第18話「始まりは買い物から」
金貨がぎっしり詰められた箱を生首の入っていた箱に入れると、ライムントはそそくさと冒険者ギルドを去った。
後を追うようにだんごが付いてくる。
「とっとと宿を探さないとな」
辺りを見回しながらライムントは言う。
この辺りには旅する冒険者が多いので、きっとどこかに宿があるはずだ。
背中の方をジャラジャラ言わせながら繁華街を彷徨ううちに、彼は予想通り「宿屋」との看板が出た建物を見つけた。
これまた石レンガの小綺麗な外装である。
大通りに面しているし、ぼったくられることはないだろうと迷わず入店したライムント。
とりあえず適当に料金を支払い、早速個室に足を踏み入れた。
部屋の中にベッドが2つ並ぶ、シンプルな内装だ。
良心的な料金に見合っていると言えるだろう。
ライムントは荷物を放り投げてローブを脱ぐと、すぐさまベッドの中へと飛び込んだ。
藁の柔らかな感触が身を包み、藁のなんとも言えない良い香りが鼻を覆う。
「はぁあぁ〜〜〜」
旅の疲れをどっと吐き出すようにライムントは大きく息を吐いた。
部屋を所在なさげに彷徨いてただんごもベッドにちょこんと飛び乗り、大きく伸びをする。
しばらく枕に顔を埋めて黙っていたライムントだったが、「うーん」と唸った後にガバッと跳ね起きた。
そのままベッドの縁に座り、同じように縁で伏せるだんごと目を合わせる。
「今日中にやらなきゃならないこと整理しないと」
「キャンッ!」
収入も得たし、せっかく商業都市に来たのだから色々と揃えたい。
「とりあえず武器はいいとして……服はいるよな」
時々小川で洗ってはいるものの、さすがにローブの方にも匂いが染み付いてきた。
元々は魔物に襲われたらしい行商人の死体から頂いた物なので、かなりボロボロなのも気になる。
「まずはローブを買う、っと」
「クゥン」
「後は眼帯も買わないと……」
眼帯を買いたいのは、もちろん左目を隠すためだ。
自分がエプシルであることはあまり知られたくはないので、フードを脱ぐ気はない。
だが今日の検問所の時のように、脱がなければならない時はこの先も来るだろう。
その度にあんな反応を示されたら、さすがに少し傷つく。
それに何より、風が当たるたびに傷口がかなり痛むのだ。
「眼帯なんて売ってんのかな?」
「キャン!」
そうだと言わんばかりにだんごが吠える。
その頭を撫でながらライムントは「ふーむ」とひざに頬杖をついた。
「とりあえずはこの2つかな。後は順次明日から揃えていこう」
そう言うと彼はすくっと立ち上がり、床に放り投げてあったローブを身に纏ってそのままドアに向かった。
だんごもベッドから飛び降りて彼の後を追おうとするが、それを阻止するように彼はだんごを抱え上げた。
「ごめんな、だんご。人が多いから留守番していてくれないか? 迷子になったら困るし」
「クゥン……」
淋しそうに鳴くだんご。
ライムントはちくりと胸が痛むのを感じたが、何せあの人混みだ。
見失うのを恐れるのもしょうがないことである。
ライムントはだんごを床に戻してやる。
だんごは少し寂しそうにライムントを見上げたが、それからすぐにまたベッドに飛び乗った。
「よしよし、良い子だ」
ニコッと笑いながら彼は言う。
そして不機嫌そうにベッドに伏せるだんごを残し、彼は再び街へと繰り出した。
**
「へぇ、ここが……」
街の人に道を教えてもらい、ライムントはローブの専門店だという建物の前にやってきていた。
少し裏路地に入ったところに位置している。
少しおどろおどろしい雰囲気を感じ取りつつ、彼は入店のベルを鳴らした。
「……らっしゃい」
店主が店奥から暗い声で言う。
店の左右には大きさ、形、色などが様々なローブがズラリと並んでいた。
「あの、ローブが欲しいんですが……」
ローブにはあまり明るくないライムント。
とりあえず、メガネをかけた表情の暗い店主に助けを乞うた。
「そうかい。どんな色がいい?」
「なるべく暗めで」
「長さは?」
「とりあえず顔をフードで隠せたら大丈夫です」
「役職は?」
「剣士、でしょうか」
たったそれだけの質問で、店主は「そうか、分かった」と立ち上がり、びっしりと架けられたローブの中を漁り始めた。
手持ち無沙汰なライムントは後をついてくように彼の手際を眺める。
それから数十秒後。
店主は真っ黒なローブを取り出した。
「着てみな」
言われるがままに一旦今のローブを脱ぎ、店主から渡されたローブを着てみる。
「おぉ……」
その着心地の良さに、思わずライムントは感嘆の声を漏らした。
ローブというよりコートの方が近いだろう。
前方は開け放たれ、ボタンで開閉ができるようになっている。長さは足首くらいまでか。
これなら動きやすそうだ。
何より、鼻あたりまでフードで隠せるのか大きい。
「いいですね、これ」
「買うか?」
少し悩んだ後、彼は「買います」と答える。
「そうか。20リラだ」
皮袋からちょうど20枚金貨を取り出し、それを手渡す。
店主はそれを目で数えたあと、乱雑にポケットにしまった。
「あ、そうそう」
「どうした」
「眼帯を扱っている店を探しているのですが……」
「一応ここでも売ってはいる」
店主の言葉にライムントは「本当ですか!?」と声を明るくする。
「色はローブと同じでいいか?」
「あ、はい! ぜひお願いします」
「分かった」
そう言い残すと店主は一瞬店の奥へと消え、それからすぐに小箱を持って戻ってきた。
そして小箱を開け、ローブと同じく真っ黒な眼帯を取り出した。
「つけろ」
指示のままにそれを装着する。
「おぉ、すごいフィット感……!」
またまた感嘆の言葉を漏らすライムント。
「5リラだ」
「あ、はい」
今度もまたちょうど払う。
店主は確認すらせずにポケットへと放り込んだ。
「他にいるものは?」
「あ、いえ! 今のところは……」
「そうかい、ありがとさん。古い方は預かっておく」
「あ、ありがとうございます」
そしてライムントは、追い出されるように店を出た。
良い買い物をしたと顔をホクホクさせつつ、大通りへと戻る。
そして大通りに出たところで、彼は広場に妙な人だかりができていることに気づいた。
(なんだろう?)
ふと興味が湧き、彼はそちらの方へと引き寄せられる。
背伸びをして中心の方を見るに、どうやら掲示板に何かが貼り出されているらしい。
(なんだ、あれ)
紙に書かれていることが気に掛かり、彼は人混みをかき分けるようにして先頭に躍り出た。
そして堂々と貼り出されている紙を見て──
彼は絶句した。
『【勇者】バイヤーズ、テルヘン王国の魔王を討伐か!? 明日にも中央広場にて勝利演説を行う模様』
「……は?」
怒りを含んだ声が漏れるのを、彼は抑えることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます