第17話「冒険者になる」
商業の中心であるメテラルシアには、【冒険者ギルド】と呼ばれる冒険者組合の本部がある。
ベラトーク帝国以外の地域で勢力を展開するこのギルドは、入会するのに特別な金がいらないことから多くの新人冒険者が集う。
今日も例外ではない。
都市内に四つある支所の一つである【北側支所】には、冒険者を続けて長いであろう屈強な一味や、まだ見ぬ世界への冒険を夢見てそのドアをくぐる新人など、色々な人が出入りしていた。
そんな支所の入り口の前に1人、妙な風貌な人間が立っていた。
背丈は180センチ程度、つま先から頭まで完全に覆い尽くすローブを見に纏い、胸元には何故か白い犬を抱いていて、背中には木箱を背負っている。
その明らかに異質な風貌に通行人は顔をしかめるが、当人はまるで気にしていないらしい。
犬を撫でつつ、唖然とギルドの建物を見上げている。
妙な人間──ライムントは、立派な造りである建物に見惚れていた。
高さは3階建てほどか。
キュートルにもギルドの支部はあったが、これほど大きくなかったし、これほど活気もなかった。
(これが世界の中心の賑わいか……うちの街とはレベルが違う)
完全なお上りさんの気分で辺りを見回していたライムントだったが、だんごが「キャン!」と吠えたことでやっと目的を思い出したらしい。
もっともらしく咳払いをすると、彼はその建物の中に大きく一歩踏み入れた。
中は昼だというのに薄暗く、左手にズラッと並ぶ長机には、樽ビールを持ったむさ苦しい男どもが真っ昼間から飲んだくれていた。
「へぇ……これがギルドか」
初めて見る雰囲気に胸を躍らせつつ、彼は右手にある受付のカウンターに向かった。
カウンターは四つほど並んでいて、どれも綺麗な女性方が毅然と座っていた。
その中で「新規加入者受付」との札が出されたカウンターにライムントは並ぶ。
今がちょうど混む時間らしく、カウンターの前にはそれなりの列が形成されていた。
彼はその最後尾に並んでだんごを地面に放すと、「はえー」と天井の木組みに感心したり、だんごの相手をしたりして適当に時間を潰した。
それからあまり待たされずに彼の番がやってきた。
受付嬢の猫獣人の女の子がペコリと頭を下げる。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。会員登録をご希望のお方ですか
「……はい」
「では、こちらの板にあなたの個人情報をご記入ください」
そう言って受付嬢はやや赤面しつつ30センチ四方の粘土板を手渡した。
何度でも再利用できるからだろう。
うっかり出たらしい語尾の「ニャ」に和みつつ、ライムントは同時に渡された細長い木の棒で必要最低限の情報を書き込み、それを受付嬢に返却する。
受付嬢はそれに軽く目を通した後、「問題ないですニ……ね」とその板を脇に置いた。
「ギルドの仕組みについての説明はご希望ですか?」
「あ、じゃあお願いします」
「冒険者の方はまずパーティに入ることが義務付けられます。自分で作っても構いませんし、元からあるものに加入するのも大丈夫です」
「なるほど」
「パーティはFからSまでの7段階でランク分けされていて、Sが最高です。ランクが上がるごとに受けられる
クエストについては、1番奥の方に今現在受け付けているクエストが貼り出されているので、そちらに目をお通しください」
そう言われてライムントは左の方をチラリと見る。
確かに掲示板のようなものに紙がびっしりと貼られていた。
「ライムント様はただいまFランクですので、FもしくはEと書かれたクエストを受けられます」
「Fだけではないんですね」
「はい。自身のランクの前後1つまでのクエストを引き受けられます。なのでEランカーはF、E、Dの3タイプ受けられます」
「ほうほう」
「ある程度の数のクエストをこなすと、1つずつランクが上がっていきます。
ただし明らかに実力とランクが釣り合っていないと判断された場合は、大幅にランクが上げられたり、逆に下げられたりします」
頭の中で受付嬢の話を整理しつつ、ライムントは頷く。
その間だんごは眠そうにあくびをしていた。
「簡単な説明は以上です。何か気になることがございましたらいつでもご質問ください」
「あ、分かりました」
「それでは手続きは完了しましたので、左手のカウンターにてパーティへの加入を行ってください」
「了解しました、ありがとうございますー」
「……ライムント様のご活躍をご期待しておりますニャ」
ニコッと笑いながら受付嬢はまたペコリと頭を下げる。
それに軽く心臓をドキッとさせながら、ライムントはだんごを連れて隣の列に並び直した。
今度は少し時間がかかったが、それでも割と早くライムントの番が来た。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。パーティへのご加盟をご希望ですか?」
今度は金髪の人間が受付嬢を務めていた。
「はい」
「では、パーティを作りますか? それとも既にあるものへの参加をご希望されますか?」
ライムントは少し悩んだ後、「じゃあ作ります」と答えた。
「ではこちらにパーティ名と構成するメンバーをご記入ください」
そう言って先ほどと同じ粘土板が渡された。
(パーティ名かぁ……)
少し頭を抱えたあと、彼は【ゴスペル】という特に何の意味もない、いかにもありそうな名前を書き込んだ。
構成員はまず自分の名前を書いた後、だんごの名前も書こうかと一瞬思ったが流石に遠慮し、そのまま受付嬢に渡した。
彼女はさらっと目を通したあと「問題ないですね」と言い、ライムントに視線を戻した。
「では、こちらを」
そう言って受付嬢は小さなバッチを手渡す。
金属を加工して作られているらしく、葉っぱの模様があしらえられている。
「これは……?」
「Fランク冒険者の証です。胸などよく目につく所に装着してください」
言われるがままにライムントはローブの右胸辺りにそれをつけた。
松明の光を受けて鈍く輝いている。
「ランクが上がるごとにデザインは変わっていきます」
「ほほう」
返事をしつつ、ライムントはいろんな角度からそれを眺めた。
「では、パーティへの加盟はこれで完了です。
クエストをお受けの際は、参加するクエストに関する紙を掲示板から取って受付に持ってきてください。どのカウンターでも構いません」
「了解です」
「では、ご健闘をお祈りしております」
そう言われるのに合わせてライムントはカウンターを離れようとする。
だがふと何かを思い出したように彼は振り返った。
「ところで……」
「如何なさいました?」
受付嬢が首を傾げる。
「手配者を捕らえた場合、どこで賞金を貰ったら良いのでしょう?」
「それは……」
予想外の質問に彼女は困惑の表情を見せる。
「とりあえず証拠を我々に提示して、確認ができ次第こちらで用意させていただきます」
「なるほど」
そう言いながらライムントは背中に背負っていた木箱をカウンターに乗せた。
「これは?」
「手配者の証拠です。賞金が欲しいので、確認をお願いします」
「……はあ」
やはり困惑の表情を浮かべながら、受付嬢は言われたままに蓋を開けようとする。
だがそんな彼女の動きを制止するように、ライムントは彼女の手を軽く掴んだ。
「どうしましたか?」
「あぁ、その……」
言葉を模索するように間を置いたあと、彼は言葉を続けた。
「覚悟、決めたほうがいいですよ」
「……分かりました」
彼の言葉で中身はおおよそ察しがついたらしい。
彼女はゴクっと唾を飲み込むと、恐る恐るその蓋を開け──
虚な目で虚空を凝視する生首と、パッチリ目を合わせてしまった。
「ヒッ!」
彼女は思わず引き攣った悲鳴を上げたが、流石は本職。悲鳴を上げたりはしなかった。
「これは誰のものですか?」
震える声で、受付嬢が訊ねる。
「盗賊団の首領のものです。白兎団、だったかな」
「白兎団の首領と言いますと……パックルでしょうか?」
「さあ……多分そうでしょう」
「つまり……」
混乱したように目を泳がせながら、テンパったように少し声を上げて受付嬢はさらに訊ねた。
「SSランク手配者のパックルを、あなた1人で討伐した、ということですか!?」
その言葉に反応するように、それまで騒々しかった長机の連中が「シーン」と静まり返った。
その異常な空気を感じ取りつつ、ライムントは「え、ええ」と返事をする。
「ついでに構成員は全滅させましたが……」
「全滅!!??」
受付嬢はバンと机を叩きながら勢いよく立ち上がり、さらに大きな声を上げる。
静まり返っていた建物内は、妙なヒソヒソ声が充満し始めた。
居心地の悪さを感じなからライムントは頷く。
「そう、ですか……」
大きな声を上げたことを申し訳なさそうにしながら彼女は座り、小さくつぶやく。
「……本人かどうかの確認作業がありますので、あちらで座ってお待ちください。1時間程度で終わると思います」
「あ、分かり、ました……」
受付嬢は部屋の奥へと消えて行き、ライムントはどうしようもない肩身の狭さを感じながら適当な長椅子の端にちょこんと座った。
あちこちから視線を感じる。
居心地の悪さを感じながら、彼はなんとか気を紛らわせようと「クゥン」と弱々しく鳴くだんごを抱きながら、
(早く来ないかなぁ)
とひたすら願った。
だが、事態がそのまま平穏に進むはずがなかった。
数分が経った頃。
ガタッ、と近くから席を立つ音がした。
俯いていたライムントはハッと顔を上げる。
「てめぇ、パックルを倒したんだってな」
背後からダミ声がする。
(これ、俺に話しかけてるよなぁ)
無視をするわけにも行かず、彼はだんごを地面に放つと気怠そうに立ち上がり、後ろに振り返った。
そこに立っていたのは、上半身のムキムキな筋肉をあからさまに露出させ、腰に斧を差した、見るからに悪そうな男だった。
「えぇ、そうですが」
「……おい、聞いたかてめぇら」
スキンヘッド男が長机を埋め尽くす冒険者共に向かって言う。
「こんなヒョロッとしたガキが、パックルを1人で倒したんだってよ!!」
場がどっと笑いで包まれた。
坊主男もガハハと笑いながら言う。
「なあ、ガキンチョ。嘘をつくにしてももっとマシなのがあるだろ?」
「そう言いましてもね、本当のことですので」
「お、まだ言うか? もう認めちゃいなよ、『ごめんなさい、僕は見栄を張って嘘をつきましたごめんなさい』ってな!」
再びドッと笑いが起こる。
最初は適当に受け流していたライムントだったが、なんだか段々と腹が立ってきた。
「……そう言うあなたは誰なんですか?」
「ん、俺か? 俺はゴルゴン、【バスターズ】のリーダーだ。もちろんSランクだぜ」
Sランクという言葉に、ライムントは「えぇ!」と驚いてみせた。
「お? ビビったか?」
坊主男──ゴルゴンが笑いを堪えつつ訊ねる。
だがライムントは怖じけることなく、ただ一言、こう言った。
「いいえ、ただこんな雑魚でもSランクになれるんだなって驚きました」
「──あ"?」
雑魚。
その言葉に激昂したゴルゴンが懐の斧を手に持った。
「おいガキ、もう一回言ってみろ」
「何回でも言ってあげますよ。こんな雑魚でもSランクになれちゃうんだなって拍子抜けしたんですよ」
次の瞬間。
ものすごい形相でゴルゴンがライムントに飛びかかった。
「ガキィィイィイィイイ!!!」
彼の叫びが建物の中をこだまする。
だが彼の突進が長く続くことはなかった。
2秒も経たないうちに、彼がその場で崩れ落ちたからだ。
「なッッ!!??」
状況を理解できず、彼は言葉を詰まらせる。
ライムントはと言うと、いつの間にか抜いていた剣を鞘にしまおうとしていたところだった。
「……アキレス腱を切ってやりました。しばらくは動けないでしょう」
しんと静まり返る場に、ライムントの説明が響く。
「首を切ってやっても良かったんですが、流石にやめてあげました。ただし──」
「次は殺しますよ?」
ヒッとゴルゴンが引き攣った声を漏らしたところで、受付嬢の声が響いた。
「ライムント様ー?」
その声につられるようにくるっと踵を返すと、彼はカウンターの方へと向かった。
「えーっと……手配者本人だと言う確認が取れましたので、賞金が支給されます」
そう言って受付嬢はカウンター上にジャラジャラと音の鳴る皮袋をドンと置いた。
「こちらが賞金の5000リラになります」
「ありがとう」
軽く頭を下げてその金貨を受け取ると、彼は逃げるようにだんごを連れてギルドを後にした。
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