④悩み相談
その夜、おれはなかなか寝付けなかった。
『虐待』という単語が、ずっとずっと頭の中を渦巻いていた。
ベッドの下を覗くと、兄ちゃんは眠っていた。ついでに壁の時計を見たら、12時40分だった。いつもならおれはもう眠っている時間だった。
だけど、今夜はどうしても眠れなかった。
もう一度仰向けになって、考える。
(斉藤がずっと長袖なのは、虐待のせい?)
(斉藤がおとなしいのも、虐待のせい?)
(そもそも『虐待』って、何だ?)
(斉藤は、お父さんやお母さんから愛されてないのか?!)
(そもそも『愛』って?)
おれの頭の中はパニックになっていた。
その時、ふと視線を感じてベッドの柵と柵の間から視線のする方に目をやると・・・薄暗がりの中で、おれの机の上のランドセルの上に腰掛けたちっちゃなおっさんが、おれの方をジッとみつめているのがぼんやり見えた。
「ひぃぃぃぃぃいいい!」
おれの悲鳴を聞くとおっさんは人差し指を自分の口に当て、「静かに。兄ちゃんにバレるぞ」と囁いた。
(あっ、あれはおれの夢じゃなかったのか?!)
兄ちゃんがサッカーの遠征でいなかった先週末の夜にみどりのおっさんを目撃してしまったおれは、その後気を失ってしまったみたいで。
次に目が覚めた時にはもう朝で、みどりのおっさんは消えていた。
だからてっきりおれは夢でも見たんだろうと、おっさんの事など気にもせず・・・寧ろ忘れて過ごしていた。
だが、しかし。
事態は急変してしまった。
みどりのおっさんはおれの夢でも幻でもなく・・・ここに、確かに存在している。
またもやおれは、酸欠状態の金魚の様に口をパクパクさせる事しかできなかった。
「今、そっちに行くからな!」
おっさんのクセに可愛らしい声でみどりのおっさんはそう言うと、小さな身体をぴょんぴょんと飛び跳ねさせながら、ベッドの上段にいるおれの足元にやって来た。
「大丈夫。わしはおまえの味方だ。おまえが困った時の助っ人、と思ってくれてもいい。先週は兄ちゃんがいなくて困ってそうだったから来たんだが、自分で解決したようで感心したぞ!・・・で?今日は、どうして眠れないんだい?」
おれの足元に立ったまま、みどりのおっさんは優しくおれに囁いた。
「ぁっ・・・ぁっ・・・」
喋りたいのに、声が出ない。
「大丈夫。ゆっくりでいいから、話してごらん?」
おれは、何回か深呼吸をした。すると、声が出せそうな気がしたので出してみた。
「イケモトユウゴ」
出た。
この状況がよく理解できなかったが、おれはとにかくおれの中のモヤモヤを誰かに話したくて、みどりのおっさんに訴える事にした。
それに、おれが困った時に必ず現れてくれてるから、それだけでも何だか信じられそうな気がした。
おれはゆっくりと上半身を起こし、みどりのおっさんと向かい合った。
「・・・お、おれのクラスに、さ、斉藤って女子が、いるんだ」
「ふんふん」
言いながらみどりのおっさんは、おれの足元であぐらをかいた。
「で・・・その斉藤が、か、母さん達が言うには、ぎゃ・・・ぎゃ、『虐待』?っていうものを・・・さ、されてる、らしいんだ」
「ほうほう」
みどりのおっさんは、折り曲げた左手の上で固定した右手で顎を擦りながらおれの話を聞いていた。
「斉藤は、お、おれの前の席のヤツだから、だから、き、気になって・・・ね、眠れないんだ」
「なるほどぉ~」
「お、おれにできる事・・・な、ないかな?」
「んー・・・ないね」
みどりのおっさんは即答した。
(なんだよ!おれを助けてくれるんじゃないのかよっ!)
おれは心の中で叫んでいた。
「話を戻すが・・・斉藤って子が気になるのは、席が近いからという理由だけなのかい?」
「そっ、そうだよっ!」
おれは、自分の顔が赤くなるのが判った。
「なるほどねぇ~~・・・ま、おまえにできる事は何もないが、わしにならあるぞ?」
みどりのおっさんはまたしても、おれに向かって親指を立てるとニヤリとした。
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