16. 村の再建

 今日も今日とて、俺は村へ向かう。

「これ、うんま」

 津島の朝市で見つけたアケビを齧りつつだが、不作法を叱る者はいない。

 だって俺と一緒に買い食いしているから。今日のお供は犬松コンビこと利家と成政だ。それぞれ荷物を抱えながら、アケビを齧っていた。

 津島は尾張国でも有名な商業都市だ。

 港が近くて、海産物も多く入ってくる。残念ながら南蛮船は来ないものの、航空路がない時代には貴重な窓口である。大量購入するなら津島がいい。悪評高い信長に嫌な顔をする商人もいるが、上得意客になってくれるのなら話は別だと交渉に乗ってくれてありがたかった。支払い? もちろん、出世ツケ払いである。渋る商人に証人として沢彦を連れていったら、証文書かせられた。洒落ではない。

 実はあの和尚、すごく有名な高僧らしい。

 はあ、臨済宗? 知らない名前ですね。なーんてぼやいたら、その場で説法を聞かされた。たまたま行き会った人々は拝んでいた。みなさん拝む前に、廃嫡寸前でも織田家の長男が地面に正座していることに疑問を持とうぜ。

 まとめて拝まれてるみたいで、すごくいたたまれないんだが。

 ……という黒歴史エピソードは横に置いといて。

「うまいっす!」

「山で見つけたやつより甘い……」

「目利きってやつだな。武器だけじゃなく、どんなものでも良し悪しを見極める目を養うのは大事なことだ」

「なるほど」

 完熟果実の甘さに目を輝かせる犬と違って、成政は思案顔だ。

(毒のことも気にしてるんだろうな)

 ドクゼリの件があってから、俺の食事は当分用意しなくてもいいと城内に通達した。やりたいこと、やるべきことは山のようにあるが、俺の体は一つしかない。村の復興に全力投球するため(建前)だ。前々から外で食べることも多かったし、この時代は一日二食が基本だ。育ち盛りとしては全然足りないんだよな(本音)。

 俺の舎弟たちは力仕事に強くて、頭脳労働があんまり得意じゃない。

 それでも成政のように自分で悩み、考えていけば大きく育つかもしれない。

「期待してるぞ、内蔵助」

「……っ、はい!」

 ぱあっと明るい表情を向けられると、ケツがむずむずする。

 アケビを食べ終えた犬に荷物を狙われて蹴りで応戦しているのに器用だな、おい。成政の荷物は近江国から入ってきた青りんごだ。俺の知っている林檎に比べてかなり小さく、酸味や渋みも強い。どうやら俺の知る赤い林檎も南蛮船を待つしかないようだ。

 これはこれで貴重な食材なんだけどな。

 林檎はそのまま食べてよし、煮てよし、蜂蜜漬けにしても美味しいだろう。砂糖で煮てジャムもいけそう。年貢は米じゃないとダメってことはないらしいから、村の特産品を何かしら考える手もある。問題は長期保存の方法だよなあ。できれば地産地消で何とかしたいが、近江国と仲良くなって戦を回避できるなら、それに越したことはない。

 ついつい先を見てしまうが、目下の問題は眼前の村落である。

 雪解けまで那古野城に村民を匿う意見も出たが、復興後に周辺の村から色々言われる原因になってしまうかもしれない。冬は何度でも訪れるのだから。

「一年しかないんだ」

 秋の収穫期を過ぎたばかりなので、田んぼは寒々しい姿をさらしている。

 こうなったら整地して水路も作ってしまおう。飢饉の原因は米の不作だ。聞けば、若い労働力がほとんど残っていなくて、女子供と老人だけで作付けを行っていたらしい。

 なんで若い労働力がいないかって? 親父殿が戦ばっかしてるからだよ!

(マムシのおっさんは話が通じる人でよかった。マジで)

 俺が廃嫡されずに婚儀を終えて、美人の嫁と仲良くできれば万々歳。




 朝の炊き出しが終わったタイミングで、舎弟どもが戻ってくる。

「若様、こっちの家もぶっ壊していいんですか?」

「三郎様! ありました、川!! 今日は魚っすねっ」

「ノブナガ、木の実とってきた。たべられる?」

「そこの子供、信長様とお呼びしろ」

「恒興、うるさい」

「な、何故私だけが!?」

「ツネオキ、うるさい」

「き、ききき……きさっまあぁ!」

 元気な奴が多いと、賑やかになるなあ。

 子猿以外にも比較的軽傷だった子供たちは、舎弟どもをリーダーとした班分けで手伝いだ。大人は回復までに時間がかかりそうなので、昨日のうちに完成した家に寝かせた。なんとか動けそうな者も班分けしている。

 俺は息を吸い込み、メガホンを構えた。

「あーあー、てすてす。アイアム信長」

 何言ってんだと思うだろ? 静かにしろと叫んだら委縮されたんだよ。

「松! 壊す家は俺じゃなく村人たちに確認しろ。崩れそうだと判断したら壊してもいいが、ちゃんと新しいのを建ててやれ。建材の調達は五郎左に相談しろ」

「はっ」

「犬! 釣り竿持ってけ。釣った分の一割は食ってよし」

「よっしゃー!」

「一益! お前は犬のサポートに回れ。見張りだ。斥候がいても深追いするなよ。報告だけしてくれればいい」

「承知」

 よしよし、こうかはばつぐんだ。

 散居村のあちこちに散らばっている奴らへ声を届けるため、俺が夜なべして作った特製メガホン。いや、嘘です。作成時間はあっという間でした。速乾性の高い糊やホッチキスがないので、紐を巻きつけて固定している。ちょうどいい厚手の和紙がなかったので、書き損じた紙を溶かして作った。うろ覚えでも何とかなるもんだな。

 多少の歪みはご愛敬。

 いいんだよ、織田信長が不器用でも。歴史が変わるわけじゃないんだから。

「五郎左、木材は足りそうか?」

「強度に不安はありますが、冬を越す程度には何とかなりそうです」

「そうか」

 村長も既に亡く、風雨を凌ぐには心もとない家ばかりだ。

 ただでも弱っている村人たちが確実に冬を越せるようにするため、仮設の共同住宅を用意することにした。村の端に放置された空き地があったので、そこに少し大きな家をつくる予定だ。昨日から始めたのに、もう漆喰の壁ができつつあった。家の構造を覚えた長秀に現場監督を任せたのだが、思った以上に頑張ってくれている。

 蔵や城壁に塗る漆喰は泥を固めたものだ。

 いや、何か混ぜていたような気がする。沢彦に聞いてみるか。俺が一人ブツブツ呟いている傍から、あり合わせの木板で屋根が形成されていく。

「あとの問題は屋根……っと、瓦じゃなくて草を使っているんだな。茅っていうのか? それを育てるエリアも確保しておくには、…………うん。やっぱり地図はあった方がいい。一益に作らせるか」

「はあぁ、信長様は博識じゃのう」

「勉学は嫡男の務めだからな」

「ほおぉ、城の若様も大変なんじゃなあ」

 猿め、他人事かよ。他人事なんだが。

 傾奇者らしい派手な衣装を着た御曹司たちはここにいない。

 少しずつ肌寒くなってきたというのに、片袖を脱いで見事な筋肉美をさらしている若衆がせっせと働いているだけだ。ちなみに俺も労働に加わっていないだけで、格好だけは地味である。べつに変装しているわけじゃない。作業に向かないからだ。

「信長様? わしの顔になんかついておりますか」

「名前なんだっけ」

 猿がずっこけた。

「日吉じゃ! あいや、木下藤吉郎と名乗っております」

「猿でいいよな、猿で」

「の、信長様ぁ」

 どうせ改名するんだから、別にいいだろ。

 この情けない顔をしている猿は意外に顔が広く、知り合いも多い。木下一族は豪農の家だったので小作人を借りる短期契約を交わした。大麦の種を分けてもらえたので、これを植えることから始めたい。ついでに冬も育てられる作物があればよかったんだが、心当たりはないらしい。冬は家にこもって内職をするのが一般的だという。

「男は賦役が多いのう」

 それ、ほぼボランティアじゃねえか。

 この時代の農民は、農閑期に足軽として戦に参加する。生きて帰ってくれば報奨もあるが、死んだ場合は通知と最低限の金が払われる。この村みたいに町から遠く離れた土地だと、金よりも男手の方が大事だろう。

 それでも命じられたら断れない。

「うーん。内職、なあ」

「村の人間から冬の間、何をしていたかを聞くのが早いでしょうなあ」

「よし、猿。聞き込みは任せた」

「へえっ!?」

 なんで驚くんだよ。適材適所だろ。





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ノブナガ発明品その2「メガホン」...厚手の和紙を巻いて、紐でくくっただけ。小さい方から声を入れると、数倍に増幅してくれる

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