➄ふたつの方法

「じゃあ、どうにかしてよっ!」

 気が付いたら、おれは両手を力いっぱい握りしめていた。

「しっ!声が大きい!兄ちゃんにみつかったら、全て台無しだぞ?」

 みどりのおっさんは、右手の人差し指をもう一度自分の口の前に立てた。

 おれはベッドの下を覗き込む。ヨダレを垂らして眠りこけてる兄ちゃんが見えた。

「とりあえず、ふたつの方法がある」

 みどりのおっさんは口の前に立てた指に中指を加え「2」を示すと、それをおれの方に伸ばしてきた。

「うん」

 おれは目の前に差し出された「ピース」をじっとみつめた。

 みどりのおっさんはその指をまた人差し指だけにして、ゆっくりと話し始めた。

「ひとつ目の方法は、斉藤って子をおばあちゃんの家で暮らすようにさせる。この場合、おばあちゃんが遠ければ・・・当然、転校する事になる」

「テンコウ?」

「そうだ。転校だ。つまり、斉藤って子は違う小学校に通う事になる」

「もう・・・会えなくなるって事?」

「おばあちゃんちが遠ければ、の話だ」

「おばあちゃんちなんて、知らないし」

「まぁ、聞け。ふたつの目の方法は、一週間だけ誰かに誘拐してもらう方法だ」

「ゆ、ゆ、誘拐?!」

「そうだ」

「誰かに誘拐してもらうって・・・誰に?」

「それは、これから探す」

「へっ?」

「間抜けな声を出すな!」

 そう言うと、みどりのおっさんは目を閉じた。そして、両手を真っ直ぐ上に上げるとその指先だけを丁寧に合わせ、そのままジッと動かなくなった。

 どれくらいそうしてただろうか・・・おもむろに目を開けると、みどりのおっさんはニカッと笑った。

「いたぞ、良さそうな人が。この近所に、今日、会社をクビになるお姉さんがいる。とても優しい人のようだ。その人なら大丈夫だろう。早速手配するぞ?早い方がいいな・・・早速今日、開始しよう。来週の金曜日には解決するから、安心して寝な!」

 おれの頭の中はさっきよりもパニックになってしまった。

「え、ちょっと待って!どういう事?!」

「今から、斉藤って子をそのお姉さんの所に送り届ける準備をする。そこから後は・・・なるようになる」

 得意顔でそう言ってニヤリとすると、みどりのおっさんはぴょんと飛び跳ねておれの机の上に移動した。

「この事は誰にも内緒だぞ?母さんにも、先生にも、親友にもだぞ?もし誰かに言ってしまえば、全てが台無しだからな!じゃあなっ!」

「ちょっと~みどりのおっさん!」

 兄ちゃんが起きない程度の声でおれは呼び止めた・・・が、みどりのおっさんはそのままスーっと消えてしまった。おれはあの日と同じ様に、目を擦った。両目を擦って部屋中を見回した。けれど・・・緑色のジャージを着たちっちゃなおっさんは、もうどこにもいなかった。

 意味が解からな過ぎた。

(今日から、何が起こるっていうんだ?!)

(斉藤が一週間いなくなる?)

(近所に、今日クビになる優しいお姉さんがいる?)

(斉藤がその人に一週間だけ誘拐してもらう?)

(優しいのに・・・誘拐?)

(その事と『虐待』がどう関係しているの?)

『虐待』という言葉でいっぱいだったおれの頭の中に、『一週間』『誘拐』『クビ』『優しいお姉さん』という新しい言葉が一気に増えてしまって・・・その言葉達が、おれの頭の中でぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる渦巻いて・・・。

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