第16話「到着はリフォームと共に」


 翌朝。

 気持ちのいい朝日に目を覚ましたライムントは、自分がだんごの毛の中でぬくぬくしていたことに気づいた。

 だんごは伏せた状態でスースーと眠っている。


(あーやべ、幸せすぎる……)


 その純白な天然毛布の中で寝返りを打ちながら、彼は久しく味わっていなかった幸福を噛み締めた。


 が、その寝返りで目を覚ましただんごがすくっと立ち上がった事で、貴重な癒しタイムはすぐに終わってしまった。


「ワンッ!」


 体を震わせた後にだんごが吠える。

 それに合わせるようにライムントも立ち上がり、「うーん」と大きく伸びをした。


「さて……そろそろ出発しないと」


 懐に入っていた玉手箱(悪臭付き)を小脇に抱えると、彼は街道目指してテクテクと歩き出した。

 それに従うようにだんごも付いてくる。


 天気は雲一つない晴れ。

 春のちょうどいい気候がライムントの気持ちを解きほぐす。


 それからすぐに街道に出た。

 相変わらず誰もいない。


「よーし、今日も走るか」


 屈伸をしつつライムントは言う。

 そんな彼の様子をだんごは後ろの方で欠伸をしながら見ていたが、急に「ワフッ!」と吠えたかと思うと、準備体操をするライムントの前へと躍り出た。


「ん? どうした?」


 そんなライムントの疑問に答えようとするように、だんごは鼻先を使って自分の背中を何回も指した。


「……乗れってことか?」

「ワンッ!」


 肯定するように吠えるだんご。

 だがライムントは、決めかねたように「うーん」と頭をかいた。


 確かに体が大きい分、体力はあるのだろう。

 ただ……。


「フォルムがなぁ……」


 あれだけまん丸としていては、空気抵抗の影響をもろに受けてしまうだろう。

 上に人が乗ったらそれはさらに大きくなるだろうし、乗るのは得策ではない気がする。


 そう考えるライムント。

 だがそれは結局、杞憂となった。


 何故なら──


 だんごの右眼が突然、緑色に輝き出したからだ。


「え?」


 困惑の声を上げるライムント。

 そんな彼をさらに混乱させようとするが如く、だんごのフォルムはみるみるうちに変わっていき──


 なんという事でしょう。

 ポメラニアンのようにまん丸とした、愛くるしいフォルムが……。

 一瞬のうちに、ドーベルマンのようにシュッとかっこよくなってしまいました。


「えぇええぇぇえ!!!」


 リフ◯ームの匠も顔を青ざめさせるビフォーアフターに、流石のライムントも驚きの表情を隠せない。

 

 形態を変えられる生物なんて、前代未聞である。


 しばし呆気に取られていたライムントだったが、「バウッ!」とだんご(?)が吠えるとハッと我に帰った。


「なんか声も低くなってんじゃん……」


 そう呟きつつ、彼はだんごの目を覗き込む。

 美しく緑色に輝く眼。間違いない。


 ──魔眼だ。


「……マジか」


 確かに魔眼はエプシルの特権ではない。

 当然他の人種にも宿ることはある。

 だが動物に与えられることがあるとは……。


「だから牢屋にいたのね」


 形態を変えられる魔眼が存在するなんて、魔眼のプロであるライムントですらまるで知らなかった。

 間違いなく、だんごには想像を遥かに超える価値があるだろう。

 盗賊団が匿っていたのも頷ける。


「ドラゴニアには間違いなくいない種類だし……南方の大陸から来たのかな」


 ぶつぶつと呟くライムント。

 そんな彼を急かすように、だんごはまた「バウッ!」と吠えた。


「分かった分かった、今乗るって」


 首元を撫でながら声をかけた後、ライムントは小箱を持ったまま背中に飛び乗り、そのゆるやかな曲面を描く背部に跨った。


 とりあえず箱を股の間に挟み込み、前屈みになるようにだんごの首辺りの毛を掴む。


(なんか毛の質も変わってるような……)


 あんなにモフモフとしていた体毛はどこへやら、色こそ変わらないものの、いつの間にかゴワッとした毛が取って代わっていた。

 あの至福が無くなったのは少し残念だが、乗り心地は悪くない。


 そんな彼が背中にしっかりと乗ったのを確認するように背後へチラリと視線をやった後──


 だんごは突然その一歩を踏み出し、一気に街道を駆け出した。


「おわぁあ!」


 一瞬振り下ろされそうになり、ライムントは慌てて命綱であるだんごの体毛を握り直した。


「は、速ぇええぇえぇ」


 ライムントは叫ぶが、その声はすぐに後方へとたなびいていく。

 

 これは、速い。

 下手したらライムントの全速力と同じくらい……いや、それ以上だろう。


「だんご速いな!」

「バウッ!」


 全速力で街道を駆け抜けつつ、だんごは元気よく返事をした。



 ……こうして2人(?)は、本来1週間かかるはずだったメテラルシアまでの行程を、わずか3日間で駆け抜けた。




**




 メテラルシアが近づくに連れて街道を挟み込む谷も深くなっていき、街に着く頃には高さが100メートルに届こうとしていた。

 

 メテラルシアは、険しい竜の山脈の中央付近にある盆地──というか巨大なの中にある。


 【雪の街道】と【竜の街道】と言う2つの大きな交易街道が交わるこの街は、古くから商業都市として栄えてきた。


 全方面を100メートルを超える崖に囲まれ、その崖の至る所から滝が噴き出ていることから「水の都」とも呼ばれている。


 盆地の中央には小ぶりな湖があり、その湖岸の半分を覆うように街が形成されている。


 ではもう半分はどうなっているかと言うと、こちらは神秘的な森に覆われている。

 この森は【精霊の森】と呼ばれ、文字通り精霊の三大聖地の一つとして知られている。


 それが関係しているのは分からないが、古くから商業のみならず学問も栄え、世界最古の大学もここにあり、ここでは多くの魔法使いを見ることができる。


 つまりメテラルシアの特徴を一文にまとめるなら、


『精霊の聖地のそばにある学問自由商業都市』


 となる。


 ライムントとだんごのダッシュ旅は、谷が深まると共に終わろうとしていた。


「お? ありゃ検問所じゃないか?」


 目を細めて前方を見ながらライムントが言う。

 その言葉に反応するように、だんごは徐々にその走りを遅め、やがて立ち止まった。

 立ち止まるのに合わせて彼は背中からピョンと飛び降りる。


 前方数十メートル、谷が途切れようとしているところに大きな門があった。

 きっと、いや間違いなくメテラルシアだろう。


「やっと着いたな……いやぁ、長かった」

「バウッ!」


 頭を撫でながら言うライムントにだんごが反応する。


「でもこんなバカでかい犬、検問所の人が何も言わずに倒してくれるかな」

「バウ?」


 少なくともこの辺りにこんなサイズの犬はいないし、しかも魔眼持ちだ。

 そこから面倒なことに発展して自分の身元がバレるのも嫌なので、なんとかバレずに通過する方法を模索せねばなるまい。


 ──と思ったが、そんな必要はまるでなかった。


 ライムントの考えを汲み取ったであろうだんごが再び魔眼を輝かせ、体のサイズを普通の犬並みになるまで縮めたからだ。

 ついでに犬種がドーベルマンからポメラニアンに戻っている。


「……お前、ほんとなんでもありだな」

「キャンキャン!」


 物理法則をガン無視する、魔眼のデタラメな能力に呆れつつライムントが言うと、だんごは甲高い鳴き声をあげた。


 そしてちびだんごを連れながら、彼は検問所目指してテクテクと歩く。


 検問所に着くと、甲冑に身を包んだ兵士に呼び止められた。


「ここへ来た目的は?」

「キュートルから連合国の方へちょっと用事がありまして。長旅でしたし、羽を休めようかと」

「その箱の中身は?」

「仕事道具です」

「そうか、その犬は?」

「相棒です。狩りが上手いんですよ」


 そう言うと「キャン!」とだんごは元気よく吠えた。その愛くるしさに兵士は顔を綻ばせつつ、さらに質問を続けた。


「なるほど。一応名前と職業を伺っておこう」

「ライムント=ベーメンバルト。しがない吟遊詩人ですよ」

「ライムント、と……。最後に、フードの裏の顔を確認させてもらっていいか?」

「それは構いませんが、その……」


 言いにくそうにライムントは言った。


「驚かないでくださいね」


 兵士は「?」という表情を浮かべつつ顔をすっぽりと隠すフードを脱がせ──


 空っぽの左眼を見て、思わず「ウッ」と唸った。


「ちょっと前に粗暴な冒険者を怒らせちゃいまして。その報復としてやられました」

「そうか……なんか悪かったな」

「気にしないでください。もう慣れたので」


 最後に質問の内容をもう一回確認した後、兵士は言った。


「入国は問題ない。都市内で犯罪行為を犯したら、都市の法律で裁かれる。そこは注意するように」

「はい、了解しました」

「では、ようこそメテラルシアへ」


 門が開かれ、ライムントはついに自由都市メテラルシアへと足を踏み入れた。


「おぉおぉぉぉおぉ!!」

「キャンキャン!」


 一歩踏み入れた瞬間、2人はパッと目を輝かせた。

 

 ずっと奥まで続く石畳みの大通り。

 それに沿うように、びっしりと露天が並んでいた。


「へい、安いよ安いよ!」

「テルヘン王国直送のマルナータ! 今なら安くなってるよ!」

「そこのお姉さん、こんな服はどう? 美人にはよく似合うよ〜」


 あちこちから客を呼ぶ声が飛び交い、露天は大変賑わっていた。


 街を行くのは人間だけではなく、エプシルやエルフ、獣人など様々な亜人が歩いているのがわかる。

 皆、色とりどりに並ぶ商品に目を引かれている。


「さすが自由都市って感じだな」

「キャン!」


 ライムントは思わず感嘆の言葉を漏らす。

 首都キュートルでもこんなに賑やかな景観は見られなかった。

 さすが商業の中心地だな、とライムントは唸った。


「さ、移動するぞ。冒険者ギルドに行かなきゃならないからな」

「クゥン」


 盗賊について教えてくれた宿主曰く、懸賞金が掛けられている者をもし捕らえたら、冒険者ギルドで換金できるらしい。

 もともと冒険者として登録するつもりでもあったので、ちょうどいい。


 迷子にならないようだんごを抱き上げ、復活したモフモフ感を堪能しつつライムントは人混みをかき分けていった。


 途中、露店の商人に冒険者組合への道を尋ねつつ、色んな商品に目を奪われながら彼らは歩く。

 フードを被っている様子が怪しいからか、客引きにはあまり声をかけられなかった。


 そして20分ほど歩くと、大通りに面した石煉瓦造りの大きな建物──【冒険者ギルド:北側支所】に着いた。

 

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