③最悪の木曜日
「今日、
朝ご飯を食べていたら、母さんにそう言われた。
「やったぁーー!」
「?」
母さんが不思議そうな顔をして、おれを見た。
「ノセの母さん、ケーキとか買って来てくれるじゃん!」
「まぁ・・・」
呆れた感じでそう言うと母さんは、「
「イケっ、帰ろう!」
ランドセルの中に教科書を詰め込んでいると、ノセが声を掛けてきた。
「うん!」
木曜日は、午後から先生の会議があるとかで毎週四時間授業だった。
それだけでもワクワクなのに、家が逆方向のノセと今日は一緒に帰れる。しかも、
「おまえら、寄り道せずに帰れよ~」
掲示物を貼っている小田やんの声が、おれ達の背中を押す。
(はいはい。言われなくても真っ直ぐ帰りますよ~今日は!)
おれは心の中で返事をした。
「イケ?・・・もしかして、俺、寄り道になるんかな?」
教室を出て廊下を歩いている時、ノセに質問をされた。
「え?」
「俺、今日、イケんち行くじゃん?これって・・・寄り道になんのかな?」
「母さんに言われてるヤツだから、ならないんじゃない?」
「よかった」
ノセは本当に真面目なヤツだ。そして、おれはそんなノセが大好きだった。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
おれらは言いながら靴を脱ぎ捨て、リビングへと向かった。
「おかえり~」
「おかえりー。
ノセの母さんに笑いながら言われて、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
(余計な事言うなよ!)
おれは母さんを睨んだ。母さんは素知らぬ顔でソファーから立ち上がると、おれ達のケーキとジュースを用意する為にキッチンに移動した。
「手を洗ってきなさい。食べ終わったら二階に行っていいから」
母さんは二人分のそれらをキッチンのテーブルに並べると、リビングに戻りソファーに腰掛けた。
おれらは言い付け通り手を洗い、キッチンに戻った。キッチンとリビングは同じ空間にあるので、母さん達の話し声は普通に聞こえてくる。が、おれは大人達の話には全然興味がないので、いつもなら黙々とケーキを食べるのだが、今日はそうもいかなかった。
非常事態が起きてしまった。
「で・・・さっきの続きだけど、斉藤さん
ノセの母さんはヒソヒソしているつもりなんだろうが、おれにはちゃんと聞こえていた。
「そうなの?・・・そう言えば、楜ちゃんが夏でも長袖着てるのって、それと関係あるのかしら?」
母さんもいつもよりは小さい声を出しているつもりなんだろうが、おれにははっきり聞こえてる。
「まぁ、虐待の可能性はあるわね・・・楜ちゃんの表情も・・・なんとなく、ね?」
『虐待』という言葉に反応したノセが、隣に座るおれを見てきた。
気付いたおれも、ノセを見る。
途端、ケーキが不味くなった。急に喉を通らなくなったスポンジの塊を、おれは一生懸命ジュースで胃に流し込んだ。
その後、おれとノセは二階のおれの部屋に移動した。
「イケ、さっきの話、どう思う?」
「・・・わかんない」
「俺らにできる事、あるのかな?」
「・・・ないと、思う」
「だよな・・・」
せっかくの木曜日を、おれ達は親のせいでまるでお通夜のような何とも言えない感じで過ごす事になってしまった。
最悪の木曜日だった。
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