天下統一編(元亀3年~)

203. 安土計画

新章開始ですっ

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 信玄の死で、ノブナガ包囲網の危険は消えた。

 そして世間が噂するほどに将軍家との仲は悪くない。

 悪くないのだが、旅行三昧で羨ましいとか言いやがるので「最近気になったこと」を箇条書きにして送ってやった。織田家の記録には『十七条の詰問状』と伝わる。この時代の翻訳機能は壊れているらしい。又助犯人は後でシメとく。

 遊びじゃないの、仕事なの。

 相良村の石油に関しては、不純物の少ない上質な油であることが判明した。鬼の棲家として恐れられるようになり、盗賊ですら近寄らなくなったおかげで作業が捗る。蹴鞠マニアらしい今川氏真にはサッカーを教えることで懐柔し、秘密の共有者となった。

 敵陣に球をぶちこむのが爽快、と今川家臣にも好評だそうだ。

「その調子で、駿河国の所領も取り戻してこいよ」

 てっきり今川領だと思っていたら、違っていた件。

 北条家と武田家がこぞって支配権を主張したため、氏真の直轄領くらいしか残っていない。氏政の子供に次代を継がせる約束までさせられ、今は浜松城で生活している。

 そんな状態で織田家と関わりができた、なんて知られると大変不味い。

 家康を仲介して何らかの働きかけがあることは、氏政も薄々気付いているだろう。あくまでも可能性に留めておくのが大事だ。

 というわけで、氏真と俺は未知の関係。オーケー?

 浜松城では会えなかった。

 というか、織田家は親父義元の仇なのだ。普通は会わない。

「サッカーは手軽に遊べて、仲間意識も高められますからね! 素晴らしい考えだと思います。国対抗試合とかどうですか? 相撲大会だけだと飽きてくる民も出てくるかもしれませんよ」

「お前がやりたいだけだろ、奇妙丸」

「最近、父上が冷たい」

 元服もさせてもらえないし、と呟く息子をじろりと睨む。

「謹慎を解いたのは隠れ蓑にされるからであって、今までの所業を許したからじゃない。松姫のことだってそうだ。わざと城下町を一緒に歩き回って、外堀から埋めようとしているだろう」

「私の妻は彼女だけです」

 信玄から直接託されたので強気発言だ。

 そりゃあな、双方想い合っていることは知っている。元婚約者で、数年間同居していたこともあるが、松姫はまだ12歳。俺の養女に迎えることも考えたが、信直のケースとは違う。太郎義信は謀反を計画して処刑された。松姫は行方知れずというだけで、武田家の人間のままなのだ。

 織田家嫡男の正室にかかる重責は、とんでもなく大きい。

 あの見た目以上に幼い姫は耐えられるだろうか。

 せめて武田家以外に頼れる存在を用意し、姫に何かあった時の支えになれるものが必要だ。摂津国出身の塩川家に養子縁組の話を持ちかけて、今は返事待ちである。だというのに、初恋に浮かれるガキは現実が見えていない。

「奇妙丸」

「はい」

「早くちゃんとした立場を得たい気持ちは分かる。だが、奇妙丸よ。元服したら、正室を娶らなきゃならなくなる。姫を日陰者にする気か? 後ろ盾のない彼女を、お前はどこまで守ってやれるんだ」

「そ、それは」

「少なくとも正室だけは、織田家の次代として恥ずかしくない家柄の――」

「結局、父上もそうなんですね」

「奇妙丸?」

「……失礼します」

 帰蝶譲りの冷え冷えとした声音に、軽蔑の眼差し。

 あれ? もしかして息子に嫌われたのか、俺。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、しばし呆然とする。何も間違ったことは言っていないし、奇妙丸の主張を頭ごなしに否定したわけでもない。それなのにあの態度、一体何が気に入らないんだ。

「親の心、子知らずってか」

「子の心、親知らずとも言うよ」

 どこか自嘲めいた響きに振り返れば、直家が微笑んでいた。

 近々顔を見に来る、と言っていたのを思い出す。前回で懲りたのか、ちゃんと小姓に案内されてきたようだ。ぺこりと頭を下げる蘭丸に手を振れば、何故か頬を赤くした。

「やあ。ご機嫌如何かな、織田尾張守殿」

「可もなく不可もなし」

「それはよかった。今が良ければ悪くなるかもしれないし、悪い時は更に悪くなるかもしれない。何事も中庸が大事っていうことさ」

「ご高説どうも。……で?」

「もう少しばかり、雑談に付き合ってくれてもいいと思うのだけれどね」

「悪い話を持ってきたんだろ」

「尾張守殿は好物を後にとっておく主義かい?」

「気分による」

 直家は苦笑し、肩をすくめてみせた。

 答えをはぐらかしたつもりはないし、相手の腹を探りたくなるのは策士の性分だ。分かりやすいのに、考えが読めないらしいからな俺は。向こうが勝手に警戒してくれるなら、それでもいいかと開き直るようになった。

「しっかし、遠路はるばるご苦労なこったな。ちょっとした長旅だろ」

「私はあまり城にいない方がいいみたいだから」

「さっさと和解しろよ。話せば分かる」

「簡単に言わないでくれたまえ。今の宇喜多家が非常に危うい状況に置かれていることは、君もよく知っているだろう。私にも立場というものがあるんだよ? それに急な態度の変化は別の疑惑を生むかもしれないじゃないか」

「ああ、なるほど。嫌いから憎悪に変わったら生きていけない、と」

「……いっそ殺してくれ」

 顔を覆ってさめざめと泣く謀聖。

 本当に涙を流しているわけじゃないんだろうが、どこの乙女かと罵りたくなった。初対面が酷かったせいで、直家はかなりフランクに接してくる。そういうのは個人的に嬉しい。友達作りは半ば諦めていただけに救われた心地になる。

 呑み友がいるじゃないかって? アレは別。

 直家とは娘を持つ父親同士、どことなく通じるものがある。可愛い娘に意味も分からず嫌われるのは辛いよな。

「尾張守殿が羨ましいよ。家族を溺愛しているという噂のみならず、本当に親兄弟で仲良しだからね。従兄弟のこともそれなりに信用しているんだろう?」

「悪い話はどうした」

「まあまあ、いいじゃないか。私はただ、娘と仲良くする秘訣を知りたいだけなんだ。何と言うか、こう……秘訣みたいなものはないのかい? 是非、参考にしたいのだが」

「今」

「うん」

「直虎イジメの疑惑をかけられ、お五徳とお冬とは絶交中だ。お濃は味方してくれないし、お藤だけが俺の癒し」

「ええと、…………悪い方の話からだね」

 慰めの言葉も浮かばないほどか。

 軽く傷つきながら、中国地方の情勢について直家の見解を聞いた。諜報活動で大まかなことを知ることはできても、人の噂程度のことだ。詳しい裏事情はさすがに下まで流れていかない。

 直家は順調に安芸との距離を縮め、毛利家臣の一人を抱き込んだ。

「案外上手くいったと思ったら、罠だった」

「おい」

「命を助ける代わりに、織田家の内情を探ってこいと言われちゃって参ったよ。探るも何も文をやり取りする仲だということを、ちっとも信じてくれないんだ」

「二枚舌の言うことなんか誰が信じるかよ」

「ひどいな。尾張守殿は信じてくれるだろう?」

 にこにこと笑いかけられて、何と返せばいい。

 宇喜多直家が訪ねてくると知った細川様に松永弾正、信純から似たような内容の文で忠告されている。絶対に裏がある、一切の情報を渡すなかれ、と容赦がない。利があるから織田家と仲良くしているだけで、味方とするのは毒を含むようなものだとも。

 お前らが言うなよ、腹黒軍師どもめ。

「報告は、まだ終わっていないんだけれどね?」

「いだだだだ、耳を引っ張るな!」

「ようく聞こえるようになるように、という好意の表れだよ」

「もげるかと思ったわ」

「大丈夫。一つ斬り落とすのも簡単じゃないから。そうそう、強さを誇示するために殺した相手の耳を紐で繋げて、首から下げていた男がいてねえ」

「悪かった。俺が悪かった! ちゃんと聞くからっ」

「おや、怖い話は苦手かな」

「怪談は平気だが、グロいのはあんまり好きじゃない」

「ぐろい……」

 グロテスクは醜悪の意だと説明した。

 本来の意味とは多少違うのは仕方ない。死体なんぞ飽きるほど見てきているのに、スプラッタが駄目だと知っても納得してもらえなさそうだからだ。城での攻防戦も酷いものになると、女子供が処理班の役割を担うこともある。暗殺にも色々あるし、うっかり死ぬ瞬間を目の当たりにすればトラウマになりかねない。

 それでも慣れれば平気になる。とんでもない世の中だ。

 気を逸らすなと言わんばかりの直家に睨まれ、報告の続きを聞く。

 九州の大友氏が龍造寺家と戦い、敗北したらしい。毛利軍の九州撤退でヤル気を出してきたのは、南の島津家だけじゃないということか。毛利家としては、大友氏が弱くなるだけならいい。他勢力に飲み込まれるか、滅ぼされるのは困ると考えている。

 かといって過去の戦いを水に流して、援助するのもおかしい。

 何を企んでいると疑われるのがオチだ。

「四国は、長曾我部家が土佐国の統一を果たしたことくらいかな」

「やっとかよ……」

「お嫁さんが親戚同士だからって、肩入れしすぎだとも思うけれどね。毛利家にとっては長曾我部家が勢いを増すのは面白くない。伊予守護の河野家、阿波国の三好家を使って何とか抑えようとしているよ」

「三好家、なあ」

 三人衆はいなくなったが、義継がいる。

 正当後継者として阿波国を任せたかったが、泡を噴いて気絶するほど激しく拒否られたので断念した。敵対したからって、片っ端から潰していたらキリがない。三好一門衆をまとめるなら義継しかいないというのに。

「これはもう、安土城つくるしかないな」

「何の話だい?」

「岐阜城の本来の主は、奇妙丸なんだ」

「……それは何だかんだ理由を付けて、元服を遅らせているのと関係があるのかな。先に言っておくけれど、私に話したことは毛利家にも伝わると考えた方がいい」

「問題ない。戦のためじゃない城を造る」

「それは、なんというか……うん、斬新だね?」

 言葉を選んでもそれか。

 何度も宣言しているのに実現しないのは、直家のような反応が多いからだ。安土山には観音寺城の支城、砦がある。それらを潰して、山全体を縄張りとするビッグな城を造りたい。小牧山城で実現できなかったこと、そう! 居住区のある天守閣を作る。これである。

 天守閣とは本来、物見櫓の派生形だ。

 兵を潜ませることはあっても、罠を仕込んでも、展望台よろしく絶景を堪能することはあっても、生活の場にはできない。この時代における住居とは平屋家屋であり、階段を上った先は物置や見張り台という認識だ。

 現代で城といったら天守閣のことなんだよ!

 城郭は城郭。本丸や二の丸は武家屋敷。外堀や内堀は人工河川、用水路だ。最低でも三階建て以上、五重塔くらいの高さから地上を眺めたい。

「ないわー。夢がないわー。戦国浪漫どこいった!?」

「少なくとも、尾張守殿の頭の中にはあると思うよ」

「脳内妄想には俺しか住めない」

「天守に家族で住むつもりなのかい?!」

 ものすごく驚かれた。

 いつもの俺なら軽く凹むところだが、今日は違う。

「だから家族不和のまま寂しく男一人旅するハメになるんだ、愚か者めが! 俺なんか家族旅行したもんねー。お市やお五徳も、ときどき岐阜に来るもんねー」

「な、んだって……」

「どうだ、羨ましいだろう。羨ましいと言え」

「固く結ばれているはずの絆に綻びがあったとは。尾張守殿、悪いことは言わない。この話だけは誰にも言わない方がいい。私もなるべく言わないようにするから」

「広めていいのよ? 遠慮しなくていいんだぞ?」

「そうだね。こんな姿になるくらいなら、娘と話してみる。せめて笑顔を取り戻してもらえるように、できる限り努力するよ」

 何故か悲壮な顔で決意表明された。

 帰り際に見送りしてくれたお冬を見て号泣し、護衛に抱えられるようにして去っていく。哀愁と決意を漂わせる直家もまた、家族を想う一人の男であった。





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そして誤解が誤解を生んで、間違ったノブナガ情報が外へ広まっていくのでありました


相撲大会以外に開催可能なもの

伊勢(西)にフラフープ由来のボーリング大会

※ダイエット用具→輪投げ→ピン並べて倒す→楽しい

駿河(東)に蹴鞠愛好家によるサッカー大会

※筆者父による至言「ボール1つあれば遊べる」

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