山城の近くにいたようです。岐阜城でも見かけた檜風呂でゆっくり垢を落としてからは、目隠しをされることなく城へと案内されました。
本当に「客人」扱いです。驚きました。
ちょくちょく忘れられそうな私のことは直江殿が口添えしてくださり、前田慶次郎様に引きずられることなく無事に……無事に?
いやあのその、ちょっと待ってください。
いきなり上杉家ご当主様に会うなんて聞いてませんよ!?
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